残暑と立秋2

「あのさ――――

俺この前、おじさんとおばさんに会ったって手紙に書いたの覚えてる?」


俺は大きく息を吸って喋り始めた。


「ああ」

「その二人は田舎で工場やっててさ。

子供はいなくて。いいひとでさ。

小さい頃はけっこうしょっちゅう遊びに行ってた。

それでこの前会ったとき――――

卒業したら、こっちに来てうちで働かないかって言われたんだ」


部屋の奥の大きな窓から、カーテンごしにも夏らしい強い光が差し込んできてる。

そき姉は半分閉じた目でこっちをじっと見つめている。


「なるほど。君はその申し出を受けたのかい」


俺はだまって頷いた。そんで言い訳するように早口で喋る。


「前から何度か言われてたんだ。

冗談みたいに、こっちに住んだらいいのにって。

でもずっと無理だって言ってた。母さん達いるしって。

でも気が変わったんだ」


そき姉は目を瞑った。

いつもつやつやの唇が今日は乾いてる。

そき姉はゆっくりと口を開いた。


「そうか。出発はいつだ?」

「八月にはあっちに行くんだ」

「すぐじゃないか。学校は?」

「あっちで卒業する」

「そうか。それは慌ただしいな。準備も大変だろう」


俺は曖昧に頷いた。

本当は荷物なんてないから、準備なんてすぐ終わる。

俺は努めて明るく言った。


「ああ。でもそんな遠くないしな。

そき姉にも、会おうと思えばいつでも会えるぜ」

「ああ、そうだな」

「ネギも送るよ」


そき姉が、ありがとう、と少し笑って、それから俺たちはしばらく黙った。

俺は言わなきゃいけない事を言ってほっとしたのもつかの間、

すげー落ち着かない気持ちになった。


そき姉がふう、とため息をついてから呟いた。


「君が引っ越してしまうことは寂しいが――――

君が決めたことなら、それがいちばん良い道なんだろう。

応援するよ」

「ああ」

「ただ――――残念だな。

今私はこんな状態だし、君になにも餞別を用意できていない」


いらねえよそんなもん、といいかけて、俺はふと止まった。


「じゃさ、その代わりに……って言ったらアレだけど」

「なんだ?胸か?」

「ちげえよ」

「違うのかい」


そき姉が目を丸くする。


「驚きすぎだろ」

「いや、前回会ったとき、

君がすごく名残惜しそうな顔をしていたものだから」


俺はちょっと下向いて舌打ちしながら、ぽつりとつぶやく。


「……」

「ん?」

「キス……とか」

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