第34話 新しい薬売り

「これでよしっと」


 木片を彫った即席のスタンプを薬包に押して、ノノが満足気ににんまりする。

 今回のデザインは、デフォルメされたウサギの顔だ。膏薬のブリキ缶のエンボススタンプは間に合わなかったので、今回は無印で。


「とりあえず、これで様子を見てみますね」


「よろしくお願いします」


 フォリウムが麻袋に商品を詰めている間に、狐の子供はクローゼットからせっせと衣類を選び出す。


「今回はどんな姿になるんだ?」


 前回の薄い顔の男はもう使えない。尋ねるレナロッテに意味深に目を細め、ノノは答える代わりにくるりとバク宙した。トンッと足が床に着いた時には、狐尻尾の子供は大人に変身していた。

 年の頃は六十歳前後。白髪混じりの髪を一纏めにした、ふくよかな女性。タレ目気味で地顔が笑っている表情だ。

 以前の薬屋は細身の青年だったので、そのギャップにレナロッテは本気で驚いてしまう。


「ノノは本当に变化が上手いんだな!」


「まあね」


 化け狐は胸を張って称賛を受け取る。


「でも、何故今回は女性なのだ?」


「それは安心感重視だからだよ」


 ノノはさらりと説明する。


「今回は中身は同じでも、取引先にしてみれば新規開拓になるわけじゃん? そうなると、信用できそうな見た目ってのが大事なんだよ」


「それが信用されやすい姿なのか?」


「よく見てよ」


 首を傾げる女騎士に、ノノは正面に立って無防備に手を広げる。


「レナの目にはボクがどう映る?」


「どうって……」


 頭からつま先までを見回す。

 柔和な顔の、少し腰の曲がった初老の女性。まさにそれは……。


「下町のオバちゃんって感じ」


「そう!」


 正解! とノノが指を差す。


「悪いことしなさそうでしょ? 近所の子供に飴ちゃんあげそうな感じでしょ?」


 飴ちゃんてなんだ? とレナロッテは思いつつも、


「確かに、人を騙すタイプには見えない。むしろ、この人が行商に来たら、要らぬ物でも買ってしまいそうだ」


 それが、ノノが言う『安心感』だ。


「人は見た目じゃないっていうけど、実際、見た目も大事だよ。だって、最初に知覚するのは容姿だもん。第一印象は悪いより良い方が打ち解けやすい」


「なるほど」


 商売人は、いかに買い手の警戒心を解くかが勝負だ。

 人ならざるものホムンクルスに世の理を教えられて、人間レナロッテは素直に感心する。


「それじゃ、いってきまーす!」


 子供のように手を振って、薬売りのオバちゃんは元気に小屋を出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る