残暑と立秋3

「……ほー」


そき姉は口を丸くぽかんと開けて、その『ほー』を発音した。


「なんだよ」

「いや、今頃そうきたか、と思ってね」


俺は椅子の上でもぞもぞと座り直す。


「いやだってさ。

よくわかんねえけど俺らずっと会ってて……

でもなんか全然あれじゃん。

なんか全然それっぽいことしてねえなって」

「それっぽいとはなんだ」

「恋人……っぽいことっていうか……

あー今のなし!やめ!つうか病人に触るとか無理だしな!」


俺は耳まで赤くなる。

そき姉が今どんな顔してんのか見るのも恥ずかしかった。

でも、そき姉から顔を背けた俺に向かって、彼女はぼそりと言った。


「そうか。それは残念だな」

「え?」


おれは頭をぐるっとそき姉の方に向けた。


「今……は?残念っつった?今」

「気のせいだ」

「言ったろ‼」


そき姉はやつれた顔で目を瞑りながら、くくく、と笑う。

やっぱ冗談かよ、と俺が半分安心、半分残念に思ったとき、

上半身が引っ張られる感じがして、おれはそっちを見た。

見るとそき姉が俺の服をつかみ、軽く引っ張っている。


おれは黙って、そき姉の顔の側に椅子を引いた。

椅子の脚の長さが違うのか、椅子はガタガタと揺れる。


俺はベッドの上に覆い被さるようにそき姉を見た。

そき姉の顔が毛穴まで見えそうなくらい近くにあった。

俺は興奮するより先に、やっぱ痩せたなあと思う。

肌が白いのとおり超して、目の周りとか青いもん。


俺が黙っていると、そき姉が目を開けていたずらっぽく笑った。


「なんだ。しないのか?」


おれは一瞬言葉に詰まってから言った。


「だって……いいのかよ」

「なにがだ?」

「だって、そき姉はストレートだろ」


そき姉も一瞬間を開けてから言った。


「いや、私が言うのも何だが。

このシチュエーションにおいて、その質問は若干野暮なのではないかい」


それにやはり今更という気がするよ、とそき姉は言う。


「でもさ。おれはそき姉の嫌がることはしたくねえし」

「ありがとう」

「……で、どうなんだよ」

「見ればわかるだろう」

「わからねえよ」


そき姉はしばらく黙って、くっくっく、と笑った。


「君、わざとだな」


おれも笑ってた。お互いに内緒話するときみたいに。

俺はそき姉の手を取った。その手がピクリと震える。


「目、瞑れよ」


そき姉は微笑みながら、おとなしく目を瞑った。


真っ白な肌にキリリと揚がった眉毛。

緊張しているのか、ちょっと赤い耳。噛みてえ。


俺はゆっくりとそき姉の頬に自分の頬を寄せた。

そんで頬が触れるか触れないかくらいの位置で、耳元で軽く音を立てる。

俺がそっと顔を離すと、そき姉も目を開けた。


「キスじゃないのか」

「キスだろ」

「まぁそれもそうか」


そき姉は、フランス式のキスだな、と独り言みたいに言う。

俺はその弱々しい声に気持ちが揺らいだ。

いま、そき姉をここに置いていきたくねえ。

でも俺はあえて視線を逸らした。

ダメだ。ここに居続けたら決心が揺らぐ。


「じゃ、おれそろそろ行くな」


俺がそう言って、立ち上がろうとした時だった。

そき姉が、俺の腕をすごい強さで引っ張った。

次の瞬間、歯になんかががつっと当たった。


俺は思わず目を瞑った。

それから目を開け、今の状況を鑑みた。


そき姉とキスしてた。


何度かしたと思う。

周りの時間は止まってた。

俺の心臓も。

わかんなかった。

何が起こってるのか。

そき姉の唇の感触は思ってたより全然熱かった。

いや、これは俺の地が沸騰してんのか?

わかんねえ。

何もわかんねえ。

俺は必死でそき姉の唇の感触をむさぼった。


そき姉はしばらくして口を離したが、熱い息は余韻のように二人をつなぎ止めていた。

時間がゆっくりと、思い出したように動き出す。


「さみしくなるよ」


そき姉はキスの距離のままささやく。

湿っぽい息が俺の首筋を熱くした。

近すぎて表情は見えない。

いろんな感情が俺の胸を通り過ぎて、胸んなかは大穴が空いたみたいになる。


「……」


そき姉。ありがとう。

そう俺は言いたかったけど、泣くのをこらえてたから声は掠れて、

上手く伝わったかどうかはわかんねえ。

そき姉は俺の髪をゆっくりと、ずっと撫でていた。

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