第11話 楽しい宇宙旅行


「本日はユーロ航空の宇宙旅行にご参加いただきありがとうございます。当機クラージュはあと3分で発進します……」


 そんな挨拶に興味がない俺は通信を切るのだが、おかげでその3分が物凄く長く感じた。

 前面のモニターに表示されているカウントダウンの数字。これを、両手を握り締めて心の中で数える。


(59……58……57……56……)


「辰兄ちゃん。怖くなった」


 妹が俺の右手を掴んでくる。俺も握り返してやった。

 いつもは横着で生意気で怖いモノ知らずの女王様なのだが、こういう女の子らしい所はやはり可愛いと思う。


「心配するな。兄ちゃんだって、ちょこっと怖い」

「そうなん。ちょこっと安心するかも」

「そうだ」


 そうは言ってるけど、怖いよりは好奇心で興奮しまくっている。

 胸の鼓動が収まらない。


「プラズマロケット点火しました。クラージュ発信します」


 シートに背中が押し付けられる。

 ものすごい加速を感じるが、飛行機に乗っているのとそう違わない気がする。

 飛行機とたいして違わない加速で宇宙まで行ける。これがレーザー推進機関ライトクラフトの特徴らしい。

 

 機体は水平から垂直方向へと向きを変え、更に加速する。

 限りなく青い空をぐんぐん上昇していく。


 俺は感動のあまり涙を流していた。泣いているのを妹に気づかれはしないかと気が気じゃなかった。


 ほどなく宇宙空間に到達する。

 厳密にはまだ大気圏内で、高度400キロメートル程の熱圏といわれている辺り。人工衛星の軌道では低軌道にあたる高度らしい。

 現在は第一宇宙速度(秒速7・9キロメートル)で飛行中だ。楕円軌道で地球を一周半眺めた後に、再加速して月へ向かう。

 まあ、俺がこんなに詳しい訳ではなく、目の前のパネルに表示されている情報なのだが、妹には偉そうに説明してやる。


「辰兄ちゃんって物知りだよね」


 と、羨望の眼差しを向けてくるものだから、少しくらい調子に乗ってしまうのも仕方がないだろう。

 簡易宇宙服の着用義務が解除され、平服でもOKとなった。

 一人一人乗務員が手伝って簡易宇宙服を脱がせてくれる。体操着だった妹は別室で着替えてきた。皆トイレを我慢してたようで、トイレ前には列ができていた。


「由紀子はトイレ大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。そんなこと聞くのはセクハラだよ」

「いや、俺は一応保護者だからな。確認しとかないとな、もらしちゃ大変な事になるし」

「だから余計なお世話だって」

「そうか。スマンな」


 とか言ってるところへアナウンスが入る。


「15分後に人工重力装置を解除します。30分間、無重力状態をお楽しみいただけます」


「だってさ。無重力でおしっこするのは難しいんだぞ。良いのか?」

「やっぱり行く。こっち見るな!」


 あっかんベーをしながら走っていく妹である。やれやれ、世話が焼ける。俺も漏らしちゃまずいと思いトイレへ並ぶ。男の方が列が進むのが早いのは助かる。


 昔は、衛星軌道上にいる場合は無重力が当たり前だったらしい。地球の周りを周回するっていうのは、永遠に落ち続ける事でもある。速度が速いと宇宙へ飛び出す。遅いと地上に落ちる。そのギリギリ中間の速度がいわゆる第一宇宙速度なんだ。


 トイレを済ませて戻ってくると妹も戻ってきた。


「みんな外人さんだから恥ずかしかったよ」

「そうだよな。フランスとかドイツの人が多いみたいだな。日本もやればよかったんだよな」

「どうしてやらなかったの?」

「PRA(環太平洋同盟)としては高校生を招待した。日本は別枠で障害者の募集をしたんだよ。だから小学生を募集したユーロに応募したんだ」

「ふーん。中学生はなかったんだ」

「そうらしいね」

「でも、無重力ってどんなだろううな? ワクワクしてきた」

「ジェットコースターとかで落ちるときの感覚だよ。アレがずっと続くんだ」

「マリカちゃんみたいに飛びまわれるかな?」

「ふわふわ浮いてるだけで動きにくいと思うよ。マリカちゃんみたいな魔法少女とは違うんだ」


 妹が好きなTVアニメの話が出てきた。タイトルは『魔法少女マリカ&セリカ』だったと思う。この程度の話題には付き合ってやらないと機嫌が悪くなる。妹のアニメ趣味を把握するのも保護者代理の務めだ。


「間もなく重力制御装置の解除を行います。危険物や首を絞めるものは仕舞って下さい。ペンなども危険物となりますのでご注意ください。女性の長髪も絡んで危険な場合があります。なるべく後ろで括るかまとめてくださいますようお願いします。また、カメラや携帯端末はストラップを使用して腕に固定されることを推奨いたします」


「だってよ。お前大丈夫か?」

「大丈夫。買ってもらったカメラはちゃんと左手にストラップ巻いてるし髪も括ってるよ」

「いや、そうじゃなくてさっきお前ミニスカートに履き替えただろ?」


 そう、こいつはさっき体操着から着替えたのだ。今着ているのはミニスカートとノースリーブのブラウスだった。ミニスカートでそのまま空中を浮いてもらうのは保護者としてもマズイと思うのだ。


「このおおおおおお! エッチスケベポルノ痴漢変態温泉ミミズ芸者! 見たら殺すわよ」

「いや、それどこで覚えたんだ? それに何で体操着から着替えたんだ」

「だってあれ可愛くないんだもん」

「そうかもな。でもさ。お前のスカートの中見てもだれも喜ばないだろうから大丈夫だろ」

「辰兄ちゃんに見られるのが一番嫌なの。ほんと、見たら殺す。七年殺しと電気あんまの刑だからね。わかった?」

「わかったよ。見ない。見えそうでも見ない。約束する!」


 今時の小学生は何処であんな言葉を覚えるのだろうか……温泉みみず芸者とか電気あんまとか……。


「それでは重力制御装置の解除をいたします。床や天井を蹴ったりしないようお願い申し上げます。それでは皆様無重力をお楽しみください」


 体がふわりと浮あがった。

 この浮遊感はたまらなかった。

 これが無重力だ。

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