第7話 おまけの妹といたずらな彼女

 月面のホテルに滞在しているオレの所に妹が面会に来た。


 実妹である。


 三笠美紗江みかさみさえ、21歳独身。身長は多分160センチメートル。中肉中背でスタイルは良い方だと思う。やや丸顔。肩まで伸ばしたストレートヘアに前髪ぱっつんのクレオパトラヘアだ。なかなか似合っていると思う。

 白いノースリーブのワンピースにサンダルを履いている。夏らしいさわやかな服装だ。


「和兄さん。おひさー」

「ああ、久しぶりだな」

「あれ? 何だか表情硬い? かわゆい妹に会ってるのに嬉しくないの?」

「いや嬉しいよ」

「そうかな?」

「美紗江なんだよな。間違いなく」

「何言ってんのよ。当たり前じゃないの」

「ああ、スマン」


 頭を掻きながら少々引きつった顔で笑う。

 これはつい先日の、強烈な体験が尾を引いているからだ。


 実は、三日前に妹はここへ来た。

 ショッピングに付き合い食事をした。そして、オレの部屋へ入り込んできた妹は、オレをベッドに押し倒した。


 これを幸運だとか、千載一遇のチャンスだとか思う奴もいるかもしれないが、普通は妹に欲情しない。性欲よりも拒否感が強い。妹相手に興奮などするものか。いや、たとえ興奮しても理性でグッと堪えるものだ。


 まあ、その積極的に近親相姦を迫ってきた妹とは、実は変装した紀里香きりかだった。

 ボイスチェンジャーで美紗江の声をコピーし、顔にはラテックスを張り付け、妹そっくりに造形していたのだ。体型が似ていたのも災いした。身長、体重、スリーサイズ共に似通っている。

 いたずら好きの紀里香が仕掛けたドッキリだった訳だが、ネタバレした後も心臓の鼓動は収まらず、性的な気分になどなれなかった。 


 そんなオレの有様を見た紀里香は大いに大満したようだ。性質たちが悪い。


 さて目の前にいるのは妹である。

 紀里香ではない。紀里香は先ほどアキツシマへ戻ったのだ。


「和兄さんって何時もジーンズにTシャツだよね。他の恰好しないの?」

「興味ないんだ」

「背が高くてさ。結構マッチョだからそれでもカッコイイんだけどね。もう少しファッションに気を使うとモテモテだよ。それで何? そのTシャツのロゴ。『俺の愛しいアンドロイド』だって? 古い映画か何か? だっさーい」

「お前には関係ないだろ。それにだな、もうモテなくてもいいんだよ」

「あ、紀里香さんと? うまくいったの? え? そうなの? 和兄さんってニブちんだからね。あんなにアプローチしてたのに気づかないんだから。マジださい!」

「悪かったな。ニブちんで」

「まあうまくいったんならOKでしょ。ね」

「そうだな」

「それでさ。お腹空いたから何か食べようよ」

「ああ、わかった。どこか行きたい店ある?」

「えーっとね。ここ月面都市アリストテレスの名物店と言えば、カフェ宇宙海賊だよね。そこに行こ!」


 ホテルから300メートル程度離れた場所にあるカフェ宇宙海賊。宇宙にちなんだ名前の特盛料理を出す店として有名だ。


 お昼前だったせいか人は少ない。オレたちは奥側のテーブルへ陣取った。

 メニューを見ながらはしゃぐ我が妹である。


「何食べようかな? スイーツだけで満腹になるのも良いよね。これどうかな。ミルキーギャラクシーうずまきアラモードだって」

「概ね三人前って書いてあるぞ」

「その位大丈夫だよ。これこれ、てんこもりアンドロメダ星雲パフェ。すっごいね。お城みたいだね」

「それは概ね七人前」

「あ、これはイケそうですね。夢見るマゼラニックスフレ、チョコ&カスタード」

「概ね五人前」


 いや、どんな量のスイーツなんだ。これが宇宙海賊のメニューなのか。大盛りすぎて、想像が追い付かない。


「でもやっぱり、スイーツは食後よね。主食は……ビーナスの黄金玉子丼」

「それは一人前と書いてるな。珍しい」

「でもやっぱりこっちかな。愛のジュピターちらし寿司。これ、ちゃんと木星の縞模様なんだ。大赤班の所はいくら山盛りだって。これにしよ、これに」

「それは五人前だってよ」

「大丈夫大丈夫。和兄さんが三人前、私が二人前でOKじゃん。あ、いくらの所は全部私が貰うからね。へへへ」

「スイーツはどうするんだ?」

「木星食べながら考える。甘いモノは別腹だしね」


 テーブルの端末を操作して注文する。


 と、そこへ妹が来た。

 目の前に妹、テーブルの横に妹。しかも服装まで同じだ。


 誰かの魔法なのか? いったい、どうなっているんだ!


 テーブルの横にいた妹がオレの横へ座って腕に抱きつき、結構豊かな胸を押し付けてくる。


「貴方誰だか知らないけど、和兄は渡さないよ」


 テーブルの向こう側に座っていた妹もオレの隣に座った。そして腕に抱きつき胸を押し付けてくる。


「貴方こそ誰よ。私達のデートを邪魔しないでくれるかしら」


 これはどんな修羅場なのか? いや、これはハーレムなのか? しかし、妹に囲まれるハーレムなど、この世で一番おぞましいはずだ。


 どうなっている。オレはどうすればいい??


 思考が混乱し正気ではいられない。

 オレはひたすら「こんなはずはない」と繰り返し呟いていた。


「そろそろ許してあげましょうか」


 突然、紀里香の声がした。


 妹の美紗江は声が高く、いわゆるアニメ声と言われる可愛い声質だ。それに対し、紀里香はややハスキーで低めの声質をしている。違いは一目瞭然。


「えへへへへ。ドッキリ成功!」


 美紗江が両手を上げて大喜びしている。後から来た妹の方が本物の美紗江だった。


「また引っかかるなんて思わなかったわ」


 最初からいた方の妹が紀里香。彼女はハンカチで涙を拭きながら笑いをこらえている。


 どうして何時もこんなに簡単に騙されるのだろうか。


「だから、紀里香さんは馬鹿素直な和兄ちゃんが大好きなんだよ」

「和馬。ごめんね」


 紀里香が唇にキスをしてきた。

 しかし、妹の顔でキスするのは勘弁して欲しかった。

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