裏話 第四話 デピュタントの裏側①

 とりあえずねこは指定通り新入りをヒトデに渡し役目を終えて、いぬとわにと脇に下がった。

 獣人が物珍しいのだろう、いぬとねこに注がれる視線には少しばかりの蔑みも込められていた。

 いぬは身体強化や聴力強化などの肉体強化系スキルを数多く所有しているため、ざわめきや囁きといった混ざりかき消される音も一つ一つ拾える。


「やっぱり人間の国は慣れねぇわ」

「口調、あくまでもラファトリシアの顔として来ているんだからシャキッとしなさい」

「わかってるよ……」


 と、そういいながらいぬの視線は先ほどねこがヒトデに引き渡した新人に向けられていた。それをねこも追って小さくため息を一つ。


「……なんか、あの新入りさんがアレって、詐欺よね」

「俺、筋肉想像してたんだが……」


 二人の何とも言えない空気に、わにはおっとりと笑った。


「とても綺麗なお嬢さんでしたねぇ」

「綺麗なんてもんじゃないでしょ。いぬなんか呆然としちゃって」

 

 柔らかい金の髪に、優し気な緑の瞳。すらりとした身体付きでシンプルではあるが光沢のある白い布地に、キラキラと光りを反射する蒼い蔦を纏ったドレスを着た彼女は妖精かなにかのようだった。人の視線を集めていたのは獣人である自分が一緒にいたのもあるが、彼女自身の魅力によるところが大きいだろう。本人は全く気付いてなさそうだが。


「だって、お前、あれを想像出来たか? 木の皮食べてみたけど不味いとか、ブラックウルフ狩れるようになりましたけど不味いです。おいしいのはどれですか、だとか、挙句の果てにあのステータスだぞ? 咄嗟に結びつかないって」


 あれ、と目で示す先にはヒトデのエスコートを堂々と受けている姿。

 足運びも淀みないし、隣に皇帝という権力者がいるのに恐れや怯えも無い。言われた通り舞踏も上げたのか優美ですらある。


「そりゃね。声かけた時は半信半疑だったけど。でも反応見て確信したわよ。私の耳見て目を輝かせるんだもの」

「あー、ここいらの奴らは獣人嫌いな奴が多いからな」

「新入りさんなら平気だろうなって思っていたけれど、実際そこは想像通りだったわ。触りたそうにまでしちゃって」


 思い出してクスリと笑うねこに、そうなのかとこちらも笑顔になるいぬ。


「さて、一見仲睦まじそうですが……あぁやはり新入りさんはヒトデを見ても一目ぼれとかしていなさそうですね」

「でしょうね。あの新入りさんだもの」

「だろうな。あの新入りだから」


 二人の囁きを魔法で拾ったわにに、然もありなんと頷くいぬとねこ。


「三食昼寝付きに破格の給料で口説こうとしてます」

「ヒトデ……それは無いわ」

「兄貴ぃ……」

「いえ、案外感触はいいみたいですよ」

「新入りさん……」

「新入りぃ……」


 残念感あふれる報告に額を押さえる二人。


「あ、強硬手段に出ましたね。外堀埋める気です」

「外堀って……あぁ、国王にお持ち帰りしますってやってるのね」

「兄貴本気でやってるなぁ」

「この国の王子には見せないつもりのようです。絶妙に距離取ってますよ」


 この国の王子はアレですね、とわにの視線の先をいぬとねこが見ると、華やかなドレスで着飾った女性に囲まれた優し気な風貌の男性がいた。

 この国の貴族に多い金髪で、遠目には詳細は見えないがなかなか女性たちと楽しそうにやっていた。強化したいぬの目には、手あたり次第女性の腰に手を添えてダンスに誘う仕草も見えたのだが他国の王族なので口にはしなかった。普通は了承を取ってから触れるものなのだが、多分、そういう人種なのだろうなと眺める。


「まあ。あんなのより兄貴の方が断然いいからいいんじゃないか?」

「それはそうでしょうけれどね……ところで、新入りさんの継母とかって来てるの?」

「来てますよ。二人の義理の姉というのもいますね。

 青いドレスで腰に大きなリボンをつけている方と赤いドレスにオレンジのフリルを沢山つけている方でしょう。お二人ともドレスの色と同系色の化粧をされているのでわかりやすいですよ」


 王子を取り巻く女性の壁の外側に、わにが言う特徴の女性を見つけいぬは口をつぐんだ。


「……すごいわね」


 ねこの呟きに、同意するいぬとわに。

 ここまで着飾る事が上手ではない者を見るのは初めてだった。むしろ誰か悪意でもってあのような姿にされているのでは疑うレベルだ。周りの者も表立っては指摘しないが距離をとるように囁きあっている。


「あ、あの姿の理由がわかりました。

 さるお方から贈られたドレスのようです。そして化粧道具も一緒に贈られたようで……それで身を飾れば王子も振り向くだろうと」

「………」

「………」


 声を拾っていたわにが原因を言うと、無言になった。

 いぬもねこもわにも口にはしなかったが、ヒトデ(兄貴)だな、と一致した。


「直接の報復は当事者じゃないからお門違いだって暗黙のルールなのだけれど……この場合はどうなの、わにさん?」

「絶妙なラインをついてきますねぇ……見ようによってはただの贈り物ですから……大目に見ますかねぇ」

「いいんじゃねぇの? 本人は満足してあれやってるんだろ?」

「そうなんでしょうけれど……あの継母も気づかないのかしら? あの人はまだ普通なのに」

「さて、あまり貴族社会とのつながりも無いようですから……」


 言葉を濁すわにに、ふと疑問を口にするいぬ。


「なあ、新入りを兄貴が持って帰ったらあいつらどうなるんだ?」

「国王が他国への所属を許可をしたという事なら、新入りさんの家はそれで一旦途絶えます。彼女が唯一の後継者ですからね。継母も義理の姉にもその権利はありません。それでも家に残されたお金はあるでしょうし、そこからどう身を振るかは本人たち次第ですよ」

「新入りさんはそれでいいのかしらね?」


 ちらりと、あいさつ回りと言う名の外堀埋めに引きずりまわされている新人を見てうっそりと呟くねこ。


「何かするならもうしてるんじゃねぇか? あの新入りだし」

「……そうね」


 言われて確かにと思うねこ。


「さあさ、我々ももう少しお手伝いをしましょう。このままジルニアスに連れ帰ったとしても彼女には何の後ろ盾もありません。せめてものはなむけに、ジルニアスの随行員にも彼女と繋がりがある事を示しましょうか」


 わにがそう言うと、いぬがニヤリと笑った。


「魔導士の総本山の塔の主が出てくるなんざ兄貴の即位ぶりだろ?

 それだけで十分意味があると思うぜ」

「いえいえ。ラファトリシアを守った全戦全勝の英雄、暁の将軍と押し寄せる魔物を一瞬にして灰に還した救国の英雄、紅の魔導士の前にはこんな老いぼれなど霞ます」


 謙遜するわにに、ねこは呆れるようなため息をついた。


「こんなところで遊んでないで、そろそろいくわよ」

「はいはい」

「そうですね」


 三人は笑い合い、歩を進めた。

 新人の知らない間にさらに外堀は埋められていった。

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