2.みやびちゃんのポーカー講座


 オンラインポーカー。


 インターネット上に用意されたテーブルで、同時にアクセスした人と電子マネーを賭けたゲームを行うことの出来るサービス。他のカジノゲームと違って、これは明確に対人戦なので、自ずと実力差が詳らかになる。


「カジノゲームの中でも、明確に対人戦なのはポーカーくらいなんだけど、オンラインではそれを世界中の人とできるから、すごいんだよね」


 元々、ポーカーはカジノゲームの中でも特殊な遊びだ。他のゲームが胴元カジノゲストの勝負であるのに対して、ポーカーはゲスト同士の戦いとなる。胴元は勝負の場を提供し、ゲームが行われるごとに手数料アンティを徴収していく。


 そこまで説明すると、英知くんが何気なく感想を口にした。


「なんだか、雀荘の場代みたいですね。テーブルを貸す代わりに、使用料だけ取るってのは、カジノ側からしたらすごく利率良いんじゃないですか?」

「まあ、プレイ人口が多いから成り立つゲームではあるんだけど……ちょっと待って、英知くん。今、雀荘って言った? もしかしてあなた、麻雀出来る人?」

「え? いや、学生の時にセット麻雀で遊んだくらいですよ。フリーとかは経験ないです!」


 慌てて首を振る英知くんだったが、そこでとっさにフリーとか出てくる辺り、それなりに知っていそうだ。

 うわぁ、まじかー。英知くんが麻雀知っているんだったら、今日は雀荘に行っても良かったんだけどなぁ。


「英知くん……今度、私の知り合いの雀荘に行かない?」

「嫌ですよ。みやびちゃんの行きつけとか、絶対お金賭けるでしょ?」

「やんないやんない。最近は、健康麻雀とかも流行っているんだよ。カモったりしないから」


 私が親指をぐっと立たせると、彼は非常に嫌そうな顔をした。全く心外な。アイドルが笑顔を向けているのだから、もっと喜んで欲しい。


 うん、こほん。

 英知くんを雀荘に連れて行く計画はまたの機会にするとして――今はポーカーだ。


「ちなみに、英知くんってポーカーはやったことある?」

「そんなに遊んだことはないですけど、ルールくらいなら。アレですよね。五枚配って、一枚チェンジして、役を作るっていう」

「それはドローポーカーだね。日本だとその形式が有名なんだけど、実は世界的に遊ばれているのは、ルールが少し違うんだ」

「ポーカーに種類があるんですか?」

「色々あるよ。役は共通なんだけど、ゲーム性はまるで違うんだよね。インディアンポーカーとかファイブスタッドポーカーとか、調べてみると面白いんだけど――基本的に、本場でポーカーって言えば、だいたい『テキサスホールデム』だね」


 私はゲーム画面を開く。


 楕円に近い細長いテーブルが画面に映り、そこにログインしたプレイヤーが数人現れる。私を含めて五人のプレイヤーが席についた。


 電子上でカードが配られる。

 私の前に二枚のカードが表示された。


「ざっくりルールを説明すると、プレイヤーの手札は二枚だけ。あとは、テーブルの中央に五枚のカードが並べられるんだけど、それが全員のプレイヤーが使える共有のカード。自分の手札と共有カードの、合わせて七枚から役を作っていくんだよ」


 私の手札は♣6と♡2。

 正直あまりいい手札とは言えなかったけど、説明を続けるためにそのままゲームを続行する。


 テーブルの中央に、コミュニティカードと呼ばれる共有カードが並べられていく。ゲームを進めていくと、やがて五枚揃った。


 ♣5 ♠4 ♠9 ♢2 ♢A。



「今だと、私の手札の♡2と、コミュニティカードの♢2でワンペアが出来たことになる。あとは、他のプレイヤーが2のワンペア以上の手を持っていなければ、私の勝ち」


 そう言って、最後のコールを宣言する。


 ショーダウン。

 相手プレイヤーの中に、9のワンペアを持っている人が居た。同じ役同士では、数字が大きい方が勝ちなので、私の負けだった。


「今の勝負だと、もしコミュニティカードに3が出ていれば、私の手札の2、6と合わせて、2,3,4,5,6でストレートが完成して勝っていたかもしれないんだよね。だから私は、手札に『ストレートがある』って思わせるように勝負したんだよ。でも、相手は9のワンペアで勝てると思ったから、勝負に乗ってきた」

「ああ、ブラフってことですね。そっか、元々ポーカーはブラフで手を大きく見せるものっては聞きますけど、この形式だと、共有カードで役が絞り込めるんですね」


 さすがは英知くん。理解が早い。


 ブラフ――もっと噛み砕いて言えば、ハッタリはポーカーでは必須の技術だ。

 最後にはハンドの強さで勝敗は決まるけれども、そのハンドに価値をつけるのはプレイヤー自身なので、役無しのブタ手に百万円賭けることだってできる。相手もまさか役無しなのに百万円も賭けてくるとは思わないので、よっぽど強いハンドだと勘違いして勝負から降りる。


 逆に言えば、すごく強いハンドを弱く見せて誘い込むこともできる。最高役のロイヤルストレートフラッシュなんてそうそう出ないけれど、もしそれに千円しか賭けなかったら、弱い手だと勘違いして勝負に乗ってくるかもしれない


 ポーカーは、賭け金を釣り上げるか、同じ金額で受けるか、それともゲームから降りるかを選ぶことが出来る。


 自分の手札が相手よりも強いと思うなら強気に増額レイズするし、その手札で勝負するなら受けて立つコール。逆に負けると思ったら降りるフォールドを選ぶ。

 また、最初の段階では、様子を見るチェックなんかも出来る。


 そういったアクションを通して、心理戦を行うことが出来る。

 仮に弱い手でも、強気に出て相手を無理やり降参させることが出来るのが、ポーカーというゲームだ。


「ポーカーが心理戦マインドスポーツって言われるのは、ここが理由だね。自分のハンドをできるだけ強く見せつつ、相手のハンドの強さを推理していく。配られるカードの運だけじゃなくて、プレイヤー自身のスキルが問われる競技なんだ」


 だからこそ――


 ギャンブラーのプロなんてものは基本的に碌でなしの戯言だと言えるけど、ことポーカーに関しては、現実としてプロがいるのだ。

 カジノでキャッシュゲームをして稼ぐような人もいるけれど、何よりも大きいのは世界中で大会が開催されていることだ。大きな大会になると、優勝賞金は億を軽く超える。まったくもって、夢のある話だ。


「まあ、プロが居るってことは、もちろんそれだけ実力差が現れるってことなんだけどね。だから私は、もし誰かと一緒に海外のカジノに行ったとしても、ポーカーだけは気軽に遊ばないようにって忠告するよ。

「絶対、ですか」


 私が思いの外強い言葉を使ったからか、英知くんは驚いたように目を見開く。


「純粋な疑問ですけど、カード運がある以上、ラッキーパンチとかありそうなもんじゃないです? 似た所のある麻雀だと、一回の役満でまくられるとかありますけど、そういうのはポーカーでは無いんですか?」

「無いとは言わないよ。でも、断言するけど、そのパンチはプロにはまず当たらない。当たったとしても、すごく軽傷で済ませることができる。それが、ポーカーと麻雀の大きな違いだね」


 麻雀の場合、和了られてしまうとその役に応じた点数を一律で取られてしまう。けれど、ポーカーの場合は前述の通り、役に価値をつけるのはプレイヤー自身なのだ。


 ブタ手に百万円を賭けることもできるし、ロイヤルストレートフラッシュを千円にすることもできる。逆に言えば、対戦相手がどれだけ強いハンドを持っていても、安い金額で流してしまうことができるのだ。


 百万円レイズしてこようと、こちらが勝負に乗らなければチップは減らない。だからこそ、強いハンドを持っている時は、賭け金を釣り上げて勝負に乗せる技術が必要になる。その匙加減は、素人にはまず無理だ。故に、ラッキーパンチはほぼ当たらない。


「麻雀も強い人はアベレージで良い成績を出す競技だけど、あれは確率的なゆらぎが大きすぎるんだよね。それに対して、ポーカーは極論、カードの中身はどうだって良くって、どうプレイングするかにかかっている。だから、あらゆるギャンブルの中で、唯一と言っていいくらい、実力が反映されるゲームになっているんだ」


 ギャンブルにはそれぞれに戦術や戦略が存在するけど、大半は不確定なオカルトだ。でもポーカーだけは、知識が明確に勝敗を分ける。


 弱いものが負け、強いものが勝つ。

 それは、運否天賦を凌駕するゲーム性だからこそ、残酷なまでに人を魅了する。


「ポーカーが実力を反映するゲームだってのは分かりましたけど、だったらなおさら、気軽にやって良いんです? みやびちゃんって、そんなに強いの?」

「まあ――それなり?」


 そう言って、私は画面を指差してみる。

 そこには、オンラインカジノで遊ぶために入金された総金額が表示されている。海外サイトなのでドル建てだ。


「えっと……いち、じゅう、ひゃく……えっと、六万のドル建てだから……え、六百万!?」

「今日の為替相場は一ドル百十円だったから、正確には六百六十万円だよ」

「どうしたんですか、こんな大金……」

「このオンラインカジノで勝ったり負けたり」


 少しだけいい気分になりながら、私は画面を操作していく。


「他のゲームもやるから常勝とは行かないし、手痛い負け方をすることもあるから、スカンピンになった時は入金しているけどね。その中でも、安定して勝てるのはポーカーなんだよね」


 この所持金の中から、テーブルに持っていくチップの上限を予め決めることもできるので、熱くなって六百万円を一気に失うような心配もない。


「ま、そんなわけでね――プロとまでは言わないけど、セオリーは知ってるよ」


 言いながら、私は画面上に視線を向ける。

 えっと、今のポジションはボタンか。だったらとりあえず試してみようかな。手札は全く見ずに、無造作にチップをレイズする。よし、スチール成功。十五ドル儲けた。


「え、なんか簡単にお金増えましたけど、何やったんですか?」

「スチールって言って、手札が配られただけの段階で他のプレイヤーを降ろしたんだよ。ポーカーはポジションが持ち回りで、強制的にベットさせられる人が二人居るから、その二人を降ろすだけでも強制ベット分のチップを取れるんだ」


 できるだけ噛み砕いて説明したつもりだけど、英知くんはなんとも言い難い表情をしている。うん、まあ最初は、ポジション自体があまり理解しづらいよね。


 そうこう言っているうちに、次のゲームが始まった。


 ちょうど、勝負に出やすいハンドがやってきたので、また勝負に出ようと思う。

 スターティングハンドは♡Qと♡K。


 ポジションはSBスモールブラインド

 ブラインドベットは五ドル。


 テキサスホールデムでは行動順が決まっていて、その順番は持ち回りになる。これをポジションと言うのだけれど、時計回りに持ち回りで、最初にアクションを起こす人や、必ずチップを賭けなければいけない人などが決まっている。


 ディーラーボタンと言う目印を一ゲームごとに移動させて、そこを基準にポジションが決まる。例えば私の今のポジションであるSBは、強制的にチップを賭けなきゃいけないポジションだ。

 全員が降りてしまうとゲームにならないので、SBスモールブラインドBBビッグブラインドというポジションは、ゲーム開始時に強制的にチップを賭けさせられる。これをブラインドベットという。


 ポジションに応じた戦略なんかもあって、さっきのスチールなんかはその一つ何だけど、それを全て説明するとすごく難しいからここでは割愛する。ただ、今の私のポジションは、勝負に出られるなら出たいところだった。


 コミュニティカードが三枚配られる。

 ♢2、♣K、♢6。


 この時点で、五人の内、二人が降りた。

 残りは私を含めて三人。私の前に居るプレイヤーがレイズしてきたので、私は様子を見てコールする。


「キングのワンペアですよね。今の所、一番強いんじゃないですか?」

「だね。でも、相手も同じ様にKを持ってるかもしれない」


 ここで賭け金を一気に釣り上げて強気に出るのもありだったけど、ここは様子見だ。


 全員が二十ドルずつ賭けているので、現在のベットされた総額ポッドは六十ドル。これを三人で取り合うことになる。


 そして、四枚目ターンのカードが開かれる。

 ♢2、♣K、♢6、♠2。


 コミュニティカードで2のワンペアが出来ていた。


「これで、誰かが2を持っていたら、スリー・オブ・ア・カインド――スリーカードの完成だね。だから、Kのワンペアじゃ勝てなくなった」

「ピンチじゃないですか」

「でも、ここでブラフの出番だよ」


 私の前のプレイヤーが、十ドルレイズしてきたので、私は一気に五十ドルをレイズした。


「さあ、どうかな?」


 もしこの勝負に乗るのなら、相手は私と同じ五十ドルを賭けないといけない。およそ五千円。まだ小遣いの範囲だ。


 しかし、相手はフォールドを選択した。

 もうひとりもあっさりフォールドしたので、このゲームは私が勝った。ポットに貯められた百二十ドルが私のもとに来る。そのうち七十ドルは私が出したものなので、差額の五十ドルが利益となる。


 ちなみに、リングゲームだとここからゲームの手数料レーキが5%取られるので、六ドルを引いて純粋な利益は四十四ドルである。


「今のは、コミュニティカードで2のワンペアが出来た途端、私が強気でレイズしてきたから、相手は私のハンドをツーペアかスリーカードだと思ったんだよ。で、他のプレイヤーはそれ以上の手札を持っていなかったから、フォールドした」

「そっか、自分が負けるかもしれない時は、相手も同じ可能性があるんですね。でも、もし本当に相手側に2のスリーカードがあったらどうするんです?」

「その時は多分レイズしてくると思うから、どこまでなら勝負していいかを見極めるべきだね。私の場合、Kのワンペアは出来ているわけだから、五枚目のカードで逆転する可能性も考えて、百ドルくらいまではレイズに付き合ってもいいと思うけど」


 この辺のバンクロール管理がポーカーにおいて重要なスキルの一つだ。資金管理は全てのギャンブルで意識するべきだけれど、特にポーカーはその恩恵が大きい。


 自身のハンドの確率的な有利不利を計算し、相手のハンドを予測してそのリスクを秤にかける。自分自身の努力が確実に反映されるという意味で、ポーカーほど平等なギャンブルはない。


「どう? 面白そうでしょ」

「そうですね。子供の頃にやったポーカーだと、役ができるまでのチキンレースみたいな所があったんで、何が面白いんだろうって思ってましたけど……こういう駆け引き要素があるんなら、人気な理由もわかります」

「でしょうでしょう。というわけで! 今日は英知くんにも、実際にプレイしてもらおうと思います。私のパソコン貸すから、ちょっとやってみよ?」

「え? でも、これリアルマネーなんですよね。人のお金でギャンブルなんて出来ないですよ」

「大丈夫だって。バイインが――レートが低いテーブル選ぶし、十万くらいなら端金だから」

「十万を端金っていうアイドル怖い!」


 いや、結構売れ始めると、十万って端金よ?

 マネージャーなら知っているでしょうに。


 そんなわけで、今日は英知くんのポーカー特訓日にすることにした。



※ ※ ※



 改めて。テキサスホールデムのルールを簡単にまとめておこうと思う。


 プレイヤーに配られる手札は二枚。

 これをホールカードと呼ぶ。


 次に、全員で共有するカードが五枚。

 これがコミュニティカード。あるいはボード。


 この七枚を使って、役を作るのがホールデムのルールだ。


 ポーカーのゲーム性は、役の強さを競い合うことではなく、チップを奪い合うことにある。

 その肝心のチップを賭けるタイミングは、全部で四回ある。

 一回目――手札が配られたタイミング。『プリフロップ』

 二回目――コミュニティカードが三枚開かれた時。『フロップ』

 三回目――四枚目のコミュニティカードが開かれた時。『ターン』

 四回目――五枚目のコミュニティカードが開かれた時。『リバー』


 チップを賭けるタイミングで、プレイヤーは五つのアクションを取ることが出来る。

・ベット――――チップを賭ける。

・レイズ――――賭け金を上乗せする。

・チェック―――様子を見る。

・コール――――勝負を受ける。

・フォールド――降参する。


 リバーのタイミングでコールすると、ショーダウンとなり、互いの手札を開いて勝負をつけることになる。

 逆に言えば、まったくカードを開かずに勝負をつけることも出来る。



 また、役の強さは以下の通り。

・ロイヤルストレートフラッシュ(同じスートで10~Aのストレート)

・ストレートフラッシュ(同じスートの五枚が連番)

・フォーカード(同じ数字四枚。正式名はフォー・オブ・ア・カインド)

・フルハウス(スリーカードとワンペアをひと組ずつ作る)

・フラッシュ(同じスートが五枚)

・ストレート(五枚のカードが連番になる)

・スリーカード(同じ数字三枚。正式名はスリー・オブ・ア・カインド)

・ツーペア(同じ数字が二枚二組あること)

・ワンペア(同じ数字が二枚あること)

・ハイカード(数字やスートが組合わさらない時、一番大きい数字がハンドとなる)



 あとは、ポジションとか色々あるけれど――まあ、それはやっていけばそのうち分かるでしょう。


 そんなわけで、ルールを把握したら早速本番と行きましょうか。

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