第6話 秘密のB坊工場 中編

B坊とテケレケ君は、悪の組織のアジトと思われる工場の敷地内を歩いていた。


「テケレケ君、不審人物みたいだから背筋はシャンと伸ばして歩いた方がいいよ。」


「分かってる!」


分かっていると言って強がってみたが、テケレケ君は初めての潜入活動でガチガチに緊張していた。


今も誰かに見られているかもしれないと内心ビクビクしている。


B坊の言っていることは正しいかもしれないが、B坊にだけは言われたくなかった。



B坊とテケレケ君は、警備員の服を着て変装している。


警備員の服は、B坊が無関係かもしれない警備員を問答無用で倒して奪い取った物だ。


最初は気付かなかったが、いつの間にか警備員が持っていた腕時計をはめてB坊は機嫌良く歩いている。


身体検査をしてみないと分からないが、他にも余罪があるかもしれない。



テケレケ君は罪悪感から、知らず知らずのうちに前かがみになって歩いていた。


B坊は・・・と言うと、自分の庭を歩くように堂々と歩いていた。


B坊は、罪悪感とは無縁の存在みたいだ。



「とりあえず、この建物に入るよ。」


B坊が指差した建物は、周りの工場とは違う立派な建物だった。


テケレケ君は止めようとしたが、すでにB坊はドアの取っ手に手を触れていた。


「置いて行かないでよ。」


テケレケ君は、急いでB坊の後を追った。



「広いな。」


建物の中を一目見た素直な感想だった。


B坊に続いて建物の中に入ると、ホテルのロビーのように高級そうなソファーが並べてある落ち着いたフロアーが広がっていた。


1階を少し見ただけでは全ては分からないが、講演会や集会などに利用する建物なのかもしれない。



「あっ。」


スーツ姿の男性社員と目が合った。


静かだったから、誰もいないと思って油断していた。


男性社員も驚いた顔をしているので、偶然通りがかっだけみたいだ。


建物に入るタイミングが悪かったとしか言いようがない。



ここで、目を反らすのは不自然だ。


テケレケ君は、動揺を悟られないように驚いた声を出すのをグッと我慢した。


横目で隣りのB坊を見ると、スゴイ顔で男性社員をガン見していた。


相変わらず、B坊の行動は理解不能だ。



今さらだが、警備員に変装するアイデアは正しかったのだろうか疑問に思う。


B坊が警備員の服装は目立たたないと提案した時は、大絶賛した。


今は昼間なので、工場で働いている人はたくさんいる。


門の前にいるはずの警備員2人が工場内をうろついていたら、何かあったのかと不審に思うのではないだろうか。



よく考えると、警備員がパトロールするコースや時間帯を知らない。


入ってはいけない立ち入り禁止エリアもあるだろう。


この建物は、警備員が気安く入っても良い建物だったのだろうか?


男性社員が近づいて来た。



「どうする?B坊。」


テケレケ君は、助けを求めるような眼差しでB坊を見た。


「ボクが対応をするから、テケレケ君は何もしなくてもいいよ。」


「分かった。」


ありがたい提案だ。


コミュ障のテケレケ君にとって、スーツを着ている人と話すのは難易度が高かった。



でも、ちょっと待てよ。


少し前にも、同じようなやり取りがあった気がする。


B坊を見ると、右手の親指を軽く曲げ残りの四本の指を真っすぐにそろえて伸ばしていた。


いつでも男性社員に飛び掛かれるように、手刀を作り前傾姿勢で身構えている。


B坊は男性社員に近づこうと1歩、踏み出した。



「ちょっと待った。いきなり、手刀はなしだよ。」


「チッ、分かってるよ。」


危なかった。


止めて正解だ。


やはり、手刀を使って男性社員に襲い掛かる気だったか。


B坊は、手刀を止められて悔しそうだった。



「本当に手刀はなしだからね。」


心配だから、念を押した。


「分かってるよ。情報収集するつもりだったから、最初から手刀を繰り出すつもりはなかったからね。」


「それなら、手刀を作る必要ないよね。」


B坊は渋々、手刀の構えを解いた。



「こんにちはー。」

B坊は今までのやり取りがウソだったかのように、気持ち悪いぐらい清々しい笑顔で男性社員に話しかけた。


いつものB坊を知っている立場から言わせてもらうと、悪だくみを考えている顔にしか見えない。



「こんにちは。あれ?社長。珍しいですね。今日はどうしたのですか?」


「社長?」


社長と言えば、会社のトップだ。


悪の組織の親玉の可能性が高い。


男性社員の視線の先には、社長がいるのか?



「!」


一瞬、背筋が凍るような危険を感じた。


B坊とテケレケ君は、バッと後ろを振り向いた。



「誰もいない?」


B坊とテケレケ君が振り返ると、誰もいなかった。


「どういうことだ?」


社長がいると言ったのは、ウソだったのだろうか?


ウソをつく理由は、何?



「しまった!罠だ。」


視線誘導に引っ掛かり、間抜けにも振り向いてしまっていた。


男性社員に対して、無防備な背中を見せてしまっていることに気付く。



敵の真の目的は、スキを作ることだった。


叫んで後ろを振り向かせて、無防備になった敵の背後を攻撃する。


単純な方法だが、効果は高い。


分かりやすく説明すると、『あっ、UFO(ユーホー)だ。』と同じ方法だ。



男性社員に不自然な点はなかった。


会話や仕草に少しでも違和感があれば、B坊が気付いていただろう。


悪の組織らしい卑怯な戦法だが、文句を言えば引っ掛かる方が悪いと反論されるのは目に見えている。


善良そうな男性社員に見えたが、ひょっとしたら悪の組織の幹部クラスかもしれない。



B坊とテケレケ君が罠だと気付いた時は遅かった。


B坊とテケレケ君が振り返るより速く凶刃が背後から襲い掛かった・・・ようなことはなかった。



「社長。何をされているのですか。」


男性社員が、不思議そうな顔をして立っていた。



「ダマされるな、テケレケ君。」


B坊の額から汗が垂れる。


「分かってる。」


テケレケ君も、B坊の意見に同意だった。


敵の真意が分からない以上、まだ警戒を解くわけにはいかなかった。



ここは、悪の組織のアジトの内部だ。


用心しても、用心し足りないと言うことはない。


姿の見えない敵がいることを想定して、警戒を怠ることはない。


決して、B坊とテケレケ君の性格がひねくれているわけではなかった。



「社長。」


男性社員は、まだ社長に呼び掛けている。


どこだ!どこにいる。


男性社員に顔を向けたまま視線を動かして探すが、社長の姿はない。



敵が視認できないような猛スピードで動いても、B坊の驚異的な動体視力から逃れることは出来ない。


男性社員の頭や目がおかしくないならば、考えられる答えは1つしかない。



「社長は、透明人間だ。」


テケレケ君は、自信満々で答えた。


「何、バカな事を言っているの?」


B坊は、バカを見るような目でテケレケ君を見た。



「自分でも突拍子もない答えだと自分でも思っているよ。でも、それ以外に考えられないだろ。」


「フンッ。テケレケ君なら、それぐらいだね。」


B坊は、鼻で笑った。


「グッグッググ、B坊なら分かると言うのか?」


テケレケ君は悔しそうにうなりながら、B坊に答えを求めた。



「やれやれ、こんな簡単な問題も分からないのかい。」


「B坊なら、分かると言うのか?」


「当たり前だろ。こんな問題、朝飯前さ。」


「それなら、B坊の答えを聞かせてもらおうじゃないか。」


「良いよ・・・。」


長い沈黙が続く。



「・・・・・・。」


寝ているのか?


答えを引き延ばすのは良いけど、そろそろ答えを言って欲しい。



「ズバリ、社長は幽霊だ。」


「幽霊だって!」


B坊の答えは、もったいぶった割にテケレケ君と大差ない答えだった。



「何か、根拠があるのか。」


「透明人間社長と幽霊社長、どっちが呼びやすいと思う?」


「幽霊社長かな。」


「そうだろ。」


「?」


どういうことだ?



「ここまで、言っても分からないのかい。」


「はい。」


「いいだろう。説明してあげるよ。」


「お願いします。」


テケレケ君は、下手に出て答えを求めた。



「姿の見えない敵と言えば、透明人間か幽霊が定番だ。テケレケ君の答えはハズレだから、消去法で幽霊だ。」


B坊に聞いた僕がバカだった。


テケレケ君は、遂に自分がバカだと認めた。



「いかがされました?社長。」


男性社員が、こちらの様子を心配そうに尋ねて来る。


男性社員を除くと、ここには2人しかいない。


心当たりはないが、テケレケ君とB坊のどっちかが社長と言うことだろう。


分からないなら、男性社員に聞いてみるのが手っ取り早い。



「社長ですか?」


テケレケ君を指差して聞くと、従業員は首を横に振った。


「そうだろう、そうだろう。」


B坊が、1人で納得している。


何故か、すごく悔しい。



「社長ですか?」


今度は、B坊を指差して聞いてみた。


どうせ、ハズレだろう。


B坊も自信なさげだ。


男性社員は、首を大きく縦に振った。



「!」


信じられない。


B坊がこんなに大きな会社の社長なんて、宝くじで1等が当たるより低い確率の話だ。


ドッキリかもしれない。


もう一度、B坊を指差して男性社員に聞いてみた。



「社長ですか?」


今度は、両手で頭上に大きな丸を作って答えてくれた。


男性社員は、とてもノリが良い男だ。


B坊は、社長だった。



「やったー!」


B坊は、ヒマワリの咲いたような笑顔をパッーと浮かべた。


不正解だったテケレケ君は、この世の終わりみたいな沈んだ表情だ。


同じように生きて来た2人だったが、ハッキリと明暗が分かれた。




こうして、世界に平和が訪れたのだった。


めでたしめでたし。

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