第19話 最悪の再会

「ここが機関の施設か?」

「うん。建物の雰囲気も、魔界のものに似てるし……多分これで合ってると思うよ」


 休憩を挟んでから三十分ほど。ようやく俺達は、目的地である機関の施設に辿り着く事が出来た。


 山中のひらけた場所に佇むその建物は、晴風町のものとは全く似通っておらず木製と思われる質感に中世のデザインといった外観だった。


 辺りはもう暗くなり始めていて、どこか物々しさを漂わせる建物に、俺は生唾を飲み込んだ。


「何か嫌な雰囲気だな」

「そう? この前の廃墟は平気だったじゃん」

「あれとはこうなんか……違うというか」

「よく分かんないけど、さっさと行くよ。夜になったら帰れなくなっちゃうし」

「お、おい! 待てよ!」


 ヒマリは勇ましい足取りで、建物の入り口へと進んでいく。この前は、ビビり倒してたくせに……頼りになるのかならないのか、よく分からない奴だ。


 彼女の背中を追いかけつつ、俺は周りを見渡す。


 やっぱり何か嫌な感じがする。


 腹の底をかき回されるような、そんな気持ち悪さ。こんな気持ちは魔獣シャドウと対峙している時でさえ感じる事はない。


「なあ、やっぱり何か――ヒマリ?」


 先を歩いていたヒマリが突然足を止める。そして、勢いよく俺の方へと振り返ると


「伏せて!!」


 と、声を荒げながら、俺の肩を押さえつけ地面へと押し倒した。


 状況が飲み込めない俺は、ヒマリに身を任せそのまま地面へと体を伏せた。瞬間、何かが風を巻き込みながら体の上を通り過ぎていく。


「ッッ!?」


 体を起こすと、目の前にはその何か――もとい少年が立ち尽くしていた。


「あちゃ~。避けられちゃったか。流石だね」


 俺は眼前に広がる光景に思考が追いつかない。ろれつの回らない口を必死に動かし、問いかけた。


「な、何でお前がこんな所に……ていうか、何だよそれ……」


 少年の手にはその体躯に似合わないごつごつとした、黒い結晶のようなものでできた歪な黒い大剣が握られている。


「紡、下がって」


 ヒマリが、ふらふらと少年に近づこうとした俺を制止する。それを振り切り、俺は少年の前へと立った。


「何してんだよ…………」

「聞きたい事はお互い沢山あるだろうね。でもまずは――」

「ッ! 火炎心象まほ――」


 大剣を携えた少年――ニコは瞬きをしたその瞬間、目の前から姿を消した。


「えっ?」


 そして、後ろの方からドサリと人が倒れる音がした。その音に反応し後ろを見ると、ニコに足下に倒れ込むヒマリの姿があった。


「ヒマリ!? ッッ! お前!!」


 反射的にニコに飛びかかる。しかし、俺の両手はニコに触れることなく空を切り、ニコによって体が蹴り飛ばされてしまった。


「うぐぅ!」


 数メートルほど転がった俺は近くの木にぶつかり勢いを止めた。脇腹と背中には鈍い痛みが広がっていく。呼吸が乱れ立ち上がる事が出来ない俺は、そのまま木にもたれかかる体勢になった。


「彼女には気を失ってもらっただけさ。死んじゃいないよ。さっ、いつも通り二人だけになった事だし、何から話そうか」

「……」


 一体全体、何がどうなっているのだろうか。いきなり現れたニコは、いつもの儚げな雰囲気とはうって変わって、恐怖さえ抱かせる凶気を身に纏っている。


 それはあのおぞましい魔獣シャドウとは比にならない。


 全身が、本能が今すぐ逃げろと悲鳴をあげている。


「うーん、少しいきなり過ぎたかな……」


 そんな凶気を身に纏いながらも、ニコは普段通りの口調で話を続けた。


「どこから話したらいいのかな。そうだね、じゃあまずは僕がどうしてここにいるのかって所から話そうか」


 ニコは建物の方へと向かい、入り口の前で立ち止まる。


「ここは僕の隠れ家みたいなものでね。この能力ちからを手にしてからは、ここに身を置いているんだ。ここに入られるのはちょっとまずくてさ。だから、止めさせてもらったんだよ」

能力ちからって……お前まさか……」


 人間界に現れる魔獣シャドウは人に寄生する事で存在を維持する。基本的には、魔獣シャドウに寄生された人間は理性を失い、本能の赴くままに人を襲う。


 恐らくそれは、魔獣シャドウ自体が持つ破壊衝動だ。


 俺が今まで倒してきた魔獣シャドウは人の姿を残しながらも、既に人ではなかった。


 俺の脳裏にヒマリの言葉がよぎる。


(稀に自我を残す個体がいるんだよ)


 それは恐らく今考えられる最悪の答えを導きだす。


「自我を残した個体……」

「うん。正解だよ」


 そう答えるニコは穏やかな表情だった。ニコの体には魔獣シャドウのように異常に変形した部位などは見られない。見た目は至って普通の人間と同じだ。


「まあ、僕もなんだけどね。何故僕がこの能力ちからを手にしたのかも、僕と同じ化け物が魔獣シャドウと呼ばれている事も……ね」

「いつから――いつから、お前は魔獣シャドウに……」

「君と会う前からだよ」


 ニコと初めて会ったのは去年の冬。頻繁に会う仲ではなかったが、俺は半年もの間ニコが魔獣シャドウである事に全く気が付けなかったのか。


 あんなに弱々しく、儚げな少年が魔獣シャドウという事実は、目の前にした今でも信じる事は出来ない。


能力ちからを隠すのはどうやら得意だったみたいでね。性格のおかげかな。あんまり、自分の性格は好きじゃなかったんけど、思いがけない所で役に立つものだよ。他に何か聞きたい事はある? 無ければ本題に入りたいんだけど」

「……ああ」


 ニコはゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる。


「いつか君に助けを求めるって話。紡は覚えてるかな」


 そう言いながら、木にもたれかかる俺にニコは右手を差し出してきた。


「僕と一緒に――世界を壊そうよ、紡。君の力が必要なんだ」


 その言葉に困惑を覚えた俺は顔を下に伏せながら応答する。


「なに言ってんだよ……」

「アハハ。ちょっと言葉選びがクサかったかな。でも、そのままの意味だよ。一方的にだけど、紡は僕と同じこちら側だって思ってる。だから、そんな君だったら僕と一緒に来てくれるんじゃないかって期待してるんだ。紡もこの世界のでしょ?」


 世界のはみ出し者。確かにそれはずっと感じていた。ニコを気にかけたのも、気が合った事もどこかお互いに通じる部分があったからだろう。


 ニコが何を考えているかは正直今は分からない。ただ、冗談や気まぐれで世界を壊そうなどと、のたまっている訳じゃない事も、それを実現させるだけの覚悟と能力ちからがある事は、ひたむきな凶気を秘めた瞳から伝わってくる。


「俺は……俺も確かに普通の人とは違うかもしれない」

「うん」

「でも、多分ニコとも違うよ」

「……」

「俺は今、すげー迷ってる。お前が本当に魔獣シャドウなら、お前が本当に世界を壊そうとしてるんだったら、俺は止めなくちゃいけない。それなのにお前と戦うのは嫌なんだ。俺だって勝手にニコの事は同類だと思ってたからな」

「だったら僕と――」

「だから、取りあえず考えるのはやめだ」


 俺は大きく息を吸って呼吸を整えゆっくりと立ち上がる。


 状況はまだ完全には理解していない。突然再会した友人が実は化け物で、世界を壊そうとしててなんて、この夏休みで起きた出来事が全て霞んで見えるくらいだ。


 迷いはある。怖さも不安もある。


 でも、今俺がすべき事は決まってる。きっとそれは、俺がやらなきゃいけない。だから、そういうのは一旦心の奥に閉まっておけばいい。


「細かい事は全部後回しだ。とりあえず一発ぶん殴って、目覚まさせてやるよ。ニコ」


 俺は腰を落とし戦闘の構えを取る。


 勝ち目はほとんど無い。武器も手元に無いし、さっきからニコの動きを捉えられていない。


 それに、ニコにはヒマリの魔法のような異能を持っている。前にも分裂する魔獣シャドウと戦ったが、あれはどちらかというと体質と言った方がしっくりくる。同じタイプなら何度か経験はある。


 ニコの能力ちからは多分、自我を残した個体だけが持っているものだ。


「そっか……それが紡の答えなんだね」


 きっとニコにとっては赤子を相手にしているのも同然だ。


 全神経を集中させろ。大丈夫、やれる。紗希の方がずっと怖かっただろうが。


 そんな言葉を心の中で反芻させ奮い立たせる。


 ニコの周りにはパキパキと音を立てながら黒い結晶が作り出されていく。それは宙に浮いていて、ニコの体を中心にくるくると回っている。


 物質を作り出して操れるのか? 安易に近づくのはまずいかもしれない。


 俺は一度距離を取るために地面を蹴り出そうとする。


 しかし、地面に根を張ったように俺の足は動かせなかった。


 下に目をやると足は結晶で覆われており、どんなに力を込めようとびくともしなかった。


「じゃあ、紡」


 ニコが口を開くと同時に強い衝撃が頭に響いた。


 意識が徐々に遠のいていく。体の力は抜けていき、視界が歪んでいく。


「ニ、ニコ……」


 意識を失う直前、ニコは悲しそうな顔で俺を見下ろしていた。

 

 


 

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