誕生日の手紙

《一歳のハルカへ》

 お誕生日おめでとう。あなたが生まれてきてくれて、もう一年がたちますね。いっぱい泣いて、いっぱい笑って、どんどん大きくなるあなたといられて、私は本当に幸せです。

  


 母親は、毎年娘の誕生日に手紙を書いた。

 目を輝かせ新しい言葉を覚えていた二歳。

 誇らしげにランドセルを背負った七歳。

 慣れない制服に照れ臭そうに笑う十三歳。

 書いた手紙は戸棚の奥深くに隠されて、決して娘に見せることは無かった。

 渡すあての無い手紙。

 それでも母親は娘に手紙を書き続けた。

 それは娘が二十歳を過ぎ、家を出て、やがて新しく家庭を築いた後も密かに続けられたが、もちろん娘が知ることは無かった。



《四十歳のハルカへ》

 最近、色々なことをよく忘れるようになりました。あなたの誕生日のこの手紙は生涯続けたいと思っていたけれど、無理かもしれませんね。でも例えいつか私が忘れてしまっても、いつだって、いつまでも、あなたは私の大切な宝物です。



 その年の冬、急激に認知症が進んだ母親は、自宅生活が困難となり施設に入った。

 娘には迷惑をかけたくない、そう考えていた母親が、こうなる以前から決めていたことだった。

 がらんとした実家の整理をしていた娘は、戸棚の奥から四十通の手紙を見つけ、泣いた。



 それから十年。

 今年も誕生日の手紙は続けられている。

 渡すあてもない手紙。

 きっと読まれることもない手紙。

 ただ、とても温かい手紙。


《五十年目のお母さんへ》

 お母さんから手紙を書く役目を引き継いで十年目になりました。

 こうして手紙を書いていると、お母さんとの思い出が心の中にたくさん溢れてきます。

 不思議だけれど、どれもつい昨日の出来事のようにはっきりと思い出せるの。

 だから、お母さんが全て忘れてしまっても大丈夫。心配しないでね。

 五十年間、私の親でいてくれて本当にありがとう。

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