第46話 最悪のタイミング

 長時間に渡る尋問と調査から、ノエミは操心術をかけられていたと判明した。

 だが操られたのだとしても、刃を向けたのが王族となれば処刑となってしまう。

 しかし、王女とエクレアの両親が便宜を図ってくれたおかげで、それは免れる事ができた。三人には感謝である。


 死亡した貴族の男は、ブライロン・オレーフィチェ侯爵に変装したアサシン魔術師だった。

 侯爵は、縛られて倉庫に閉じ込められているところを無事保護される。



 ノエミは釈放され部屋に戻されたのだが、俺達の誰か一人がそばで見張っているようにと命令された。

 となれば、当然俺になる。他の二人では頼りなさすぎるからだ。


「ごめんねレイ君。僕のせいで……」

「いや、気にする必要は無い。むしろ、お前の精神状態に気付けなかった俺が悪い。すまなかった」


 操心術は、心が不安定になっている者しか掛からない。

 つまり今の彼女は、護衛任務を続けられる――いや魔術師を続けられる状態ではない。


「ううん、気にしないで。僕自身も分かってなかったもん。自分では決心がついたつもりだったけど、まったくそうじゃなかったみたい」


 ノエミの自嘲的な笑みが、俺の心を痛める。


「――俺に話があると言ってたな。それと関係があるのか?」

「うん……」


 言いたいのか、言いたくないのかよく分からない表情だ。

 俺は彼女が口を開くまで、黙って待っている事にした。


「あのね……僕、この依頼が終わったら【クッキー・マジシャンズ】抜けようと思ってたんだ」

「――何故だ?」


「レイ君とエクレアちゃんの距離が近づいていくのを見るのが辛い……僕はどんどん振り向いてもらえなくなってるし……」

「ノエミ……」


 エクレアにはまだ色々と教えている最中だ。必然的に彼女と居る時間は多くなる。

 だからといって、ノエミを大事に想う気持ちはまったく変わっていないのだが、それは伝わっていなかったようだ。


「僕、勝手にレイ君の彼女だと思ってた。本当馬鹿みたい。求められた事なんて一度もないのに」

「ノエミ……お前は【高潔なる導き手】で、唯一俺に優しくしてくれた人だ。本当に大切に思っている」


 ノエミがいなければ、俺は魔術師を続けられていなかったかもしれない。まさに恩人と言っていいだろう。

 だからこそ、彼女と関係を持つことはためらわれた。


「僕を大事に思ってるんだったら、来て……お願い……」


 言葉だけでは、もうノエミの心は動かせないようだ。――俺は覚悟を決める。


「――分かった。俺の気持ちを伝えてやる」

「来て、レイ君……!」


 ノエミは両手を広げて俺を迎え入れた。



     *     *     *



「もうっ! あの刺客許せないわ! せっかくいいとこだったのに!」


 レイとのダンスを邪魔されたセシリアは、地団太を踏み、枕を壁に投げ付け、熊のぬいぐるみに五発のボディーブローを入れる。

 仕方ないので、巨大なウサギのぬいぐるみと踊っていると、彼女の脳に閃光が走った。


「そうよ! 別にどこでだって踊れるじゃない! そうと決まれば早速行くわよ!」


 もうすっかり遅い時間だが、散々甘やかされて育てられた彼女には、相手の都合を考慮する概念が無い。セシリアはバンッ! とドアを開け放つ。


「うお!? で、殿下! どこへ行かれるのですか!?」

「舞踏会が中断になってしまったから、その分踊りに行くの」


「お、お待ちください! 踊るって、一体どこへ!?」

「パラッシュのところよ。一人で行きたいから、ついて来ないで」


「か、かしこまりました……」


 彼の部屋はここからでも見える場所にあるので、素直に了承したようだ。よろしいよろしい。


 セシリアはルンルンとスキップしながら、レイの部屋の前に着いた。

 ノックすらせずにガチャリとドアを開ける。


「パラッシュ! アナタにさらに上のダンスを教えてあげるわ! ――っていないじゃない! 私を置いてどこにいったのよ!?」


 憤慨するセシリアだが、すぐにピンときた。


「ああ、あのチビで平たい胸の女のとこね」


 セシリアの自分の事を棚に上げる力は最強レベルだ。自分の方がチビで貧乳だという事は、まったく認識できていない。


「あんなつまらない女のそばにいたら、うんざりしてしまうでしょうね。私が気晴らしをしてあげないと。それも主人の務めだわ」


 うんうんとうなずきながら、セシリアは隣の部屋に向かう。

 そして、またもやノックもせずにドアを開け、中に入ってしまった。


「パラッシュ! ダンスを――」

「きゃあっ!」


「え……あ……わわ……」


 セシリアは固まって動けなくなってしまった。

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