第6話 初めての食卓

 現在奴隷市場の裏にあたしはきていた。

 手続きが終わった所で最後の契約を済ませる必要があるということらしい。

 そして、あたしは自分が買ってしまった彼女にものすごい睨まれている。


「えっと、なんていうか。どうすればいいの?」

「こちらの魔法契約をしていただければ完了です」


 一緒に来た人間の女性店員はそう言って机の上にある巻物に描かれた魔法陣を指す。

 奴隷契約とかまともにしたの初めてだけど、そんなことまでしていたのね。

 いや、でも確かにそうでもしないと誰の奴隷かとかもわからないか。


「この魔法陣に触れればいいんですか?」

「はい。あ、ですがちょっとお待ち下さい」


 そう言うと、突然店員は腕をまくった。すると二の腕の当たりに入れ墨のような小さな模様がある。


「奴隷契約の紋様です。互いの認証などのために避けられないのですが場所は選べますが、どこにいたしますか?」


 そういえば奴隷の人って、体の何処かに入れ墨があることも多かったけどそれが理由か。いや、でも明らかに大きいこともあったし本物の入れ墨の人もいたのかな。


「じゃあ、太ももで」

「かしこまりました」


 あたしはひとまず、人に見られることは少ないであろう太ももを指定した。二の腕だとさすがに暑い時期に困るしかといってお腹とか胸につけるのもあれだ。下は短すぎるのは好きじゃないからね。

 それを聞くと店員は魔法陣の一部に何かを書き足す。


「これで、大丈夫です。後は触れていただければ」

「そ、そうなのね。ちなみに痛みとかは?」

「ないですよ。ご安心ください」


 安心して良いのかはともかく、あたしは覚悟を決めてそれに触れた。

 すると体の中に微量の魔力が流れ込んでくる。特に不調を起こすということもなくそれは落ち着いた。


「今回はありがとうございました。また入り用になったらご利用ください! わたくし共はお客様達をいつでもお待ちしております」


 店員はそう言ってあたしに何かの道具の入った袋を渡してくる。そして、店員の言葉とは違って押し出されるようにして店を出た。

 地下にいたせいで気が付かなかったけれど、外は日がかなり落ちて夕方になってしまっていた。


「うぅん……えっと、じゃあ」

「な、なによ!」


 初めて声を出してくれた。相変わらず反抗心がすごいけど、会話できるならいいか。


「まあ、ひとまず帰るわよ」

「なんで、私があんたの家に……ぃいっ!?」

「どうしたの?」

「な、なんで、こんな」


 見てみると彼女の右腹が光っていて、服をめくると紋様だった。そこからは魔力も感じる。

 あの魔法陣の紋様とも似てるし、契約の一種なのかな。発動する理由がわからないけど、今のは反抗とか抵抗だと思う。

 どこまでの反抗とか抵抗で発動かもあとで調べないとな。痛めつけたいわけじゃないし。


「ほら、帰るわよ。あたしも帰れなくなるの嫌だから」

「わ、わかったわよ」


 流石に次は言うことを聞いてついてきてくれる。


 家につく頃には日は落ちて暗くなっていた。

 家の中に入ってあたしはランタンと蛍光石を光らせてから夕飯の準備をすることにした。


「はぁ……はぁ……」

「だいじょうぶー?」


 あたしはいつもの服装に着替えなおしてから居間に戻ってくると、息を切らせて床にへたり込んでる彼女がいた。

 森の中に入る時に足取りが遅くなって、少しおいてきちゃったけど無事にたどり着いたようでなにより。


「な、なんで、こんな所に家が」

「こんな所って言われてもね。あ、駄目なものとかある?」

「へっ?」

「へってなによ。食べ物よ食べ物」

「な、ないけど」

「そう……うぅん、ご飯にしてもその姿はあれよね。ちょっと待ってなさい」


 火の上に置いていた鍋を一度上げて自室に戻る。そしてクローゼットとタンスを開く。


「あの子、そこそこ胸あるのよね」


 あたしの服だとサイズ合うのかな。ひとまずゆったりとした服を選んでその他に下着なども用意する。


「これは、あとでもう一回街かな。まあ、もう夜だしどうにもならないわ」


 あたしはそれらと体を拭くようの綺麗な布などを用意してから居間に戻る。

 息は整ったけど、どうして良いかわからないのかおろおろしてる彼女にそれを渡す。


「はい、それじゃあ、ちょっと綺麗になってきなさい」

「えっ? ど、どういう!」

「どういうこともなにも、あんな埃っぽいとこにいたんだからご飯前に一回ちゃんと綺麗になりなさい」


 あたしはその子の背中を押してそのまま風呂場に押し込んだあとに、調理を再開する。

 料理が完成して配膳が終わる頃に風呂場の扉が開いて、ゆっくりと中から彼女はでてきた。


「あ、あの――」

「体ふいたやつはそこにあった籠に入れておいて。そしたら、ご飯できたら座りなさい」


 色々とあっちも戸惑ってるけど、ひとまずはご飯にしてしまおう。

 細かくなにかするのもあれだったので、朝に食べた野菜の残りをまとめてシチューにしてしまった。


 まあ、でも2人ならば足りる気がするし問題ない。

 風呂場からでてきた彼女も椅子に座らせて、向かいの席にあたしも座る。


「はい、それじゃあどうぞ」

「は、はい」

「あたしもいただきます」

「い、いただきます?」

「女神様が気に入っている言葉? ご飯の前にあたし達の体を支えてくれる食材となった命への感謝を込めてお祈りするのよ」


 最初全く料理ができなかった中で、調理場の引き出しに入っていた本の中に書いてあった。信仰をしているわけじゃないけれど、その心持ちはとても気持ちがいいもので覚えている時には使うようにしている。


「まあ、あたしが好きでしてることだから気にしないでいいのよ! あ、味濃い……」


 調味料はやっぱり目分量とか感覚だと味がバラついちゃうな。美味しくはあるけれど、この味だと少ししつこい気がする。


「お、おいしい……」

「そう? よかった」

「えっ、あっ、いやっ」

「どうかした?」

「えっと、なんで……こんなに優しくするの?」


 思わずそれを聞いて食べていた手を止めてしまった。

 なんで優しくするのか。いや、そもそも優しくした覚えがないし、普通にお風呂入れれ普通にご飯食べてるだけじゃないの。

 奴隷って言ったってこの国は、あの店の雰囲気ならそんなひどいことされてないだろうし。

 若干適当すぎる感じもあるけど。


「あぁ~……そうね。何ていうのかしら。あたしって優しいの?」

「えっ? それは、だって奴隷にこんな風に」

「あたし奴隷について詳しくないのよ。あの店にも、流れて連れ込まれただけだから。多分金持ち狙ってただけね」

「じゃ、じゃあ、なんで私のこと買ったのよ!」

「正直、あたしもなんでかわからないけど、あなたのこと見たら自然とお金払ってたわ」

「わけわかんない!」


 自分でもわけがわからないから、その言葉は受け入れるしかない。


「まあ、でもあれよ。それならそれで優しい人に買ってもらえたってことでいいじゃない?」

「そんなの、まだわかんないじゃない。成長してからってことだってあるって聞いたわよ!」

「一体誰から聞いたのかはさておき、あたしの想像が正しければ女同士でそういうことをする人にあたしが見えたってことよね」


 複雑だ。いや、元男の自覚も残ってるし恋愛なんて前世混ぜたら400年以上してないわけだから、自分でもわからないけど。


「一旦落ち着きましょう。とりあえずご飯のあとでゆっくりね。まさか、この真っ暗の中で森のなかに逃げるきもないでしょう?」

「そもそも、契約が成立してる時点で逃げられないわよ」

「そうなんだ」

「本当に何も知らないの?」

「これに関しては本当よ」

「うぅ、調子狂う……」


 なんだかんだとは言いつつも空腹に逆らえないか、やはり育ちがよくて人に出された物は食べるようにしてるのかご飯は無事に終了した。

 その後、片付けをしてから改めて机に紅茶をだして話をすることになった。


「えっと、まずはあたしはアンジュ・シエーラっていうわ。あなたは何ていうの?」

「そんなの買うときも手続きした時にも見たでしょう」

「あなたから聞きたいのよ」

「リリア・アルミシア……」

「リリアちゃんね。それじゃあ、まずは……聞きたいことある?」

「へっ? 普通は私に色々聞いてくるんじゃ」

「だって、ほとんどあったばかりだし、知らないんだもの」

「それじゃあ、えっと……待って。どれから聞けばいいから決めるわ」


 そう言うとブツブツとつぶやきながら何かを考え始めてしまう。

 本当は司会のあの時の言葉とかから元貴族なのは確定なんだけど、そこまで心の距離は詰まっていない気がする。

 それに、どんな立場であろうとあたしは気にしないしね。


「じゃ、じゃあ、シエーラさんは本当に奴隷について何にも知らないの?」

「う~ん……」


 どうしよう、答えに困る。知らないわけじゃない。


「なんていうのかしらね。一応、第三者目線レベルなら知ってるけど、実際にどんな人が買っていたのかとか細かいことは知らないかしらね」

「そうなのね」

「リリアちゃんは、その奴隷はひどい仕打ちを受けるとか扱いを受けるみたいなことをどこで聞いたの?」

「あの店にいる時……元々別の国の奴隷だった子とかが主が死んでたらい回しにされて来たらしい人が、昔そういう人の元でって。体に傷とかも残ってて」


 なるほど。納得できた。

 多分、奴隷制度が整っていないかもしくは非合法の店に売られていた子かな。戦争中の国とかだと整備されていても見逃されるような状態になることもあった。あたしも戦場に出突っ張りだからそれを止めてる体力も余裕もなかったけど。

 初めて奴隷として売られる子がそんな話を聞いたら鵜呑みにもするか。


「まあ、少なくともあたしはしないわ。言葉だけで信じろとは言わないけど、この国の奴隷制度はしっかりしてると思うしね」

「そ、そうなの?」

「まあ、あたしも詳しくはないけどね。あとで調べてみるつもりだから、教えてあげるわよ」

「じゃあ、なんであたしの事買ったの? さっき言った気づいたらっていうのも嘘でしょう?」

「うーん。嘘じゃないのよね。あの時、本当は帰ろうとしてたのにあなたのこと見たら自然とこう、魔石に手を触れて大声でお金を払っていたわ」

「そう! なんでそんなにお金を持っているのよ! こんな森の中に住んでいる女の人が簡単に払える額じゃないのに」

「そっちは運が良かったって感じね。マギアメタルとかいうのを売ったら大金が手に入ったのよ」

「そうなのね……すぐに聞きたいのはそれくらい。服とかもありがとう」

「いいのよ。あ、でも、あとでちゃんとした服買いに行くわよ」

「へっ?」

「だって、あたしのじゃ、悲しいけど胸とかのサイズが違うからね」

「でも、そんなに私にお金使うのって、おかしい――」


 あたしは机から身を乗り出して、彼女の口元に人差し指をつける。


「なんども言ってるけど。あたしはそこらへんの常識とか知らないから。まあ、すくなくとも買ったからには大切にするし、許される範囲で好きにさせてもらう。後はまあ色々と手伝ってももらうわ。今はそれじゃ答えにならないかしら?」


 あたしがそう聞くと首を横に降ってくれた。


「それじゃあ、あたしもお風呂入ってから寝ようかしらね。あ、そうだ。部屋はそこの部屋空き部屋だから使って。お風呂上がったらベッドの用のセット倉庫から持ってくるから」

「へ、部屋!?」

「なに? あたしと一緒に寝たかった?」

「い、いえ、わかった」

「埃っぽいかもしれないから。そこの掃除道具つかっていいわよ」

「は、はい」

「そういうことで」


 あたしは部屋から寝間着にしてる服などを持ってきてからお風呂に入る。

 リリアちゃんといえば、少なくともあたしが風呂に入るまで色々と混乱して居間から動かなかった。


 あたしってそんなにおかしいのかな。

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