春と雪
ユキは、その名の通り「雪」の精霊です。
毎年、冬が色濃くなった時に目覚めると、各地に雪を降らせます。
彼女は、子供達が喜んで外に飛び出し、雪を踏みならしたり、雪玉を投げて遊んだりするのを見ているのが大好きでした。
そうして幸せな気分のまま、冬が終わる頃に眠りにつくのです。
ところがある年のこと。
眠りに落ちる寸前、ユキは傍に立つ誰かの気配を感じたのです。
日差しのように輝く、それは自分と同じくらいの少年に見えました。
一体、誰なのだろう。
気になりましたが、眠気には勝てません。
閉じた瞼の向こうから、おやすみ、という声が聞こえた気がしました。
その次の年。
ユキは眠いのを我慢して彼を待っていました。すると、前の年と同じ頃に姿を見せた少年は、恭しくユキに頭を下げるのでした。
「あなたは誰?」
「僕はハル。名前の通り、春の精霊さ」
ハルは毎年、世界中に春を伝えて回っているのでした。雪の降る地にしか行けないユキに、ハルはずっと南の国の話を聞かせてやりました。
「素敵ね。私も行ってみたいわ」
うっとりしながらも、とうとう我慢できずに眠りかけるユキ。
「嫌よ、眠りたくなんかない。もっとハルのお話を聞いていたいんだもの」
ハルはにっこりとユキに笑いかけます。
「来年はもっと話をしよう。その次の年はそれよりもっとたくさん」
「…わかったわ。きっとまたね」
「うん、約束だよ」
安心したユキが深い眠りにつくまで、ハルはずっと隣で見守っていました。
それから毎年、ハルとユキはほんの短いひとときを共に過ごしました。
人より遥かに長い時間がかかりますが、精霊だって、ちゃんと成長します。
出会った頃はうんと小さな子供だった彼らは、いつしか立派な男女になり、当然のように惹かれ合いました。
「ハル、ずっとあなたと一緒にいたい」
「僕だってもちろんそうだよ。君が眠ってしまった後の世界はね、とても寂しいんだ」
ユキも同じように思っていました。
雪にはしゃぐ子供達を見るだけで幸せだった頃には、もう決して戻れないのです。
ユキとハルはとうとう心を決めました。
雪の溶けた大地に寝転び、彼らは固く手を繋ぎます。けれど悲しいことにその手は、愛しい相手を容赦なく傷つけていくのです。
ユキにとっては、身を焼くようなハルの手の温かさが。
ハルにとっては、体の芯から凍てつくようなユキの手の冷たさが。
次第に二人は弱っていきました。
それでも彼らが手を離すことはありません。ユキもハルも本当に幸せだったからです。
「春にはね、桜の花が…そう、まるで雪みたいに舞うんだよ。とても、美しいんだ」
「私にも…見られるかしら」
「ああ、一緒に見に行こう。…約束だ」
「……約束、ね」
「……」
夜明けとともに、春と雪の精霊は揃ってこの世界から消えていきました。
それから長い年月を経たある町の片隅に、仲良く並んで座る子供の姿がありました。
会えなかった間の出来事をあれこれ聞かせているのは、好奇心旺盛な女の子。
眠そうに相槌を打つのは、のんびり屋の男の子。彼らはそれぞれ、新しい春と雪の精霊なのです。
春の精霊が時間も忘れて話していると、辺りに少し強い風が吹き始めました。
「いけない、追い抜かれちゃう。急がなくっちゃ」
「追い抜かれるって、誰にだい?」
眠い目を擦りながら尋ねる雪の精霊に、春の精霊は笑って言いました。
「春の雪、よ。とってもキレイなんだから。いつかあなたと一緒に見られたらいいな」
それから半月ほど後の事。
すっかり春が訪れたはずのこの町に、今年も季節外れの雪が降りました。早咲きの桜と雪が混じり合い、美しく静かに舞い落ちていきます。
あの時、願いは確かに神様に届きました。
「春の雪」となったハルとユキは今も世界中を回っています。この先も決して互いの手を離すことなく、ずっと一緒に。
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