第45話 死の舞踏

 俺達は正装に着替え、舞踏会会場の警備に当たっている。

 来賓を怖がらせてしまうので、さすがに帯剣の許可は出なかった。

 刺客が襲ってきた場合は、素手で対処する必要がある。


「さて、ワインはどうか……」


 毒が無いかを臭いと味で調べる。もちろん<魔力の盾イレイン>は掛けてある。


「――毒はなし」


 すべての料理と飲み物を調べたが、毒物は発見されなかった。



 会場の奥中央には、ジュリアン国王とアークロンド公が座っており、その隣に妻や子供たちがいる。

 刺客にとってはカモだらけで、ついつい目移りしてしまう事だろう。

 無論メンデル達護衛官が、彼等の周囲を警護している。



 国王たちが一斉に立ち上がった。


「レイ君、王女様の踊りが始まるよ。行こう」


 周りが踊っている中で、俺達だけ王女のそばに突っ立っている訳にはいかない。舞踏会を白けさせないのも仕事の内なのだ。

 なので、俺はノエミと踊りながら警護する事にした。

 アリスは踊れないし、エクレアは両親とともに、よそ行きの顔で貴族達の相手をするのに大忙しなのだ。


「――ノエミ、お前踊れるんだよな?」

「踊れるよ! ……ノーム族の踊りなら」


「じゃあ、俺がリードしてやる」

「レイ君、踊れるんだ。……どうして?」


 俺は何も答えず、ノエミの手を取る。

 髪を花で飾り、きちんと化粧をした彼女は目を奪われるほど美しい。

 これでもっと大人びた体をしていれば、アリス並みに貴族の男達に囲まれていたかもしれない。


「僕、レイ君の事全然知らない。もっと教えて?」

「知らない方がいいこともある」


 今は護衛側だが、昔は刺客側だった。

 このような場所に潜入する為に、ダンスを憶えたのだ。――練習相手はアリスだった。


「……もしかして、本当に元暗殺者なの?」

「しっ……!」


 他の者に聞かれたら、誤解されかねない。

 俺はノエミの唇に人差し指を当てる。


「……後で、レイ君の部屋行っていい? ……お話したい事があるんだ」

「――ノエミ、今は依頼に集中してくれ」


「ごめんね……」


 ノエミの顔が曇る。エクレアと違って、きちんと場をわきまえている奴なのだが……。


 俺は王女の方を見る。

 仏頂面でぎこちなく踊っている。ルチアン卿のリードがうまくいってないようだ。

 だが、子供らしくて微笑ましい。


 ここで一回目のダンスタイムは終了となり、パートナー交代となる。

 だが庶民の俺が、王族や大貴族の面々を相手にすることはできない。


「ノエミ、俺達はこのままでいこう」

「うん!」


 ノエミの手を取った矢先、王女がつかつかとやって来た。


「ちょっと、パラッシュ! 交代でしょ! ルールは守らなくてはダメよ? どうせアナタと踊ってくれる女なんていないでしょうから、私が踊ってあげる。感謝しなさいな」


――マジか。

 俺は咄嗟にメンデルを見る。

 メンデルはジュリアン国王を見た。

 ジュリアン国王はこくりとうなずく。


――マジか。

魔力の盾イレイン>が使える俺と踊らせておいた方が、安全と判断したのだろうか?


「光栄です殿下。――ノエミ、すまん」

「うん……」


 ノエミは俺から離れていくと、知らない貴族の男に声を掛けられ、ペアを組んだ。その意外な行動に俺は内心驚く。

 彼女はヴァルフレード達にリンチされたのが原因で、男に触れられる事に強い抵抗を持っているからだ。


「パラッシュ、どこを見てるの? こっちを見なさい。あの坊やにお手本を見せて上げるのよ。彼、まったく私をリードできなかったの」

「――かしこまりました。この中で一番素晴らしいダンスをしてみせましょう」


――その彼はどこに行った? ――ああ、いた。アリスを誘ってやがる。

 やめておけ、恥をかくぞ。


 ルチアン卿がアリスにフラれ、周囲の貴族達から失笑を買っている中、俺と王女は巧みなダンスを披露する。


「パラッシュ、アナタ中々上手だわ。この後もずっと踊ってあげてもいいわよ?」

「陛下のお許しが頂けるのであれば、ぜひとも」


 その方が彼女を守りやすい。可能であればそうしたい。


「本当!? ――もう仕方ない男ね。じゃあ、後でお父様に聞いてきてあげるわ」

「よろしくお願いします」


「パラッシュ、アナタの素直な心は悪くないと思っているけど、いくら何でも私に対する好意がバレバレ過ぎよ? 匂わせるだけにしなさい。その方が恋はうまくいくの」

「ふふっ、肝に銘じておきます。殿下は当然そうされているんですよね?」


「もちろんよ。実はこの会場に私の好きな人がいるの。誰か分かって?」

「ははは、まったく見当がつきませんね」


「アナタは恋愛に関しては未熟もいいとこね。私が色々と教えてあげるから、たくさん学びなさい。そして、もっといい男になるのよ?」


 俺はにこやかにうなずいた。


 ノエミと貴族の男が華麗に踊りながら、徐々に近づいて来る。

 俺と踊っていた時よりも、ずいぶんと上手い。


「――ノエミ、もう少し離れてくれ。ぶつかってしまいそうだ」


 王女と貴族に恥をかかせる訳にはいかない。

 だが、ノエミは離れてくれない。むしろより距離を詰めてきた。――何かおかしい。


「――殿下! 俺の後ろに!」


 異常を察知した俺は、咄嗟に王女をかばう。


「<魔力の盾イレイン>」


 貴族の男が<魔力の盾イレイン>を発動し、俺と王女の魔力の膜を打ち消してきた。


「ラキミシャ帝国万歳!」


 そう叫んだノエミは、男の懐から短刀を抜き取り、王女目掛けて突進してきた。

 俺は彼女の腕をつかみ、投げ飛ばす。

 手加減している余裕はなかった。骨が何本か折れたようだ。


 その隙に貴族の男が俺を刺そうとしたが、腕で受け止める。

 中々いい刺突だ。腕を貫かれた。


 会場から悲鳴が巻き起こる中、俺は貴族の男の股間に蹴りを入れダウンさせる。

 こいつは絶対に生きたまま、捕まえたい。

――が、駄目だった。


 毒を仕込んでいたのか、倒れるとすぐに絶命してしまった。



「賊だ! 捕らえろ!」

「――いや、待ってくれ!」


 俺の制止を聞かず、衛兵達がノエミを拘束し、猿ぐつわをする。

 会場が騒然とする中、彼女はどこかへと連れて行かれた。

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