第二章 Starship Breakers

第8話 [AD2510]カウントダウン

「発射1分前」


 AIのアモールがカウントダウンを始めた。

 俺はいつも、機体の搭載AIに名前を付けている。amourアモール、フランス語で愛と言う意味だ。


「59……58……57……」


 俺は今、ランスに乗り込んでいる。全長120メートルにもなる巨大な槍。こいつを飛ばして小惑星にぶち込むのが俺の仕事だ。


「56……55……54……」


 現在、俺のランスは、戦艦シキシマに接続された巨大なレールガンに接続されている。全長は5000メートル程。貨物投射用のカタパルトを改造した特別仕様だ。ここから発射されるランスの初速は秒速100キロメートルになる。更に多段ロケットで秒速500キロメートルまで加速する。地上の感覚じゃとんでもないスピードだが、宇宙じゃ昼寝してるようなもんだ。


「53……52……51……」


 こんな速度じゃ月まで10分、火星までは2~3日かかっちまう。

 

「秋山中尉、行けるな」

「何時でも来い」

「結構。健闘を祈る」

「了解」


 今の声は山崎艦長だ。シキシマの女傑。姉御肌の親分だ。


「45……44……43……」


 そんな速度じゃあ間に合わねえって事で、途中ワープする。高次元通って瞬間移動。ワープ前後のデリケートな操作が俺の仕事。他はほぼ自動化されている。


「秋山君。落ち着いて。必ず帰って来て」

「ああ、わかってる」


 今の声は操舵士のアイリーン時山ときやま。美人じゃないし不器用だが優しい娘だ。


「39……38……37……」


「秋山、しくじっても構わないぜ。俺がケツを拭いてやる」

「うるせえ。黙ってろ。気が散る」


 俺が決めるからお前に出番はない。今の声はバックアップの宮地大尉。俺と同型の機体に乗って待機している。


「30……29……28……」


「周囲に障害物はありません。進路クリア」


 電探からの報告だ。クリアじゃなかったらどうするんだ。全く


「20……19……18……17……」


 発射の瞬間は緊張する。この時の加速Gは殺人的だ。


「8……7……6……5……4……3……2……1……0」


「ランス発射」


 強烈なGがかかる。ぶよぶよのG吸収ゲル素材のシートに体が押し付けれられる。この瞬間、目が見えなくなった。


「プラズマロケット点火しました。速度110……120……130……」


 AIのアモールが冷静に速度を読み上げている。再び強烈なGに押しつぶされる。しかし、最後の核に比べりゃまだまだ子供だましだ。


「速度180……190……200。核融合ブースト起動しました。加速Gにご注意ください」


 これをどう注意しろっていうんだ!

 コクピット内に加速度アラームが鳴り響く。耳が鳴り何も見えない。


「速度300……350……400……450……500……ブースト終了しました」


 強烈なGから解放され、視界が回復していく。


 一息つきたいところだがそうはいかない。残り約1億キロメートルを跳躍すべくワープに移行する。


「次元跳躍航法準備開始します。現在座標確認。目標確認。跳躍最適化確認。最終コース確認しました。承諾どうぞ」


 来た。デリケートな操作。

 ワープ失敗の際の免責事項の承諾だ。

 俺は迷わず承諾をタッチする。


「次元跳躍航法開始30秒前……29……28……」


 再びカウントダウンが始まる。


「27……26……25……24……23……22……20……19……」


 次元跳躍航法……正式には次元昇華変異による高次元跳躍航法だと言う。

 意味はさっぱりだ。


 「14……13……12……11……10……」


 しかし、次元昇華変異している時、すなわち高次元存在になっている時の恍惚感は忘れられない。


「5……4……3……2……1……0……次元跳躍航法開始します」


 その瞬間、視界は虹色の光に包まれる。

 高次元の光は暖かく、ゆっくりでありふんわりとした不思議な光だ。

 重い肉体を脱ぎ捨てたような解放感を味わう。


 これは本当に気持ちがいい。


 唐突に暗くなる。元に戻った。


「三次元空間へ回帰しました。目標まであと25秒……24……23……22……22……20……」


 光学カメラが小惑星を捉えた。球形ではない歪な形状をしている。


「小惑星の重心を再計算します。特定しました。進路修正0.0012」

「了解」


 アモールの指示通りに修正をかける。正確に重心を貫かないと細かく破砕できない。


「目標まで10秒……9……8……7……6……5……4……3……2……1……着弾しました」


 大きな衝撃を感じた。

 その瞬間、俺の意識は宇宙空間に投げ出されていた。小惑星が粉々になって、破片が円盤状に広がっている。成功した。


 その後すぐに、俺の意識は何かに強い力で引っ張られる。

 何も見えなくなった。


「秋山中尉、秋山中尉」


 ゆさゆさと体をゆするゆすられている。

 わかっている。わかっているとも。


 一旦離れてしまった霊体が元の体に戻っている。

 しかし、感覚が正常になるまで少し時間がかかるのだ。


 目を開くと目の前にアイリーンがいた。


「秋山中尉……辰彦」


 俺の胸で涙を流している。


「帰ってきてくれた」

「ああ」


 俺はシキシマの医務室で横になっていた。

 艦長と軍医が入ってきた。


「中尉、成功だ。体調はどうか」

「ええ。まあまあです」

「義体はどうだったかね?」

「特に不都合は無く自然に扱えました」


 軍医が俺の診察を始める。上半身を脱がされ検査器具をあちこちに当てる。


「異常はないようだね。念のため48時間は安静にしておくように」


 軍医はアイリーンを見つめにやりと笑う。


「まあ、ほどほどにな」


 艦長と一緒に笑いながら部屋を出て行った。

 途端にアイリーンは俺に抱きついて来る。俺は彼女を抱きしめキスをした。

 俺は、義体から元の肉体に戻った爽快感と、最愛の女性を抱きしめている幸福感に包まれていた。

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