第7話 秘密のB坊工場 後編

「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


「B坊社長。」

「もう一回。」


先からB坊と男性社員の間で、この不毛なやり取りが何十回も繰り返されている。



「B坊社長。」


「もう一回。」


「それ、まだやるつもりなの?」


B坊が社長と呼ばれるのは、お金を出して夜のお店に飲みに行った時だけだ。


タダで男性社員に社長と呼んでもらえて、すごくうれしかったのだろう。


B坊の気持ちもよく分かるが、そろそろ終わりにするべきだ。



「B坊、説明をしてくれないか?」


「説明?何のこと。」


とぼけている感じは、一切なかった。



B坊は人差し指を口にくわえながらヨダレをたらし、本当に分からないという顔をしていた。


ハッキリ言って、気持ち悪い。


かわいいと思っているのは、本人だけだろう。


少し言葉が足りなかったのかもしれないと、テケレケ君はこめかみを抑えながら少し反省し言い直すことにした。



「B坊が社長と呼ばれている理由を教えてくれ。」


「ほんとう、不思議だよね。どうしてだろう?」


B坊に聞いた僕がバカだった。


B坊は理由も知らずに、社長と呼ばれて喜んでいただけだった。



「直接本人に聞くから、もういいよ。」


B坊が分からないなら、男性社員に聞く方が早い。


テケレケ君は怒ったように向きを変えると、男性社員の正面に立った。


「すぐ思い出すからさあ。ちょと待っておくれよ。」


チャンスをくれと、B坊がテケレケ君の足にすがりついて来た。



ここでB坊を無視するのは簡単だが、B坊が簡単にあきらめるわけがない。


B坊は試合が終了しても、絶対にあきらめない男だ。



B坊は、絶対に邪魔をして来る。


B坊と付き合いの短いテケレケ君でも分かる常識だ。


B坊が邪魔して男性社員と会話が成立しないことは、過去の経験から目に見えていた。



「仕方ない。」


時間の無駄だと思ったが、テケレケ君は少しだけ待ってみることにした。



「う~ん。」


B坊は、腕を組んで考え始めた。



「う~ん。」


B坊が頭にハチマキを巻いて、本気モードになった。



「う~ん。ちょっと休憩。」


B坊は早くも集中力が切れ、休憩モードに入った。



ふかふかのソファーにダイブして、まったりとくつろいでいる。


答えが出るまで、まだまだ時間が掛りそうだ。


テケレケ君は、長期戦を覚悟した。



「アッ。」


突然、B坊が声を上げた。


B坊の視線は、何かに気付いたかのように空中で止まっている。



ダマされてはいけない。


これは、フェイクだ。


猫が、何もない空中をジッと見ているのと同じだ。


分かったような思わせぶりな態度で期待させて分からないとボケるのは、B坊の持ちネタの1つだ。


テケレケ君は、すぐに看破した。



「ひょっとして、ここはB坊工場株式会社なのか?」


「B坊工場株式会社!」


B坊の口から、謎の言葉が発せられた。



B坊工場株式会社


そんな会社が存在するわけない。


ウソをつくなら、もっとマシなウソを付けと言ってやりたい。



「はい、そうです。ここはB坊工場株式会社です。」


男性社員は、真面目な顔で答えた。


「エッ~、ウソだろ。」


「本当です。」


ギャグではなかった。



「やっぱりそうか、そういうことだったのか。ハッハハッハハー。」


驚くテケレケ君を無視して、B坊は1人で納得し勝ち誇ったような笑い声をあげていた。


「どう言うことなの?」


困惑するテケレケ君がさらなる説明を求めると、B坊は黙って一点を指差した。



テケレケ君がB坊の指差した方向を見ると、等身大の黄金像が置いてあった。


黄金像と言ったが、純金の像が無防備に置いているはずがない。


金メッキ加工か金色の絵の具を塗った銅像だろう。


ある1点を除いて、どこにでもある成金趣味丸出しの黄金像だった。



「どうして、ここにB坊の像があるの?」


驚くことに、黄金像のモデルはB坊だった。


「ボクが作った工場だからに決まっているだろ。」


「冗談は顔だけにしてくれ。そんなはずないだろ。」


テケレケ君は、B坊のウソだと決めつけた。



この時点で、テケレケ君はB坊と男性社員がグルだという可能性を疑っていた。


B坊が会社をだまし取ったと言うなら分かるが、巨大な会社を1から作ったとなるとウソだと言わなければならない。


これがイタズラなら、ずいぶん手の込んだイタズラだ。


B坊がテケレケ君をダマしても一文の得にはならないが、テケレケ君をダマすためなら本気を出す。


それが、B坊だ。



「こんな警備員の格好をした男を社長と呼ぶのは、おかしくありませんか。」


テケレケ君は矛盾点を見付け、すぐさま男性社員に同意を求めた。


「B坊社長がおかしいのは、今に始まったことではありません。」


男性社員は、キッパリと言い放った。


テケレケ君は、なるほどと思った。



「ああ、そうか。」


テケレケ君には、男性社員の気持ちが痛いほどよく分かった。



B坊の頭は、おかしい。


B坊が警備員の服を着ていても、おかしなことは何1つない。


むしろ普段のB坊の服装から考えると、すごくまともな服装だと言える。



この時、テケレケ君の頭の中からB坊と男性社員がグルだという疑念は消えていた。


男性社員がB坊の関係者だったとしても、テケレケ君と同じくB坊に巻き込まれてしまった不幸な被害者に違いない。


男性社員をよく見ると、苦労がにじみ出ているような顔をしていた。


失礼な話だが、頭の方もかなりハゲている。


テケレケ君と男性社員は、ガッチリと握手を交わした。



それは、何気ない独り言のようなB坊の一言だった。



「会社名を株式会社B坊工場にするかB坊工場株式会社にするかで迷ったから、よく覚えているよ。」


色々と間違えている気がする。



「そんなの、どっちでも同じだろ!」


「いいや、大切なことだよ。」


B坊にも譲れないものがあったようだ。



「会社のことを今の今まで忘れていた人のセリフとは思えないな。」


「博識なボクが忘れるわけないだろ。」


「ここに来ても、会社のことを何も思い出さなかったのを忘れたのか?」


「それは、当たり前だよ。」


「当たり前?」


「ボクの記憶にあるB坊工場株式会社とは、見た目や大きさが変わっていたからね。」


「どういうことだ?」


「な~に、簡単な話だよ。昔のB坊工場株式会社はこんなに大きな会社ではなかった。それだけの話さ。」


「ふ~ん、そうなんだ。」



思い込みや勘違いは、誰にでもある。


B坊の勘違いもここまで来れば、立派だ。


今度、B坊に良い精神科の病院を紹介してあげよう。


B坊の記憶違いが気になったので、このままB坊の話を続行させることにした。



「最初は小さな町工場からスタートしたから、資金繰りが大変でね。社長のボク自ら、融資を求めて色々な人に頭を下げて飛び回ったりしたな~。」


B坊は、懐かしそうに当時の苦労話を語った。


テケレケ君は、B坊が周りの人に多大な迷惑を掛けて回ったに違いないと思った。



「そう言えば、資金繰りに行って来ると言ってからB坊社長の姿を今日まで見かけなかった気がします。」


「・・・・・・。」


B坊が急に、お地蔵さんのように沈黙した。


B坊が社長なんて、おかしすぎると思った。



「B坊がいなくなってから、会社は急成長しませんでしたか?」


「よく分かりましたね。大口の注文がたくさん入ったり、新製品が大ヒットしたのも同時期だったと思います。」


「・・・・・・。」


B坊は、黙ったままだ。



うん、分かった。


つまり、そう言うことだ。



会社にとって、B坊は疫病神だった。


B坊がいなくなり会社が急成長したことが、全てを物語っている。


ちなみに、B坊が会社の金を持ち逃げしていたことは誰も知らない。


B坊も完全に忘れていたため、横領事件は迷宮入りした。



「忙しい時に足止めして悪かったな。もう、行っていいぞ。」


「はい、失礼します。」


男性社員は一礼すると、立ち去った。


邪魔者を追い払うように男性社員を追い払った姿を見て、だんだんB坊が嫌な奴に見えてきた。




「ボクの会社だから、自由に見学してくれたまえ。」


この期に及んで、B坊は『ボクの会社』という部分を強調し偉そうに言ってきた。


B坊が社長面してきたのは気に食わなかったが、テケレケ君はB坊を怒ることが出来なかった。



ひょっとしたら、B坊は名ばかりの社長だったのかもしれない。


ずいぶん肩身の狭い思いをしただろう。


そう思うと、テケレケ君はB坊に対して優しい気持ちになれた。




こうして、世界に平和が訪れたのだった。


めでたしめでたし。

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