第四章 プロキシマ・ケンタウリ
第31話 最新航法と囮作戦
ここは巡洋艦ラバウルのミーティングルームだ。
今、新型兵器についての説明を受けている。前席で説明しているのは技術部の遠藤大尉と山本大佐。そして宇宙軍の斉藤中将。説明を受けているのは俺と護衛の巡洋艦ラバウルの士官とトリプルDのパイロット。そして新型艦に搭乗する士官だった。
正面のパネルには新型機の図面や諸元表などのデータがびっしりと並んでいた。失敗作と言われているハドロンを宇宙戦に特化させて改良した新型機、ハドロン改のデータだ。速度性能は通常のトリプルDと比較して約3倍であり、現在、高機動型として運用されているバリオンタイプBと比較しても1・5倍ほどの速度差があるという。そして固定装備のビーム砲は、大幅に出力が上がり、特に連射性能が向上しているのだとか。
「要約するなら、宇宙空間専用機とした事で火力と機動力が大幅に向上しているという事です。質問はありますか? 秋山大尉」
質問してきたのは技術部の遠藤大尉だった。
「特にありません」
俺は平然と返事をした。
今回、俺はトリプルDのパイロットとしてここに来ている。
俺が小惑星破砕兵器ランスから新型トリプルDへと機種転換した事は、軍内部でも結構な話題となっていた。宇宙軍で小惑星破砕作戦に貢献した男が、今度は機動攻撃軍で新型のトリプルDに乗りテロリストと戦うのだと。これで、軍内部に潜んでいるWFAの末端からネルソンに情報は伝わっているはずだ。
「それでは続きまして、新規開発した小惑星破砕兵器の説明をさせていただきます」
これがこの会議の主要なテーマだ。参加者全員の真摯な意識は広がり、部屋の空気が一気に緊張感を増す。
「この度開発した新兵器は『ゲイ・ボルグ』と命名致しました。アイルランド神話の英雄クー・フーリンの使用した槍の名前です」
例の掘削ドリルを取り付けた特殊改造艦の事だ。元々の艦名はラエだったはず。もう一隻の巨大レーザーを装備している艦はその名をクー・フーリンと改名された。こちらはポートモレスビーだった。オセアニアの地名からアイルランドの神話へと名前が変わったわけだ。
「この命名については、そこにいるサリバン少尉の意見を参考にさせていただいた」
「ジョアンナ・サリバンです。私の故郷であるアイルランドの神話から提案させていただきました。採用されて驚いています。恐縮です。この度はゲイ・ボルグの操舵手として参加させていただきます」
恭しく頭を下げる。赤い髪の白人女性だが小柄でそばかすが多い。
遠藤大尉が解説を続ける。
「早速ですが、新兵器の概要とワープ試験実施についての説明をいたします。まずはクー・フーリンの高出力レーザーによって小惑星に導線となる穴を穿ちます。直径は約30センチメートルです。このレーザーは、1000メートルを約5分で貫通させる威力があります。その導線に沿ってゲイ・ボルグを進行させます。ゲイ・ボルグのドリルは超高振動を与えられたビットを数百個組み込んであり、掘削力は史上最高だと自認しております。先端部分は円錐状ですが、それは七重のリングによって構成され、それぞれが逆回転しています。最後方のリングは掘削と同時に礫を後方へ排出させる形状となっています」
遠藤大尉の説明は続く。
ゲイ・ボルグはプラズマロケットで推進し、礫を後方に排出しながら進行する。ドリルの最大直径よりも艦体の方が細い。その隙間から礫を排出するための設計だ。その結果、毎分3メートルの速度で掘削が可能となった。掘削作業中は、ゲイボルグ周囲の重力を制御し、また、プラズマロケットの推力も利用して礫を小惑星外へ排出する。艦が埋まってしまう事はないらしい。また、最悪、艦が埋まってしまった場合は反対側へ掘り進む事で脱出できるのだと言う。小惑星破砕の為の水爆の設置は、パワードスーツ部隊の仕事になる。作業時間は数時間から2日程度。最大級の小惑星でもその期間で終了するのだという。
「この作戦の最大のポイントなのですが、新発明の効果が大きいのです。それは、ワープ航法、すなわち次元昇華変異による高次元跳躍航法に係るものです。今までは、ワープ突入時のベクトルと通常空間に回帰した際のベクトルを同一として設定しておりました。この方法がもっとも誤差が少ないのです。しかし、通常空間へ回帰した際のベクトルを変更する理論方程式が発見されました。誤差は許容範囲です。これは、小惑星の掘削をする際に非常に有利な条件となります。従来の航法では180度の方向転換をしなくてはならなかった為、その軌道変更に関わるエネルギーコストはかなり高く、掘削の工期を長いものとする要因になっておりました」
なるほど、ワープ航法における突入と回帰のベクトルを変更できるという事だ。ランスの様に小惑星に向かって突き進みながら、ワープ終了後にはその背後で軌道を同期できる。画期的じゃないか。
「技術部の山本です。今回実施するのはワープ試験となります。他の艦艇では成功しているのですが、この特殊艦では初めてとなります。通常の艦艇よりも質量が大きい為、入念に実験を繰り返す予定です。理論方程式の通りにベクトルの変更ができるのかどうか、また、誤差はどの程度なのかを検証します」
技術部の元締め、山本大佐だ。続いて宇宙軍の元締め、斉藤中将が話し始める。
「この試験において、秋山大尉はゲイ・ボルグに乗艦してもらう。周知の事実だと思うが、彼はテロ組織WFAから命を狙われている。ゲイ・ボルグが最も頑丈だからという理由でこの配置は決定した」
斉藤中将の一言に周りは静まり返る。
「心苦しいが秋山大尉の役目は囮だ。今回、トリプルDへの搭乗はない。艦内での配置は艦長に一任してある」
「
その瞬間、サリバン少尉は顔を赤らめ挙手をした。
「蒔田艦長。聞いておりません。助手を、私より階級が上の人にさせるなど不条理です。困ります」
「まあ落ち着き給え、少尉。秋山大尉は座っているだけで何もしなくて良いという事だ。本来助手は必要なかろう」
「それはそうですが」
「私はそれでかまいませんよ」
「分かりました」
俺の言葉に俯きながら返事をするサリバン少尉だった。
「護衛はラバウルに任せる。シャーマン艦長、頼むぞ」
「は!」
シャーマン艦長が敬礼をする
「それと、ラバウルのトリプルD部隊だな。最年少の遠山上等兵」
「はい」
玲香も今回は真面目だ。
「君は兵長に昇格だ。辞令を受け取れ」
「はい?」
玲香は急な昇格に戸惑っている様子なのだが、斉藤中将はお構いなしで続ける。
「君には期待している。この後すぐに精神移植しろ。命令だ」
「あの?」
「異論は許さん」
睨まれて小さくなる玲香だった。
「作戦は明日正午開始だ」
皆が一斉に敬礼をする。
玲香は一人ブツブツと独り言をいっていた。ザラザラが嫌だとか何とか。トリプルDパイロットに精神移植させるとは大胆な策かもしれないが、この措置は、WAFのネルソンに対抗する手段として、玲香を抜擢したという事だった。
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