第8話

 彼女が、自分に好意を寄せてきているというのが、感じられる。仕草で。言葉の端々で。位置取りで。彼女の感情が分かってしまう。そういう鋭敏な感覚と年甲斐の経験を、はじめて煩わしいと感じた。

 今まで、この能力で幾度となく死線を越えてきた。直感や、経験の為せる業で。ひとつ死線を潜り抜ける度に、死ねなかったというわずかな切なさと、次の死線はもっと死に近付けるという希望があって。その感情そのものが好きだった。死に繋がっていられる。手の届くところに死があると実感できる。

 しかし、彼女との日々は、自分の感覚に振り回されるだけだった。彼女が向けてくる好意に対して、自分は、無防備に晒されるだけだった。彼女には未来がある。自分に未来はない。彼女は、自分を純粋に必要としていて。自分は、彼女を情欲の対象程度にしか見ていない。興味はあるが、べつに親しくなったり爪を立てようと思うこともない。どこまでいっても、ただの女。

 ただ、彼女は食い下がってくる。ただの女。だが、一生を自分の隣で過ごそうと画策している、ただの女。この力はどこから来るのか、分からなかった。もしかしたら、思春期というやつなのかもしれない。自分に思春期はなかったので、ちょっとすごいなと思う。嫉妬はない。嫉妬している暇がない。

 普通に、彼女を抱きたいと思う。もてあました情欲。ただ、思うだけだった。踏み出すほどの興味は、微塵もない。ただ目の前に綺麗な女がいて、おっ、と思う。それだけ。

 普通に、仕事でまた幾つかの死線を越えた。長めの仕事で。激戦になった。相手取ったのが、人ではなかったからか。狐というらしい。

 何度も死にかけた。その度に、なぜか彼女を思い出した。好きなのかもしれない。その度に、自分でそれを否定した。18の若い身体に、五十の老いぼれが発情しているだけ。なんとも滑稽な気分。そう自分を貶めて、とにかく平静を保つ。気分を鎮める。彼女は、ただ綺麗なだけの、他人。

 自然と、店に行かなくなった。店主とは、通信で情報交換する。彼女に会いたくなかった。それが、恋なのか、それとも死から遠ざかる恐怖なのかは、分からないまま。漫画が読みたいのに、読めない。

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