第33話 問題勃発

 雨のように暖かな木漏れ日が降り注ぎ、小鳥がさえずる。

 いつもの森の、いつもの朝。

 今日も穏やかな一日が始まる……と、思ったら。


「小麦粉がありません……」


 キッチンで空の麻袋をひっくり返し、ノノが絶望の声を上げた。


「目測を誤りました。ボクとお師様だけならあと三日は保ったのに、大食いの脳筋触手を飼ったばかりに、主食の材料が尽きてしまうなんて……っ。家政を預かる身として恥ずかしい!」


「……悪かったな、大食い触手で」


 これみよがしに悔しがるノノに、レナロッテはうんざり謝る。

 この子狐は、本当に口が悪い。


「いいじゃありませんか。今日は主食なしでも」


 フォリウムがのほほんとフォローするが、


「だめです!」


 ノノはバンッとダイニングテーブルを叩く。


「いいですか、これはパンがなければケーキを食べればいいじゃない? なんて、問題じゃないんです!」


「……まあ、パンもケーキも原材料は小麦粉ですからね」


「そういう問題でもないと思うぞ。フォリウム」


 噛み合わない師弟に、女騎士がツッコむ。


「この森には麦は自生していません。小麦粉がないということは、街に買いにいかなければならないのです」


 懇切丁寧に説明する弟子に、師匠はやっぱり危機感なく、


「それではノノ、買ってきてください。ついでに薬も売ってきて……」


「そこです!」


 やっと要点に辿り着いた。


「薬売りのボクは、先日街に現れた触手オバケに殺されたことになっているんです! しかも可愛い狐姿まで晒しちゃって! だからまた街に薬を売りに行くことが不可能になったのです! つまり、収入源を断たれたってことです!」


「……あ」


 俗世に疎い魔法使いは、漸く理解した。


「もしかして、これは由々しき事態ですか?」


「もしかしなくても危機的状況です」


 三人の中で、一番の常識人は狐の子供だった。


「収入源もそうだが、街に薬が供給されなくなるのも困ったことだぞ。白樺印の膏薬は多くのご家庭で愛用されているから」


「いや、あんたが諸悪の根元だからね?」


 街人目線のレナロッテに、ノノが冷たくツッコミを入れる。


「そうですねぇ……」


 フォリウムは顎に手を当てて考えて、


「では、こうしましょうか」


 と手を打った。


「薬の包みの白樺の印を別のマークに変えて、中身はそのままで売ってみましょう」


「……企業買収されて、商品名だけ変わったお菓子みたいですね」


 大人の事情というやつだ。


「実際、需要があれば出処は詮索されませんよ。とりあえず、この方法で様子を見ましょう」


 魔法使いは早速準備に取り掛かる。


「新しいマークは何にしましょうかね?」


 呟いた師匠に、弟子がすかさず、


「蛭のマークがいいと思います!」


「それは売れない」


 女騎士は秒で却下した。

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