第9話 巨大ゴブリンが、あらわれた!(2)

 私にとってはこれが初仕事になるということで、まったく緊張していないわけではなかった。しかし、それを口に出してしまうと、ハナを動揺どうようさせてしまうかもしれなかったので、私の胸の内にしまっておくだけにした。


「うへ〜、いよいよやるのね」


 ハナは気が気でない様子。そうだろうな。彼女が何かすごい術を隠し持っているのなら話は別だが、そうではないようで。ならば、やはり主な攻撃役は、ちゃんとした武器を所持している私ということになる。なんだか今にも、「頼みますよ〜」なんていうハナ(あるいは青年)の声が聞こえてきそうな雰囲気である。


「ソラ、こわくないの?」

「今のところはね。怖がる理由が見つからない、と言えばいいかな」

「私、メチャクチャ見つけてるんだけど!? ……なんで? なんでそんな平然としていられるの? もしかして、何か良いさくでもあるの?」


 策かぁ……。特に考えていなかったな。


「別に何も」

「んがっ」


 ハナは、私が顔色ひとつ変えない理由を知りたがっているのかもしれない。先程の格上発言は、多分この様子からして信じていない。

 とりあえず、巨大ゴブリンは見たので、ハナと青年には避難ひなんしてもらってよかったのだが、どうしたことか、2人ともこの場から離れようとしない。私が奴を倒すところを、遠くからではなく間近で見たいというのなら、それはそれで構わない。とはいえ、危険にさらされないよう、ある程度は距離をとって見学してくださいな。


「ねぇねぇ、やっつけてほしいゴブリンって、アレ1匹だけよね?」

「そうだよ。他のゴブリンには、薬はやっていないって、あのお兄さん言ってたからね」

「よかった〜。2匹も3匹もいたら、それこそソッコーおさらば案件よ。ソラは何て言うか知んないけど」


 ん? 私?


「そうねー。実際にそれくらいいたとしても、やっぱり私は逃げずに戦っちゃうかなー。初めは簡単な仕事で、自分の実力を確かめてみたいからね」

「いや、これ簡単じゃないから。報酬ほうしゅうの額と難易度は比例してるの。私1人だけだったら間違いなくスルーしていた依頼だからね。そこわかってよね」

「今日は大丈夫。私が一緒だからね……と。ちょうどいいところで会ったねー」


 私たちから見て右側から現れた、1匹の魔物。その姿かたち──まさしく、今回のターゲット!


「ひいッ、出たぁ!」


 ハナが、私の肩にしがみつく。本当はササッと木陰こかげにでも隠れたかったのかも。それが、足がすくんでできなかっただけで。

 見上げてみると、確かに山のように大きい。体格もガッチリしている。薬のせいとはいえ、一般的なゴブリンとは明らかに違う。これと戦えと言われたら、なるほど、常人なら逃げたくなるかも。しかし私は、これを倒すと決めていた。

 まずは──


「えーとぉ……こんにちは」


 ズッコケるハナ。私の(敵に対する)第一声がこれだなんて、想定外もいいところだと思っているんだろうな。


「ななッ、なに挨拶あいさつなんてしてんのよ!」


 もし、そこにツッコミ用のハリセンでもあったならば、ハナは迷うことなく私に1発ぶちかましていたかもしれない。


「いやー、やっぱりね、誰かに会ったらコレ基本だろうってコトで」

「相手が魔物でも? 律儀りちぎな子ね……」


 すると、その巨漢の口がいた。


「なんだ? お前たちは」


 人間の言葉でやりとりができるから、ありがたい。こちらの用件をスムーズに相手に伝えられる。私は奴と目が合うように、見上げてこう言った。


「アナタを排除はいじょしに来た者だ! ……って言えばわかるよね?」

「……あん?」

「聞こえなかった? もう1回言おうか?」

「……オレ様の聞き間違いでなければ、お前たちがオレ様に排除──つまりは倒されに、わざわざ出向いてやったと……?」


 違う違う、と私は小さく否定してから、こう続けた。


「逆よ逆。倒されるのはそっち。なんで私たちが負けるコトになってるのよ」


 この言葉に、ゴブリンは怒るどころか、むしろ笑っていた。


「フン、この姿を見ても、オレ様をただのゴブリンだと思っているんじゃないだろうな? ナメてかかると必ず後悔するぞ。オレ様はなぁ……力、守り、スピード……あらゆる面で、他の奴らよりすぐれている。この辺の人間どもは、わかっているようだ。オレ様に食料を、畑ごと差し出しているんだからな」


 得意げに、自分の特徴を話してくれている。が、後半は違うでしょ。お前が畑を好き勝手に荒らしているんだろうが(あぁ、つい言い方が……)。


「それは結構なコトで。でもね、こっちがそれ聞いたからって、何もせずに退散……なんてするワケないし。大きくなっちゃおうが何だろうが、所詮しょせんはねぇ……」

「ちょっとちょっと、あまり変なコト言って怒らせちゃったりでもしたら、やばいんじゃないの?」


 挑発する私を案じたのか、ハナが止めに入った。私は『心配しないで』という意味でウインクをした。

 それでも、ハナの不安は消えない。仕方なしに少しの間だけ、2人で小声で話していると、


「なにコソコソしてるんだ? オレ様に聞かれちゃマズいことでも話しているのかぁ? おい、そこの赤髪、教えろ」

「いっ!? いや、別に、何ってほどのことでも……」


 こいつ……ハナじゃなく私に言えよ、まったく。


「どうした? だまってちゃ、わからねえよなぁ。知りたいんだがなぁ……」


 ゴブリンが、指をポキポキ鳴らす。戦闘の準備か。


「オレ様に隠し事は無しだ。どうしても教えられないというのなら、まずはお前からひねつぶしてやろうか? オレ様が世界中のゴブリンの中でも最強、最高の存在であることを、真っ先に知ることができるぞ。もっとも、その時はお前たちは息をしていないがな」


 ゴブリンの視線は、あくまでもハナに。これはいけない。なんで彼女に目をつけるかなぁ?


「そ、そんな──」

「それはないわね」


 ハナはおびえながらも何かを言おうとしていたのだが、私がさえぎった。それから左手でさやつかんで、


何故なぜなら……この私がいるから。アナタが今言ったコトはどれも実現しない。私ならともかく、ハナに1度でもれてみなよ。その腕、斬り落としてやるから。思い通りにはならないまま、アナタは私に倒される。そういう流れだからねコレ」


 全員を取り巻く空気の質が変わった。

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