<桜丘高校新聞部号外:インタビュー>


 桜丘さくらがおか高校の新聞部に在籍して二年目の山本幸大やまもとこうだいは、放課後、顧問の明智あけち先生に呼ばれて職員室にむかった。

 文化祭の記事をまとめて、今週中には提出することになっている。それは、十二月の校内新聞で発表する予定だ。てっきりその件だと思っていたのだが、明智先生が幸大に伝えたのはべつの要件だった。

 明智先生は相変わらずトレードマークの白衣を着て、棒付きのアメをくわえながらパソコンで作業をしていた。その横に立って話を聞いていた幸大は、「えっ」と戸惑いぎみに声をもらす。

「……インタビュー……ですか?」

 明智先生は「そう」と頷いて椅子をまわし、幸大のほうをむいた。

「毎回、『キラット桜丘スター』っていうコーナーあるだろ」

「ええ……まあ、ありますけど」

 先輩の代から、学校で活躍している生徒を取り上げて紹介するというコーナーが校内新聞の片隅に載っている。企画としては悪くはないのだが、タイトルのダサ――否、古風こふうさが目立って、あまり読まれていない。

 もっとも、校内新聞自体、あまり興味を持たれてはいないし、読む生徒も限られている。毎月発行している校内新聞を、文化祭で冊子にまとめて出しているが、手に取ってもらえたのは数冊だ。それでも一応、なにかしら活動成果を発表しておかなければ、来年の部費を大幅に減額されることになりかねない。

 三年の先輩が引退して新聞部部長を引き継いでしまった身としては、部の唯一の活動である校内新聞をなんとかもり立てていきたいという気持ちは、幸大にもある。

「今月、誰を紹介するか決まってるのか?」

「いえ、まだ……選考中です」

 文化祭で活躍していた、というか話題になっていた軽音部や演劇部の部員か、あるいは文化祭実行委員の生徒にでも頼もうかと考えていたところだ。

 寒中シンクロナイズドスイミングを披露した水泳部か、創作ダンス茶道なるものをやっていた茶道部の部員でもいいだろう。十二月号は今年最後の新聞でもあるから、それなりに充実した内容にしたい。

 本音を言えば、一度取り上げてみたい生徒はいるのだが――。


「うちのクラスの柴崎しばさき染谷そめやに頼んでみるか?」

 明智先生の言葉に二秒ほど沈黙した後で、「難しくないですか?」ときき返した。

 体育祭の時の二人のコメントを少し載せただけで、その月の校内新聞はファンの子たちの奪い合いになったほど好評だった。

 あの二人にインタビューできれば、発行部数大幅アップは間違いない。

 それは願ってもないことだが、明智先生のクラスにいる一年の柴崎愛蔵しばさきあいぞうと、染谷勇次郎そめやゆうじろうの二人はプロのアイドルだ。事務所を通さずに勝手にインタビューをすれば、問題が生じかねないだろう。そう思ったからこそ、幸大も企画をなかなか提案できないでいたのだが――。

「うちの学校の生徒として、なら問題ないんじゃないか?」

「頼んではみますけど……協力してくれるかどうか、わかりませんよ」

「……まあ、大丈夫だろ。山本なら」

 ニッと笑って、明智先生はいつもように棒付きのアメを「ほい」と差し出してくる。

「そのへんは、適当にうまくやってください」

「はぁ……」 


(うまくやってくださいって言われても……)

 幸大は「失礼します」と、職員室を出る。

 ドアを閉めると、もらった棒付きのアメをクルクルとまわしながら歩きだした。

 

 山本なら――。 

「簡単に言ってくれるよ」

 ため息まじりの声が思わず口からもれた。けれど、新聞部の部長として信頼してくれているということなのだろうか。明智先生は、適当なように見えるが無茶なことは言わない人だ。それに、『当然、できるだろう?』というように言われては、『できませんでした』とは言いたくない。それくらいの意地なら幸大にもある。

 アメをポケットに押し込んでから、クイッとメガネの縁を指で押し上げて前をむいた。

「ダメもとで当たってみるか……」

 二人がインタビューを受けてくれるなら、それこそ特集号にしてページ数も増やし、トップで載せたい。写真も撮らせてもらえたら――。

「それはさすがに無理かな?」

 廊下を歩きながら、幸大は顎に手をやって考え込む。まだ決まったわけではないし、勝算しょうさんは薄いのに期待は勝手に膨らむ。これは結構、やりがいのありそうな『仕事』だ。

 明智先生にうまくのせられた気がするのは否めないが、実現すれば多くの生徒に新聞部の活動を知ってもらうよい機会になるだろう。


(あの二人って、放課後どこにいるんだろう?)

 部活に入っているという話は聞かない。授業が終わるとすぐに学校を出て、そのまま仕事にむかっているのかもしれない。

(まずは、情報収集からだな……)


「おーい、幸大」

 考えを巡らせながら歩いていた幸大は、呼び止められて声のするほうを見る。

 階段を下りてやってくるのは柴崎健しばさきけんだ。同じ桜丘高校に通う彼と、榎本虎太朗えのもとこたろうとは、中学のころから付き合いがあり親友でもある。シバケン、というのが彼の愛称だ。

 バッグを持っているところを見ると、これから帰るところなのだろう。部活にも入っていないから、この友人は放課後になるといつもブラブラしている。

「なにやってんだー。部活か?」

「そんなところ。シバケンは帰るの?」

「虎太朗も部活だからな~。他に用もねーし」

高見沢たかみざわさんは?」

 シバケンがいつも追いかけ回している高見沢アリサの姿は近くになかった。

 彼女もシバケンと同じく、部活には入っていない。このところ、放課後や休憩時間には二人でいるところをよく見かけたが、今日はそうではないようだ。

「アリサちゃんなら、塾があるってさ。最近みんな、付き合い悪くねー?」

 頭の後ろに手をやったシバケンは、つまらなそうな顔をわずかに覗かせる。

「シバケンが暇すぎなんだよ。趣味でも見つけたら? 部活に入るとかさ」 

 中学のころは暇を持て余し、女子を連れ歩いて遊んでいたシバケンだが、最近ではすっかり興味をなくしたらしい。今はもっぱら、高見沢アリサに熱をあげている。

 シバケンにここまで『一途』な面があるというのは、親友としてはいささか驚きでもある。軽そうな見た目や言動に反して、もともと一本気な性格だったのかもしれない。

 

「今から部活って言われてもねえ。幸大とおんなじ新聞部なら考えてもいいけど。部員、足りてねーんだろ? 友情入部ってことで」

 シバケンは冗談めかすように、軽い口調で言う。

「うちは幽霊部員お断り。そうだ、園芸部にでも入ったら?」

 桜丘高校の園芸部には虎太朗と、彼の幼なじみの瀬戸口雛せとぐちひなが所属しているが、新入部員が入らず存続の危機に見舞われている。とはいえ、今年一人しか新入生が入ってこなかった新聞部も似たような状態だ。桜丘高校は運動部のほうが活発で、いい成績も残しているから、どうしてもそちらに部員を取られてしまう。

「あそこ入っても、お邪魔虫になんだろー」

 幸大は「そうかな?」と、首を捻った。シバケンが言っているのは虎太朗と雛のことだ。

 二人は幼なじみで、虎太朗が雛のことを意識しているのは誰の目から見ても明らかだ。そのせいで、冷やかされることも多いようだ。ただ、雛のほうの気持ちがどうなのかは部外者の幸大にはわからないし、あえて詮索するつもりもなかった。

 シバケンは、「で、幸大はどこに行くんだ?」と笑いながら肩に腕をのせてくる。

「取材だよ。来月の校内新聞の」

「おおっ、いいねー。面白そーだから俺もついていこー。で、誰を取材すんだ?」

「一年のアイドル二人組」

 そう答えると、シバケンは一瞬無言になってからスッと腕を退けた。

「あっ、やっぱ、すげー大事な用事があったわ。んじゃ、幸大、頑張れよ。取材~」

 ヒラヒラと手を振りながら、シバケンは昇降口のほうに歩いていく。相変わらず、気まぐれな性格だ。まあ、ああ見えて複雑な事情や思いが色々とあるのだろう。

 本当は、『彼』のことをよく知るシバケンに、きいてみたいことはあったのだが――。

 それは、あまり触れられたくない部分のようだから、友人としてはそっとしておきたい。

 今回取材したいのは学校の生徒としての『彼ら』の姿だ。スクープが欲しいわけではない。

 幸大はポケットから手帳とペンを取り出し、「さて、行くか……」と呟いて階段にむかう。まだ、一年の教室に残っているかもしれない。


***


 一年生の教室が並んでいる懐かしい廊下を歩きながら、二人の姿を捜す。

 春には緊張しながら入学してきた一年生たちも、すっかり学校生活に馴染んでいるようだった。賑やかな声が聞こえてくる教室の前で足を止め、開いていた出入り口からヒョイッと中を覗いてみる。

 ほとんどの生徒は帰宅したか、部活に行ったらしく、残っているのは数人の女子だけだった。机のまわりに集まり、雑誌を開いて楽しそうにおしゃべりをしている。

「今回の写真の愛蔵君、ヤバくないっ!?」

「ヤバいーっ、勇次郎君もかわいーよね!!」

「CDの特典、どれにした~? ポスター欲しいよねー」

「全部予約しちゃった! ステッカー、勇次郎君だったら交換して~」

 そんな会話が聞こえてくる。やはり話題はあの二人のことのようだ。

(話、聞いてみるか……)

 教室に足を踏み入れようとした時、「あれ?」と声がした。

 振り返ると、ジャージ姿の女子がクリッとした瞳で幸大を見ている。


「やっぱり、新聞部の山本先輩!」

 彼女は思い出したのか、パッと笑顔になった。体育祭のリレーで活躍していた陸上部の女子だ。インタビューもしたから覚えている。

「誰か捜しているんですか?」 

「うん……ちょっと取材をね」 

「取材!?」

 身を乗り出すようにきき返した彼女の瞳が、好奇心いっぱいに輝く。

「そうだ、よければ話を聞かせてもらえない?」

「う、うちでよければ!!」

 彼女は緊張したような表情になり、なんでもきいてくださいとばかりに胸を叩く。


 涼海すずみひよりというのが、彼女の名前だ。陸上部に所属していて、瀬戸口雛の後輩でもある。ジャージを着ているということは、今日もこれから部活に行くのだろう。

 邪魔にならない廊下の端に移動すると、幸大は手帳を開く。

「さっそくなんだけど」

「はいっ!」

「来月の校内新聞で、君のクラスにいる柴崎愛蔵君と染谷勇次郎君の二人を特集しようと思っていて……」

「し、柴崎君と、染谷君の~~~~~っ!!!!!」

 仰天したように大きな声をあげたひよりが、大きく一歩下がった。その頬がピクピクと引きつっている。

(え……なんでそんな……大げさな反応?)

 なにか、きいてはいけないことだったのだろうか。

「そうなんだけど……ちょっと、二人のことを聞かせてほしくて」 

「なんだ、うちの取材じゃないんかぁ……」

 ひよりは急にしょぼんとした顔になって、肩を落としてしまった。

(あ、しまった……)

「涼海さんの活躍ももちろん聞いているよ。体育祭でも活躍していたし。瀬戸口さんも、涼海さんのこと練習熱心で、頑張りやだって褒めてたから」 

 あわてて励ますように言うと、彼女はすぐに顔をあげて嬉しそうな表情になる。

「本当ですか!?」

「うん、涼海さんに負けないように頑張らないとって、いつも言ってるよ」

「うちこそ、瀬戸口先輩は目標です!! でも、嬉しいなぁ~~」

 へらぁ~と笑ったひよりが、赤くなった頬を両手で押さえる。

 

「涼海さん、彼らと同じクラスなんだよね?」

「は、はい。一応は~~~…………」

 そう答えながら、視線がスーッと横にそれていた。

「どんなことでもいいんだけど……知っていることがあったら教えてほしいんだ」

「知っていること……?」

「うん、どんなことでもいいんだけど……」

「うちは、なんも知りません。全然、まったく!!」

 ひよりは動揺したように早口で言いながら、首をプルプルと横に振る。

「二人と話をしたりしないの?」

「し、しませんっ!! いつもファンの人にかこまれとるし……」

 幸大は「教室でも、やっぱり騒がれてるのか……」と呟きながら、メモ帳にペンを走らせる。

「それじゃあ、クラスでも二人一緒にいることが多いの? 昼休みとか……」

「うーん……いつも一緒ってわけじゃ……二人とも別々にお弁当食べとるし……話をしとることのほうが珍しいかも?」

 答えながら、ひよりは少し首を傾げていた。

「そうなんだ。意外だね……仲はあんまりよくないのかな?」

 ふむと、幸大は顎に手をやる。ひよりはハッとした顔になり、「そういうわけでも!」とあわてたように声をあげた。

「ふざけあって楽しそうにしとる時もあるみたいですよ!」

 そう答えてから、「ファンの人の前では……」となぜかモゴモゴと口ごもる。それからふと、「よくわからんなぁ……」ともらしてため息を吐いていた。

「全然気が合いそうにないのに……でも、二人とも同じものが好きだったりするし」

「同じもの?」

「歌とか、ダンスとか……あと、ツナマヨのおにぎりとか……?」

「ツナマヨ……」

 幸大は思案するように呟く。無意識に手帳に描いているのはおにぎりの絵だ。その横に、『ツナマヨ』とメモをとる。

「あっ、うちは、梅干しのおにぎりのほうが好きです。酸っぱいものを食べると長生きするし、百倍元気になるってうちのおばあちゃんが言ってたので……!」

 ひよりはそう言ってから、腕を組んでムーッと頬を膨らませた。

「でも、あの二人は梅干しの偉大さが全然わかっとらんのよね……」 

「え?」

「あっ、な、なんでも……うちの独り言です!!」

 あたふたしたように言う彼女を見て、幸大はレンズの奥の瞳を和らげた。

「涼海さん、よく見てるね。二人のこと」

「そんなことないです。目も合わせないようにしてるし……っ!!」

 

「涼海さんにとって、柴崎愛蔵君と染谷勇次郎君って、どんな存在?」

「うちにとって?」

「難しく考えなくていいよ。どんなふうに見えるか、とか……」

 ひよりは「うーん……」と、考え込んでから真っ直ぐな瞳を幸大にむける。

「すごいなって……毎日、毎日すごい努力してるし……あの二人を見とると頑張らんとって、そう思えるんです……だから、うちにとっては……元気をくれる相手、かなぁ?」

 目を細めそんなふうに答えてから、彼女は赤くなってパタパタと両手を振った。

「今のは記事に書かないでくださいっ、は、恥ずかしいので~~!!」

「涼海さんも、あの二人のファンなんだね」

 幸大はペンを持つ手を口もとにやり、クスッと笑う。 

「それは……でも、やっぱり、うちの一番のアイドルは瀬戸口先輩ですからっ!!」

 ひよりは誓うように、自分の胸をドンッと強く叩いていた。

 幸大は「瀬戸口さんに伝えておくよ」と、笑って答える。

 

「そうだ。あの二人がどこにいるか知ってる? 捜してるんだけど」

「今日は柴崎君は歌の収録があるし、染谷君はファッション誌の撮影が入ってたから、もう帰ったはずなんだけど……」

「よく、知ってるんだね……」

「えっ! あ、たぶんなので~~!! 二人がそういう話をしていたのを、聞いたような……聞いてないような……」 

 ひよりは、「すみません、部活のミーティングがあるので!」と頭を下げた。

 ワタワタしながら逃げるように走り去り、あっという間にその姿は見えなくなる。さすがに陸上部なだけあって俊足だ。

「面白い子だな、涼海さん……」

 今度は彼女のことを取り上げて、記事にしてみたくなる。とはいえ、今回は二人の取材だ。やはり、学校が終わるとすぐに仕事があるようだから、放課後に捕まえるのは難しいだろう。

 幸大はパタンと手帳を閉じた。

(明日の昼休み、もう一度捜してみよう……)


***


 翌日の昼、靴を履きかえて校舎を出た幸大は、賑やかな声の聞こえる校庭にむかった。

 サッカーをしているのは一年生の男子たちだ。フェンスのまわりには女子が集まり、声援と嬉しそうな悲鳴をあげている。

 女子は一年生だけではなく、二年や三年の生徒たちもいるようだった。保健の先生まで一緒になってはしゃいでいるし、校舎のベランダに出て見ている女子生徒たちもいた。

(すごい人気だな……)

 お目当ては、愛蔵だろう。制服の上着だけ脱いでシャツの袖を肘までまくり、クラスの男子と一緒になってボールを追いかけている。

 グラウンドの隅でパスの練習をしていたサッカー部の生徒たちも、一年生男子たちのゲームを興味深そうに眺めていた。

 幸大は親友の榎本虎太朗の姿を見つけて歩み寄る。虎太朗もサッカー部の部員で、今はすっかり後輩指導をする身だ。試合が近いから、昼休みでもこうして練習しているのだろう。

「幸大、なにやってんだ? 取材か?」

 虎太朗が幸大に気づいて、そう声をかけてきた。

「そんなところ」

 愛蔵はボールを蹴っていた男子に追いつくと、あっさり奪ってゴールにむかって駆け出す。ディフェンスをかわしてシュートを決めた瞬間、見ていた女子たちが飛び上がって悲鳴をあげていた。

 クラスの男子とパンッと手を合わせ、楽しそうに笑っている。幸大はカメラをかまえて、その様子を一枚撮影した。使えるか使えないかはわからないが、シャッターチャンスは逃したくない。

 

「うまいよなー、あいつ。サッカー部にほしいくらいだけど」

 横で腕を組んで見ていた虎太朗が、ちょっと口惜しそうに言った。

 体育祭の時のリレーでも活躍していたが、運動神経の良さは運動部の部員なみだろう。どこの部に入っても、すぐにレギュラーになれそうだ。

「勧誘してみれば? 今からでも」

「忙しくて練習にも出てこれないだろ。アイドルじゃなきゃー……」

 虎太朗は頭の後ろで手を組む。それから、ふと幸大のほうを見た。

「誰、取材しにきたんだ?」

「話題の一年生アイドル君。なかなか捕まらないんだよね」

「それなら早く声かけたほうがいいんじゃないか? 女子にかこまれたら近寄れなくなるぞ」

 虎太朗は手を解いておろすと、「集合!」と部の後輩に号令をかけていた。すっかり先輩の顔だ。「それはそうだ」と呟き、一息吐いている愛蔵のもとにむかって歩いていく。


「柴崎愛蔵君。新聞部だけど、少し取材させてもらいたんだ。今、いいかな?」

 声をかけると、シャツの袖で額を拭っていた愛蔵が「ん?」と振り向いた。

「山本先輩」

「よく覚えてたね。僕の名前なんて」

「それは……あいつと一緒にいんのたまに見かけるし……体育祭の時もインタビューしてくれたから。でも、俺、こういうの受けていいのかわかんないんですけど」

 彼が気にしているのは事務所のことだろう。頭の後ろに手をやって、ちょっと困った顔になっている。

「アイドルとしての君じゃなくて、一年の生徒としての君にならいいんじゃないかな?」

 これは明智先生の受け売りではあるが、たしかに彼も桜丘高校の一生徒ではある。

 愛蔵はフッと表情を崩すと、人なつっこい笑顔になっていた。

「それ、あんまり変わんない気がするんですけど……で、取材ってなに答えればいいんですか?」

「学校生活について。この一年、どうだったのかとか。なんでもいいよ。面白かったこととか」

(やっぱり、似てるんだな……シバケンほど軽くなさそうだけど)

 兄弟そろって人見知りしない、気さくといえば気さくな性格なのだろう。話しやすい相手だ。クラス内でも友人は多いのだろう。

 一緒にサッカーをやっていた男子たちも、「おーい、愛蔵」と遠慮なく呼んでいる。

 アイドルという職業柄、クラスで浮いている存在になっているのではと想像していたが、そうでもないようだ。


「面白かったこと……まあ、普通に体育祭とか文化祭とかは面白かったかな」

「文化祭では、柴崎君のクラスはホラーハウスをやっていたよね。今年の文化祭のクラスコンテストでもダントツで一位だったし。柴崎君の仮装も随分評判だったよ」

「うちのクラスの女子たちがすげー気合い入れて、衣装とか準備してくれたんで。似合ってたならいいけど……」

 愛蔵は少しだけ照れくさそうな顔になる。

「似合っていたというか……」 

 その仮装見たさに、彼のクラスのホラーハウスにはファンの子たちが押し寄せて、歓喜の悲鳴をあげていた。

(まあ、あれは似合いすぎだったよね……)


「でも、やっぱゾンビとかのほうがよかったかも。せっかくのホラーハウスだったのに、あんまり怖がられてなかったし。もっと、本格的な感じにしたかったんだけど……」

「けっこう作り込まれてたと思うよ。音響にもこだわってたし。ただ、照明を落としすぎていて、せっかくの演出が目立たなくなっていた部分があったのはちょっと残念だったね。シャンデリアの隙間から覗いていたマネキンの首とか、壁についてた手の跡とか。照明をもう少し工夫していたらよかったんじゃないかな」

 愛蔵は「そっか、やっぱりちょっと暗すぎたよな……」と、腕を組みながら真剣な顔で呟いている。二人ばかり注目を集めてしまったのが、本人的にはいささか不本意だったのかもしれない。

 とはいえ、それも仕方がないことだ。二人がいればどうしても目立ってしまう。

「風の音と一緒に入ってた誰かの呼ぶ声、あれはゾクッとしたよ。迫真の演技だった」

 幸大がふと思い出して言うと、愛蔵の口もとが嬉しそうに緩んだ。

「あっ、それ、俺の声です! たぶん、ほとんどの人は気づいてないけど……風の音は勇次郎がドライヤーとうちわでいれてたんだけど、あんまり迫力出なかったから」

「しっかり楽しんでたみたいだね。文化祭」

 もっと学校行事には興味がないのかと思ったが、二人とも体育祭の時の種目も、文化祭の準備もクラスメイトと協力し合っていたようだ。

「一応は、俺らもクラスの一員なんで……それに明智センセーが……」

「明智先生?」

「あ、いや……なんでも……今のはナシで!」

 愛蔵は少しあわてたように言ってから、「もういいですか?」ときいてきた。

「うん、ありがとう。ところで、染谷勇次郎君にも取材したいんだけど、彼がどこにいるか知ってる?」

「勇次郎? さぁ……でも、あいつ取材とか素直に受けんのかな。面倒くさがりそうだけど。でもいるなら、あんまり人のいない場所だと思います。裏庭とか……」

「捜してみるよ。いい記事になりそうだ」

「たいしたことは答えてないけど……文化祭の話くらいだし」

「そういうのがみんな、知りたいんだよ。いつもの君たちのことがね」

 幸大はパタッと手帳を閉じ、「じゃあ」と言い残して愛蔵のそばを離れる。

 様子を見ていた女子たちが、すぐに彼に駆け寄っていた。

 アイドルをしながら学校生活を送るというのも大変だ。

 幸大は「裏庭か……」と、独り言をもらしてグラウンドを離れる。


***


 裏庭にむかうと、生徒の声はしなかった。時々三年の先輩たちが集まっているため、あまり下級生は近づかない場所だ。その先輩たちも、このところはあまり見かけない。十一月も終わり近くなり、寒くなったからだろう。桜の葉が落ちて、風に舞っていた。

 花壇の前で一人たたずんでいる生徒の姿を見つけて、幸大は一度立ち止まる。

(彼の言う通りだったな……)

 いつも騒いでいるファンの子たちも、まわりにはいないようだ。うまく、まいてきたのだろうか。勇次郎は園芸部が世話をしている花壇のそばで足を止めていた。どこか、心ここにあらずといった様子で、花を眺めている。

 幸大は勇次郎に歩み寄りながら、「染谷君」と声をかけた。

「先輩……なにか、僕に用ですか?」

 振り向いた勇次郎はぼんやりとしていた表情をスッと消してきく。

 以前、体育祭の時に少しだけインタビューをした。だから、愛蔵と同じく幸大が新聞部に所属している二年の先輩だということは、勇次郎も覚えているだろう。

「来月の校内新聞で君と柴崎愛蔵君のインタビュー記事を載せたいんだけど」

「そういうのは、受けないことになっているので……」

 やんわりとした拒絶に、幸大はメガネの縁に手をやりながら密かなため息をもらした。

 体育祭の時は、まわりにクラスメイトもいたし、一言コメントをもらうくらいだったら応じてくれたのだろう。だが、今回はそう簡単にはいかなさそうだ。

  

「聞きたいのは学校生活のことなんだけど、それでもダメかな?」

「話すのはあまり得意ではないんです」

 勇次郎が、「すみません」と頭を下げた。

(柴崎愛蔵君のインタビューは取れたから、それだけでも十分だけど……)

 せっかくなら、二人のインタビューを一緒に載せたいが無理強いはできない。

 勇次郎が見つめている花に、幸大はふと視線を移す。冷たい風に揺れているのは、黄色い花だ。

「ルドベキア……まだ、咲いてたんだ」

 この花を植えたのは、園芸部に所属している虎太朗と、幼なじみの雛だ。一年生の時、園芸部に入って慣れない作業に奮闘していた二人のことを思い出して懐かしさを覚える。この花は二人にとって、思い出のある大事な花だ。

 興味を引かれたのか勇次郎が顔をあげて、幸大を見る。

「園芸部が育ててる花だよ」

「園芸部なんて、あったんだ……」

 花壇に視線を戻した勇次郎が、独り言のように言う。 

「まあね。部員、足りなくて来年はわからないみたいだけど……新入生も入ってないし。興味があるなら……」

「入りません。興味ないです」

 素っ気ない言い方に、「そうだろうね」と幸大はメガネを押さえながら小さく息を吐いた。アイドルの仕事と学校の両立は大変なはずだ。部活に入っている暇などないだろう。それに彼が部に入れば、ファンの子たちが殺到しそうだ。

 園芸部の先輩である綾瀬恋雪がイメージチェンジした時の二の舞になってしまうのは目に見えている。それは、園芸部を大事に思っている虎太朗や雛の本意ではない。今までの園芸部の活動をちゃんと引き続いてくれる人に、部員になってもらいたいと思っているはずだ。


「花壇を見てたようだけど……なにか気になることでもあった?」

「……枯れかけてたから。ちゃんと世話してるのかと思って」

「もう、花の時季が終わりなんだよ。今年はよく咲いてたほうじゃないかな」

「……よく知ってるんですね」

「親友が園芸部に入ってるから」

 虎太朗に付き合って花の本を図書館で読んだりしていたから、多少の知識はある。

 この花の開花時期は夏から十月頃までのようだ。今年は十一月半ば頃まで暖かい日が続いていたからだろう。とはいえそれももう終わりだ。

「屋上の花壇も園芸部が世話しているんですか?」

「そうみたいだね。虎太朗と瀬戸口さんがパンジーを植えたって言ってたから。あっちの花壇には、来年の春にむけてチューリップを植えたみたいだよ。三年の先輩たちが卒業するから……」

 幸大は離れた場所に作られている花壇を指さす。草抜きがしてあり、綺麗に土がならしてある。春には、色とりどりのチューリップが花を咲かせるだろう。去年のように。

(ほんとうに、あっという間だな……)

  

「君は、楽しかった? この一年……」

 何気なく尋ねてみると、勇次郎の眉間に皺がわずかに寄る。

「取材は受けませんよ」

「ただの世間話。記事にはしないよ。約束する」

 勇次郎は正面に顔を戻してから、「まあ……」と口を開く。

「それなりには……」

 眼差しがほんの少し優しくなり、口もとに笑みがこぼれていた。

 思い出したことでもあるのだろう。本当は、それをもう少し詳しくきいてみたかったけれど――。

「それは、よかった……」

 幸大は微笑んで、踵を返す。

「…………もういいんですか?」

 立ち去ろうとすると、聞こえたのは戸惑うような声だった。

「これは取材じゃないから。もちろん、受けてくれるならいつでも大歓迎だけど」

 振り向いて答え、「じゃあ」と軽く手をあげてみせる。


「ああっ、いた!」 

 そう元気な声をあげて、一年の涼海ひよりが駆けてくる。彼女は幸大がいるのがわかると、「染谷……っ!!」と呼びかけた自分の口をあわてて両手で塞いでいた。

 ワタワタしている彼女を見て、勇次郎がしかめっ面になる。「まったく……」と、その口から小さな声がもれていた。

「染谷君……ええと……用事があるみたいだよー……内田……先生がー……」

 おどおどした声で言いながら、ひよりが勇次郎のほうに駆け寄っていく。

(うちの学校にそんな名前の先生いたっけ……?)

 彼女とすれ違いながら、幸大は校舎に引き返した。


***


 放課後、職員室に立ち寄って明智先生と話をしてから、部室にむかう。

(明智先生、明日まで原稿は待つって言ってくれたけど……もう一度、頼んでも無理だろうな)

 考え事をしながら廊下を進み、部室として使っている生物室の前で足を止めた。

 部員たちは他の部と掛け持ちしている。おそらく、まだ誰も来ていないだろう。そう思いながらドアを開いた幸大は、中にいた生徒に気づいて入り口で立ち止まる。

 驚いて、思わずメガネを押し上げながらパチッと瞬きをした。

 窓際の棚のそばに立っていたのは勇次郎だ。幸大が部で使うためにおいていたカメラやレンズを興味深そうに眺めている。

「来てくれるとは思わなかった」

 声をかけると、勇次郎が顎に手を添えたまま振り返った。

「取材したいって言ったのは山本先輩でしょ」

「そうだけど、受けないんじゃなかった?」

 幸大はフッと笑って答える。

「そのつもりだったけど……明智センセーが……」

 勇次郎は気まずそうに横をむいて声のトーンを落とした。その頬が不本意そうに少し膨れている。

「ああ……なるほど」 

 幸大は中に入ると、ドアを閉める。

「じゃあ、さっそく始めようか」

 きいてみたいことなら、色々とある。

 これはなかなか楽しいインタビューになりそうだ――。


「かわりに、カメラのこと教えてくれるなら」

「新聞部も新入部員募集中だよ。興味あるなら……」

「入りません」

 言い方は相変わらず素っ気ないけれど、口もとがわずかに緩んでいる。

「だろうね……撮りたいのは、風景? 誰か?」

「とりあえず……うちのイヌ、かな?」

 幸大が愛用の一眼レフカメラを渡すと、勇次郎は慎重な手つきでかまえ、窓の外にレンズを向ける。

「……ピントは?」

「このダイアル。今はマニュアルになってるけど、オートフォーカスに設定しておけば、自動で調節するよ。撮影モードを変える時はこっちで……」

「へぇ……」

 カメラを見る勇次郎の表情が明るくなる。

 その横顔を見てから、「露出を調整する場合は……」と説明を続ける。彼はそれを、真剣な表情でききながら時折ときおり頷いていた。

「一枚、撮ってみてもいいですか?」

「いいよ」

 そう言うと、勇次郎はトンッと一歩後ろに下がって幸大にレンズを向ける。

 目を丸くしていると、シャッターを切る音がした。

「これじゃあ、反対だよ。僕が取材するほうなのに」

「たまにはいいでしょう?」

 カメラをおろした勇次郎はイタズラっぽく笑っていた。

 幸大は「なるほど……」と、メガネに手をやる。

 

(柴崎愛蔵君といい、彼といい……人気が出るはずだ) 

  

***


 十二月の半ば、勇次郎と愛蔵は事務所の休憩室で休憩を取っていた。

 勇次郎はイヤホンで音楽を聴きながらテーブルに突っ伏して寝ている。その向かいに座っていた愛蔵は、暇つぶしに携帯をいじる。

 今日はこの後、マネージャーと一緒に仕事の打ち合わせだ。次のMVのことだろう。

 その時、休憩室に入ってきたマネージャー見習いの涼海ひよりが、急に「ひゃああああ――――っ!」と声をあげた。

 その声にビクッとして、勇次郎が頭を起こす。寝ぼけた顔で、「怪獣……っ」と呟いていた。夢でも見ていたのだろう。

「なんだよ、びっくりするだろ……っ!」

 愛蔵も携帯から視線をあげて顔をしかめた。

 彼女が小刻みに震える両手でつかんでいるのは校内新聞だ。新聞部の生徒たちが今朝校舎の前で配っていた。

「うちの……うちのインタビューが載ってる――――っ!!!」

 嬉しそうに瞳を輝かせる彼女の手から、愛蔵はスッと新聞を抜き取る。

 今日はこの校内新聞のことで、学校の女子たちが大騒ぎしていた。配られていた新聞もあっという間になくなったようだ。

(そういえば、先月のインタビュー、載ってんのか……)

 新聞部の山本先輩が記事を持ってきてくれたが、忙しくてまだ目を通していない。

 それは学校の机の引き出しに突っ込んだまま忘れて帰ってきてしまった。

「インタビューって……どこにだよ?」

 記事に目を通しながらきくと、ひよりがズイッと身を乗り出してくる。

「ここ!」

 彼女が得意満面に指さしたのは、特集記事の一番下だ。

『クラスメイトSさんのコメント』が、一行ほど記載されている。

「二人はツナマヨのおにぎりが好きみたいです……ってなんだよ、これ。勝手にインタビューとか受けんな」

「よ……余計なことはしゃべっとらんよ」

 ひよりはワタワタしながら、首を横に振った。


「だいたい、載ったって大喜びするほどのもんかよ。校内新聞だろ。一行だけだし」

「いいのっ! うちだって、たまには注目を集めたいし……二人ばっかいつも取材されるんだもんなー」

「当たり前だろ。マネ見習いがなんの取材をされんだよ。裏方は引っ込んでるもんだ!」

 呆れた顔で立ち上がり、ベシッとひよりの頭をチョップする。

「なに……それ、学校の新聞? もう配られたの?」

 勇次郎が前髪をかきあげながら、寝起きの低い声できいてきた。

「お前も取材受けたんだな。どういう気まぐれだー?」

 愛蔵は勇次郎のほうを見て、少々からかうようにニッと笑う。

 愛蔵のインタビューと一緒に、勇次郎のインタビューも掲載されている。

 拒否するだろうと思っていただけにそれは少々意外だった。


「いいじゃん……べつに……大したこと答えてないし」

「文化祭の準備は大変だったけど、みんなと協力し合えてとても有意義でした……って、猫かぶりすぎだろー? サボって棺桶で寝てたくせに」

「ちょっとは閉じてらんないの? そのムカつく口」

 勇次郎が脚を伸ばして、愛蔵を蹴っ飛ばしてくる。

「痛てーな。蹴んなよ!」

 二人が言い合いを始めそうになった時、休憩室のドアが開いた。

「お待たせー」

 そう、上機嫌に言いながら入ってきたのは内田マネージャーだ。

「この新聞の写真、なかなかいいじゃない! 撮ったのは新聞部の子かしら。腕がいいわねー。あんたたちが滅多に見せない自然な表情をバッチリとらえてるわ」

「ハァ!? なんで内田さんまでその新聞読んでんだよ!?」

 愛蔵は彼女が熱心に呼んでいる校内新聞を指さして、思わず声を大きくした。

「あら、新聞部の先生が送ってくれたわよ? 取材の許可も事前にちゃんととってくれたし。しっかりしたいい先生よねー。何より男前だし~❤」

 口もとに手をやった内田マネージャーは、ムフッと笑う。 

「そんな話、聞いてねーんだけど!」

「やっぱ、協力とかするんじゃなかった……」

 勇次郎がボソッとした声で呟く。


「この新聞の写真、HPにも載せようかしら。LIP×LIPの学校生活秘蔵ショットとして!」

 急に思いついたように、内田マネージャーが真剣な表情になる。

「あっ、そうだ。新聞にうちのインタビューが載ったって、おばあちゃんやお母さんに連絡しておかんと!」

 ひよりが浮かれたように言いながら、携帯を取り出して家に電話をかけ始めた。

「まずは顧問の先生に連絡とって、写真を送ってもらわないとねー」

 内田マネージャーはそう言いながら、スキップでもしそうな足取りで休憩室を出ていく。

「って、それはやめろ――――っ!!」

「うるさい。歩くスピーカーじゃないんだから、ボリューム絞りなよ」

「耳塞いでないで、お前も内田さん止めろよ。暴走してんぞ。あの写真でグッズとか作られたらどうすんだよ!!」

「別にいいけど。愛蔵と違って、恥ずかしい顔で写ってないし」

「俺と違ってってなんだよ」


「あっ、お母さん。うちなぁ、新聞に載ったんよーっ! 学校のだけど……コンビニのファックスで送るけんね。見てよ! え? 干し柿? うん、食べる~! あっ、お米もついで送っといてな……缶詰と」

「おい、芋マネ。仕事中に実家にどーでもいい電話かけんな!」

「また、芋って呼ぶし~! あっ、お母さん? なんでもない。アルバイト先のパイナップルがうちのことを侮辱してくるんよー……うん、大丈夫。絶対、負けんけん!」

「はぁ!? なに、親に言いつけてんだ」

「パイナップルって……クッ!」

「笑うなよ。勇次郎……」


***


 放課後の屋上で、幸大はフェンスに寄りかかりながら夕日に染まっているグラウンドを眺める。寒空の下、熱心に練習をしているのはサッカー部や野球部、陸上部の生徒たちだ。

 パスを受けてかけ出す虎太朗や、ランニングをしている雛の姿が小さく見えた。雛と一緒に走っているのは、一年の涼海ひよりだ。

 校舎から出てきた高見沢アリサと柴崎健が並んで歩いている。グラウンドのそばで足を止めた健が、練習中の虎太朗に笑って声をかけていた。

 正門で騒いでいるのは、マネージャーの車を待っている柴崎愛蔵と染谷勇次郎のファンの女子たちだろう。桜丘高校の制服だけではなく、他校の制服を着た女子たちも中にはいるようだった。

 もうすっかり見慣れた光景だ――。

 

「寒っ……」

 顧問の明智先生が、そう言いながらドアを開いて屋上に出てくる。

 身震いして、白衣の腕をさすりながら振り返った幸大のそばにやってくると、ポケットにすぐ手を押し込んでいた。

「明智先生……」

「お疲れさん。この前の校内新聞の記事、好評だったぞー」

 こちらをむいた明智先生が、「さすがだな」とニッと笑う。

「あの二人がちゃんと答えてくれたからですよ……」

 なにをどう答えればいいのか、なにを答えてほしいのか、こちらが求めていることを察して、適切な言葉で話してくれる。それは、慣れもあるのだろうが、頭の良さと才能だ。

 学校生活を送っている姿は他の生徒たちと変わらなくても、やはりあの二人はプロなのだろう。

「山本だから、だろ?」

 そんな言葉を返されて、幸大は明智先生の横顔を見上げる。その眼差しは、かけ声が聞こえてくるグラウンドのほうにむけられていた。「若いねぇ……」と、笑みを浮かべたまま呟いている。

「僕はただ、文章にしただけですよ」

 必要な根回しをしてくれていたのは明智先生だ。事務所にも連絡をとって、許可をとってくれていたようだ。おかげで、特別に幸大が撮った二人の写真も新聞に掲載できた。

 明智先生が提案してくれなければ、今回のインタビューは実現しなかっただろう。

 

「信頼できそうな相手だと思われたんだろ? そうでなければ、素直にインタビューを受けたりはしなかったと思うぞ。あの二人が……」

 明智先生の眉間に少しだけ皺が寄っているのを見て、幸大はフッと笑う。

 気苦労が絶えないらしい。どちらも、一筋縄ではいかない生徒なのだろう。

「大変ですね、先生も」

「まったく……退屈はしないよ。毎年」

 両手を白衣のポケットにいれたまま呟いて微笑む。その瞳は遠のいていく飛行機を追うように、赤く染まった夕空に向けられていた。

 それから、「そうだ」と思い出したように幸大に視線を戻す。

「山本の撮った写真、あれな。事務所のマネージャーさんもよく撮れてるって褒めてたぞー。HPに載せたいそうだけど、いいか?」

「はい……データ、後で送ります」

 よろしくと言うかわりに、明智先生はポケットから出した片手を軽くあげる。

 先生が立ち去り、ドアが重い音を響かせて閉まると屋上には幸大一人が残された。夕日が背中に当たり、影が花壇の上まで伸びている。

 ふと思い出して、ズボンのポケットから明智先生にもらった棒付きのアメを取り出す。

 その包装をパリッとはがして口にいれると、幸大はフェンスによりかかりながらグランドを見つめる。


 誰にとってもかけがえのない、一年――。

 今という一瞬を思い出に変えながら、前へ前へと進んでいく。

 卒業していった先輩たちが、そして自分たちが、そうであるように。

 その後に続く彼らもまた、同じように。


『染谷勇次郎君、それに柴崎愛蔵君。二人とも充実した一年を過ごしたようだ。これから二人の高校生活にどんなことが待ち受けているのか、新聞部としても陰ながら見守っていきたい。――山本幸大』

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