裏話 第四話デピュタントの裏側②

 馬車の護衛に指名され、御者台に座る大小の影。

 一人は大柄な男性で、もう一人はそれと比べると子供のような青年。

 御者台の後ろ、馬車の中には皇帝とその相手を務めた少女が乗り込んでいた。

 周囲は騎乗した騎士が固めているが、彼らが居ようといまいと御者台に乗る二人がいる時点で鉄壁の守りに変わりなく、他国での権威威容を示す行為に使われていた。それを知るのは御者台の二人と馬車の中の皇帝ぐらいだったが。


「……驚いたな」


 ぽつりと大柄な男性が呟くと、隣の子供のような青年は噴出した。


「全然顔色変わらないから動じてないかと思いましたよ」

「あれは驚くだろ。驚かなかったか?」

「えぇえぇ驚きました。ねこさんが連れてきたので間違いないと思いましたけど、人違いかと一瞬。中身がアレなのに外見がアレって、ねぇ。詐欺にも程があるでしょう」


 くすくすと笑いながら青年は何度も頷く。


「なぁ、何を話してると思う?」

「えび。それは野暮ってもんですよ」


 大柄な男性、えびはガシガシと頭を掻いてちらっと後ろの馬車の中の方へ視線を向けた。巷では『曲芸師』と言われる有名な冒険者だったが、今は知り合いの女の子に彼氏が出来ておろおろしているただのおじさんと化していた。


「はいはい。見ない見ない。中で何やってても見ないふりです」

「おいおいたこ。いいのかそれ」


 さすがに新入りが可哀そうじゃないのかと言うエビに、たこはフッと黒い笑みを浮かべて行った。


「ヒトデはああ見えてヘタレですよ。どうせまともに口説き落とすことも出来ずに商談まがいの事でもやってますよ。会場でも給料の話してましたから」

「ああ? いや、でも貰う気で来てたんだろ? だから態々俺たちが手ぇ貸して時間作ったんじゃないのか?」


 猫っ毛のグレーの髪をくるんと指に巻き付けて遊ぶたこは、えびの言葉に本当にねとつまらなそうに呟いた。


「欲しいならさっさとやる事やればいいのに、変なところでヒトデは律儀でそれでねこもいぬもラファトリシアに取られたんですよ。今度こそはとかって思ってるくせにこれですから」

「あー。ま、あいつ、大事なものには臆病になるとこあるもんな」

「ヒトデの由来も聞かれたら、どうせ事務的な口調で言って反応見てるんですよ。冷徹な皇帝と評判ですが私たちに言わせてみれば、どこが、ですよ。全く」


 機嫌悪そうに言うたこに、えびはたこの虫の居所の悪いわけがわかって、笑って肩を叩いた。要するに、たこはヒトデに幸せになってもらいたいのだ。


「わかってるわかってる。少なくとも俺たちはわかってるんだから、ヒトデにとっちゃそれでいいんじゃないのか? 知らない奴に何と言われようと構わない奴だろ?」

「痛いですよ……もう」

「そんな心配するな。ヒトデだってちゃんと考えてるさ。

 考えてるから、これまで相手を選ばなかったんだろ」


 えびの言葉に無言になるたこ。言われずともそんな事はわかっていた。

 事実、ヒトデの妃候補は何人もいたし、ヒトデを慕う者もいた。だが、それら全て適正が無いとヒトデは払いのけた。未だに毒殺や暗殺の危険が付きまとっているヒトデの伴侶として立てる者、ヒトデを支えられる者がいないのが現状だった。


「焦るなよ、たこ。新入りはちゃんと話せる奴だったろ? だからヒトデとちゃんと話して、それで決めてくれるさ」

「………はぁ」


 息を吐き出し、たこは肩の力を抜いた。


「とりあえず、向こうについたら私の肩書をそのまま新入りさんに移しますかね。彼女の技量なら宮廷魔導士としても十分でしょうし」

「契約の延長はしないのか」

「私たちはしがない雇われの冒険者ですよ。そういつまでも入り浸りませんよ」

「ふーん。ま、俺はいいが。

 でもそうするとあれだな、特等席で見る事が出来なくなるかもな。あいつらの式」

「……そうなるとは限らないじゃないですか」

「まぁたそうやって予防線張って。お前も素直になれって」

「いつでも私は自分に素直ですが?」

「あいよ。で、しばらくは新入りに視線も悪意も集中するが、それはどうするよ」


 聞かれて、たこは数秒沈黙した。たこやえびが手を出さなくとも新入りとヒトデなら何の問題もないのは容易に想像出来る。出来るのだが、何もしないというのも、居心地が悪い気がして無言になってしまう。


「わかりましたよ……しばらくは裏方で手伝いますよ」

「ははは。実はそれ、ヒトデに打診されてる」

「!?」


 だったらそれを先に言えと思うたこだが、にこにこしているえびを見て言葉がため息に変わる。


「ったく、えびも人が悪い」

「お前程じゃないだろ?」

「えぇえぇそうですね」


 ケッとでも毒づきそうな口で同意するたこに、えびは闊達に笑った。

 新人を確保する包囲網は着実に広がっていた。

 そしてこの後、迎賓に用意された宿でいぬとねことわにが待ち構えており、新入りを囲んでの二次会が開催され、ジルニアスからの随行員に皇帝が連れてきた女性は何者だと噂される事になる。

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