第21話 邪魔なんだよ

 肩を強く揺らされる。そんな感覚が体に伝わる。それと同時に、誰かが名前を呼んでいる気がする。


――紡! 起きて!


 意識は現実と夢の中間地点にいるみたいではっきりしない。


 あれ? 俺何してたんだっけ?


 ヒマリと機関の施設に行って、それでニコが突然現れて……


「紡!!」

「ッッ!」


 強い痛みが頬を襲う。その痛みで俺の意識は現実へと一気に引き戻された。


「痛ってぇな……ここは、家?」


 目を覚ますと、そこは家のリビングだった。ソファに横たわった体は気だるさを感じさせる程に重い。


「紡!! 大丈夫? 私の事分かる?」


 ヒマリは不安げに俺の顔を覗き込んでいる。下まぶたには若干涙が溜まっているようだった。


「うるせーな、声がでけーよ。寝起きに悪いわ」


 俺は悪態をつきながらゆっくりと体を起こした。それを見たヒマリはホッとしたように胸を撫で下ろす。


「良かった。目を覚まさなかったらどうしようかと思ったよ」

「そこら中、体は痛いけどな。そうか、助かったのか俺達……」


 意識を失う前後の事ははっきりと思い出せないが、ニコから攻撃を受ける際に死を覚悟した事だけは覚えている。


「ヒマリの方こそ、大丈夫なのか?」

「うん! 怪我もないし、大丈夫だよ! それより……ごめんね、紡。また危険な目に遭わせちゃって……」


 ヒマリは相当落ち込んでいる様子だった。言葉の端にはいつもの天真爛漫さは感じられない。


「お前のせいじゃないから、謝るなよ。てか、ヒマリがここまで運んでくれたのか? それにニコはどうなったんだ?」

「ううん。私達をここまで運んでくれたのはウサギちゃんだよ」

「え?」

「ようやく目を覚ましたようですね、紡さん」


 声のした方に振り返るとそこにはウサギが立っていた。


「先ほど人間界こちらに戻って来たのですが、家には誰もいないようだったので外に探しに行ったんです。そうしたら、近くの公園で二人が倒れていたので」

「公園? 俺達は確か機関の施設で――ウサギ一人で俺達を運んだのか!?」


 ウサギの小さな体を見れば、とても人を二人も抱えて運ぶなんて事は想像できない。


「ちょっと魔法を使っただけですよ」

「ウサギも使えるのか!?」

「そうでなきゃ、こんな神出鬼没に現れたりしませんよ。それよりも、何が起きたか話して頂いて宜しいでしょうか。事態はかなり深刻なので」


 ウサギはそう言うと、テーブルの方へと向かい椅子に座った。


「覚醒個体……ニコの事か?」

「はい。先に目を覚ましたヒマリさんからある程度の話は聞きましたが――紡さんは覚醒個体と面識があるんですか?」

「ああ……」

「そうですか……覚醒した魔獣シャドウ心力ヴァイトを私達と同じ様に操る事ができます。そうすれば当然、魔獣シャドウとしての気配を隠すことも可能です。紡さんが気付かなかったのも無理はないでしょう」

「……なあ、魔獣シャドウってのは一体何なんだよ」


 魔獣シャドウの存在を知ったのは数年前。紗希の修行が始まってからだ。


 紗希は魔獣シャドウについて詳しくは教えてくれず、ただ人に仇なす化け物としか言わなかった。


 実際 一目見れば魔獣シャドウが凶悪な存在である事は一目瞭然だったし、倒す事にも疑問は抱かなかった。


「それについては、私も詳しく説明する事は出来ません。魔界でも魔獣シャドウの研究は進んではいますが、発生源や正体はほとんど分かっていません。ただ、魔獣シャドウにも、我々のように心があるようです」

「あいつらにも、感情や人格があるって事か?」

「そうですね。細かく言えば、通常の魔獣シャドウは心を持ってはいますが、それは心象文字が刻まれていないな心であって、感情や人格は獲得していません」

「しんしょうもじ?」

「心象文字とは簡単に言えば、その心のていを表す説明書のようなものと思って頂ければ問題ありません。この心象文字は人によって様々で、一つたりとも同じものは存在しません……まあ、例外はありますが」

「それで、覚醒個体ってのはその心象文字を手に入れた魔獣シャドウなのか?」

「はい。人間界における覚醒個体は通常飲み込まれしまうはずの宿主の心と魔獣シャドウの無垢な心が融合した状態だと考えられています」

「それを元に戻す方法はないのか?」

「現状、魔獣シャドウから解放する手段は見つかっていません」

「……そうか」


 どこか心の隅っこの方でニコを助ける方法があるんじゃないかと、期待している自分がいた。


 淡々と告げられる事実は胸の奥を強く締め付ける。


「話を戻しましょうか。紡さんは覚醒個体から何か得た情報はありますか?」

「あいつは――ニコは〝世界を壊す〟って言ってた……だから、俺は……」

「――分かりました。この件に関しましては、私とヒマリさんで対処致します」

「……は?」

「つまり、紡さんは関わらなくていいという事です」


 ウサギの言葉を聞いて、俺は頭を鈍器で殴られたような、そんな感覚に陥る。


「関わるなって……何でだよ」

「端的にいえば、紡さんが足手まといだからです」

「足手まといって……俺は今まで!――」

「分かっていますよ。魔法の使えない紡さんが魔獣シャドウと戦い、ここまで生き残っている。それは、あなたが普通の人間より強い事を示しています」

「だったら!」

「ですが、それはあくまでも『普通の人間』という括りです。今回の相手は強すぎる。あなたが今まで戦ってきた魔獣シャドウとは次元が違うんです。それは、紡さんが身を持って経験したのではないですか?」

「それは……」

「何故、覚醒個体がお二人を見逃したのかは分かりませんが、態々、命を奪う必要はないと判断したからでしょう。それだけ実力差があるという事ですよ」


 反論する言葉が見つからない。


 文字通り、俺はニコに手も足も出なかった。


 実際、戦闘能力に関してはヒマリの方が遙かに上だろうし、夕の件で遭遇した魔獣シャドウは彼女の助けが無ければ苦しかった。


 俺はどう足掻いてもニコには勝てない。


 でも、だからといって引き下がる訳にもいかない。


 ニコがきっと俺達を見逃したのには理由がある。俺はそれを確かめに行かなくちゃならない。


「確かに俺は魔法が使えないし、ちょっと強いだけの一般人かもしれない……それでも――それでも、ニコは〝友達〟なんだ。友達が間違った道に進もうとしてるのに、指を咥えて見てる訳にはいかねーよ」

「……分かりました」


 ウサギはため息をつきながらそう答える。


「んじゃ、さっさとニコを止めに――」

「ダメだよ」


 言葉を遮るようにヒマリが口を挟んだ。


 ヒマリは今まで見たことのないような、冷徹な表情で俺の方を見る。


「紡の力は必要ないから。ここに残って。はっきり言うと邪魔なんだよ。一時いっときの感情で死なれても困るし、迷惑だから」

「なっ!」

「とにかく、紡はこの件に関わらないで。もうここには帰ってこないし、紡は自分の日常に戻れば良い」


 そう突き放すように言い放つと、ヒマリはリビングから立ち去ろうとし、ウサギもそれに続く。


 俺はそれを止めようとヒマリの腕を掴んだ。


「待てよ! お前が止めたって、俺は勝手についていくからな。つーか一人でも行くよ」


 その言葉にヒマリは振り返らずに短く、


「……ウサギちゃん、お願い」


 と、答えた。


「了解しました」

「……?」

「〝エリアロック〟」


 ウサギの言葉と共に彼女の手が紫色に輝きだし、さらにそこから文字にも見える幾何学模様が現れ、俺に体に纏わり付いた。


「な、なんだよこれ!」


 俺の体は全身が凍ってしまったかのように固まってしまい、動くことが出来ない。


「今までありがとう紡。元気でね」


 ヒマリは見向きもせずにそう言い残すと、ウサギと共に俺の前から立ち去った。


 


 






 

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