第19話 真夜中の訪問者(3)

 エルフは、真剣な面持おももちで言った。


「明日の朝、私はガイラルディアに向かいます。ただ、先程申し上げた通り、戦いはちょっと……。弱い魔物ならなんとかかわせるのですが、王都やその付近には、強力な魔王軍がひかえていると思われます。勇者にこの石を無事に渡せるか……正直、不安の方が大きいんです。なので……貴女あなたにお願いがあります」


 まさかとは思うが……いや、ここまで来たら、きっとこの人はこう言うだろう。

 一緒に──


「私の用心棒となって、一緒に行っていただけないでしょうか?」


 ああぁ……やっぱり……!

 私は自分で自分を指さして、確認をとった。向かいの女性は、首を縦に振った。

 共に行動するのが嫌なのではない。危険極まりないとされているガイラルディアに行くのも構わない。ただ──勇者と魔王の戦いには巻き込まれるのはちょっと……。

 道中で勇者に会えたら、その場で本物の『最後の希望ラスト・ホープ』を渡せる。そしたら任務は終了、日常に戻っていいのだろう。あとはそのうち、勇者がしき存在を滅して、めでたしめでたし──そういう流れになってくれるのであれば、こちらとしてはありがたい。

 最悪、魔王に私の顔を知られたら……私は生きて帰してもらえるだろうか? できれば、勇者とは城の外で会いたいものだ。

 私が今思った通りに、事が運んでくれるのを祈って──


「……わかりました。用心棒……やります」

「引き受けてくださるんですか!? ありがとうございます! ……では、明日の朝にお迎えに参りますので、旅の準備をしておいてくださいね。あ、その石は貴女が持っていていいですよ」

「いいの? じゃ、今夜はコレと一緒に寝ようかな、なんてね」

「ウフフ、そんな風に扱ってくださるんでしたら、やはり貴女にお願いして正解のようですね」


 いや~、それ程でも~。

 出かける前に、お父さんには……そうだなぁ、『石の持ち主の情報をつかんだから、私がその人の所まで持っていく』とでも言えばいいか。

 魔王がからんでいることは、黙っておいた方がいいだろう。うっかり話したら、全力で(出発を)止められるかもしれないからだ。


「それで、お礼についてなのですが……」


 おっと、これも大切な話だ。おいくら程で?


「お金ではないのですが、知り合いのドワーフから頂いたものがありまして。私はたぶん今後も使わないと思うので、この件が終わりましたら、貴女に差し上げようかと。あ、何なのかは秘密です。後のお楽しみということで」


 人間よりも、ものづくりが得意とされているドワーフから? 手作りの? だとしたら大変貴重なものなのではないか。何がもらえるのだろう? これは……後になって『やっぱやめます』なんて言えない。が非でも勇者に会わなければ!

 私とエルフとの契約は、ここで成立した。


「そういえば、まだお互いの名前を知りませんでしたね」


 そうだ、これから行動を共にするというのに、このままではコミュニケーションがままならない。

 まずは私から。名前をフルネームで名乗り、年齢と出身地、ついでに幼い頃から仲の良い友人──つまりはハナのことなのだが、彼女についても少しだけ話した。

 私が簡単に自己紹介を終えると、今度はエルフの番。名を、ミラといった。

 私はミラさんに、これも何かの縁だろうから泊まっていけば? と提案したのだが、人間と1つ屋根の下で寝食を共にするのはしょうに合わないと言われた。人間とエルフの距離が縮まるチャンスだと思ったのにな。


「お気持ちだけ受け取ります。では、私はそろそろ失礼します。また朝にお会いしましょう」


 窓際でそう言ったミラさんはフードをかぶり、入ってきた所から浮遊の術で外に出た。振り向いて「おやすみなさい」と挨拶し、闇の中へ消えていった。

 窓を閉めた後、私は欠伸をして、のそのそとベッドの中へもぐった。


 外が明るくなり始めた頃、私は目を覚ました。上体を起こし、その座った姿勢のままでいること約10秒。

 珍客により睡眠時間がけずられたため、まだ眠い。しかし、今日は二度寝をするわけにはいかない。服を着替え、食事をし、いつでも出かけられる状態にしなくてはならない。

 朝食のメニューは、ロールパン、馬鈴薯ばれいしょのポタージュ、鶏肉入りのサラダ。これらを、普段通りのペースでいただく。過度に急ぐことはない。早くから予定が入っているとはいえ、よくんで食べることは大切なのである。

 ギルドの方へ行ってみると、エルフの女性──ミラさんはまだ来ていなかった。私は適当な場所に腰かける。

 よくよく思えば、この街は国の中心部だけあって、朝からたくさんの人が行きっている。夜は人目をけて動くことはそう難しくはないだろうが、日中はどうか。ましてや、一般の人間にとっては珍奇な存在であるエルフとなると……姿を見た人が一言叫びでもすれば、短時間で黒山の人だかりとなるに違いないだろう。そのための、あのマントなのかもだが、怪しさは……隠しきれないと思う。

 浮遊の術を活用しての移動はラクなのだろうが、今の時間帯には使用しづらいかもしれない。こんな、人の流れが常にある大都会で、わざわざあんな目立つ行為を、あの種族がするだろうか。となると、普通に歩いてくるしかないか? エルフだとバレないように振る舞うか、それとも透明にでもなったりして。……さすがにそれはないか。

 なんでもいいや──

 私は右腕を伸ばし、枕代わりにして──少しだけ寝よう。誰かに声をかけられたら起きるしかないが、それまでならいいはず。

 ギルド内にいる他の冒険者の話し声は、さほど気にならない。この場所はこれでいいのだ。深夜でもないのにシーンと静まり返っていたら、そちらの方が不自然である。

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