第16話 クレア様のお願いごと

「紡さん、起きるの遅くないですか? もうお昼過ぎですよ」

「ああ。夏休みだしな、こんなもんだろ――って! 当然のように現れるなよ!」


 空腹に目を覚まし、リビングへと向かうとうさ耳幼女のウサギがリビングでお茶を飲んでいた。


 お前の実家なのかここは。


 夏休みも、もうあと一週間。


 俺は、人生で一番だらけることのできる最高の時間を、余すことなく満喫しようと惰眠を貪っていた。


 日課のトレーニングに、夏休みの宿題。それらをこなした後はひたすらに、食う、寝るを繰り返す。


 時折、ヒマリが外に遊びに行こうと駄々をこねるので、その辺を散歩したりした。


 あの日以降、時々公園に寄ったりしてみたのだが、ニコに会うことはできなかった。


 まあそのうち会えるだろ。


 あれ? でもよくよく考えたら、そんなにだらだらしてないんじゃないか?


 修行はちゃんとしてるし、ヒマリのワガママに付き合ってるし、そういや夕のお見舞いも何度か行ったな。


 まずいな。全然だらだらしてないじゃないか。あと一週間で終わってしまう夏休みが愛おしい。


「んじゃ俺、二度寝するから。てきとーにくつろいでてくれ」


 ウサギにそう伝え、自室に戻ろうとする。


 しかし、思ったよりすばっしこいウサギが俺の前へと立ちはだかり、通せんぼをする。


「なんだよ」

「なんだよじゃないですよ! 私が何の用事もなく人間界に来ると思いですか!?」


 ウサギは手をバタバタさせながら、お馴染みのうさ耳をぴょこぴょこと暴れさせる。


「知らねーよ。用があるならヒマリに言ってくれ。あいつ、暇してると思うぞ」

「お二人に用があるんです! ヒマリさんも呼んできて下さい」

「え~。めんどくせぇよ~。こちとら、残り少ない夏休みを謳歌したいんだよ……てか、何かキャラ変わった?」

「~~ッ!」


 特に違和感を感じた訳じゃないが、前に会ったときよりも、ウサギは感情を見せるようになっている気がする。


 前はもっとこう機械的な口調だったというか、冷徹な雰囲気をまとっていた。


 俺の素朴な疑問をぶつけられたウサギは、何故かうつむきながらもじもじと両の一差し指を合わせる。


「こ、これはクレア様の意向というか……何というか」

「クレア様? あー、本部セントラルの責任者だっけ。その人の意向ってつまり……どうゆうことだ?」

「ク、クレア様が……その……もう少し、元気があったほうがいいって……ヒマリさんみたいに……」

「へ~。どうでもいいわ」

「紡さんが聞いたんじゃないですか!」


 そういうことね。何でこいつがヒマリに敵対心むき出しなのか分かってきた。


「まっ、何でも良いけどよ。嫉妬は見苦しいぞ~?」

「う、うるさいですよ!」


 ウサギは腹を立てたのか、俺のすねに鋭い蹴りをお見舞いしてきた。


「痛ったぁ! なにすんだよ!」

「紡さんが悪いです」


 ウサギは腕を組み、そっぽを向く。容姿にそぐわないその仕草は、背伸びをした子どもみたいで可愛らしい。


「はあ……悪かったよ」


 年下の女の子と言い合っても大人げないので、謝りつつ頭を撫でてやる。


「ちょっ! 止めて下さいよ」

「お? いいじゃねぇか、頭くらい撫で――ぐほぉぉぉ!!」


 突然、軽自動車に跳ねられたんじゃないかってくらいの衝撃が、横っ腹を襲う。


 軽く吹っ飛んだ俺は、そのまま地面に倒れ込んだ。


「~~ッッ……何すんだよ……ってヒマリ!?」

「いや~。紡が気持ち悪い顔でウサギちゃんに手を出してたから……つい体が動いちゃってね。大丈夫? ウサギちゃん」

「触らないで下さい」

「うぅ……」


 お前も軽くあしらわれてんじゃねーか……。


「ふう……まあ、色々とツッコミたい所ではありますが、お二人が丁度揃ったので用件をお伝えさせて頂きますね」


 ウサギは何事もなかったかのように話し出す。


「まず、ヒマリさんにはこれをお渡ししておきますね」

「これは――『異空展開』? 私、これのストックならまだ二、三個あるよ?」


 ウサギが腰につけているポーチから取り出した物は、不思議な模様が描かれている黒い短刀だった。


「なんだそれ」

「紡は見るの初めてだっけ。これは『魔装具』の一種でね。簡単に説明すると、これに心力ヴァイトを流すと、他人の魔法が使えるんだよ。使える魔法の系統は、生まれつき一人一系統って決まってるから、『魔装具』を使うと色々便利なんだよね」

「へぇ。そんじゃ、俺もそれを使ったら魔法が使えるのか?」

「う~ん……どうだろう……紡は心力ヴァイトのコントロールができないからね――でも、ウサギちゃんは何でわざわざこれを?」


 ヒマリへ『魔装具』を渡したウサギはポーチからさらに手紙を取り出した。


「おい、それってまさか……」

「はい。そのまさかですよ。クレア様からの手紙です」

「だぁ~! またあのハイテンションメッセージを聞かされるのか」

「アハハ……」

「では読みますね。『はーい! みんな大好きクレア様だよ! 紡君とヒマリちゃんは元気にしてるかな? ち・な・みに私は最近ちょっと風邪気味です。うぅ、夏風邪ってやつかな。夏だからって油断してるとヒマリちゃんたちも風邪を引いちゃうぞ!』」


 待て待て待て。出だしからクライマックスじゃねーか!


「お、おい! お前の上司そんなんでいいの!? てか、魔界にも夏風邪あるの!?」

「魔界も今は夏真っ盛りですからね。暑いからといって薄着をしたまま寝ると、風邪引いちゃいますよ」

「そ、そうなのか……いやそこはどうでもいいけど! クレア様って、ほんとに信頼できるのか? 前から思ってたけど適当なやつにしか思えねーよ」


 それを聞いたウサギは険しい表情でこちらへ視線を向ける。


 そんな雰囲気から怒り出すのかと思いきや、


「安心してください。クレア様は素敵な女性ですよ」


 と、初めて見る笑顔で答えるのだった。


 ウサギは心のそこからクレア様を心酔しているらしい。そりゃあ、自分のキャラ設定も難儀するわ。


「あっ……そうですか……はい」


 もうツッコむだけ無駄な気がしてきた。


 そんなに淡々と返されては、俺が間違っている気がしてきた。いや、でも確かに俺がまともっていう確証もないし――うん、面倒くさいしもう考えるのやめよう。


「続きを読んでも宜しいですか?」

「うん……俺はもう何も言わない……」

「では。『さっ! 冗談はこのくらいにして、今回ウサギに伝言を頼んだのは、二人にあるお願いがあるからです。そのお願いとは、晴風町にある中央魔法機関の施設に取りに行って欲しいものがあるのです。詳しくは、ウサギから聞いてね。P・Sヒマリちゃんには人間界に行くときに渡したものよりも強力な魔装具を渡しておきます。きっと必要になるだろうから、ちゃんと身につけておいてね』以上がクレア様からの伝言です」

「中央魔法機関の施設? そういや、前の手紙でも機関御用達の施設がなんとかって言ってたな」

「人間界には、こっちの世界に来た機関員たちが滞在するための施設がいくつかあるんだよ。私みたいに、誰かの家に居候ってわけにもいかないからね。でも、クレア様はなんで前より強力な魔装具を……」

「お前の信用ないんじゃないか?」

「そ、そんなことないもん!」


 ウサギは手紙を読み終えると、ソファに座る。


 そして、テーブルの上に新たなに取り出した大きな紙を広げた。


「これを見て下さい」


 俺とヒマリもテーブルを囲み、ウサギの広げた紙に目を通す。


 それは晴風町の地図だった。


 手書きで書かれており、若干小学生の落書きにも見えなくはないが、町の全体像や特徴は掴んでいる。


 よく見ると、町の東側にある山間部を示す部分には大きな赤丸がつけられていた。


「このしるしがついてる場所に行けばいいのか?」

「はい。ざっくりと書かれていますが、山頂まで行かなくとも、中腹あたりにあると思います」

「ふーん。それで、取りに行って欲しいものってなんなんだ?」

「それは——」


 ウサギは意味ありげな目つきで、俺とヒマリを交互に見る。そして、ゆっくりと目的を告げた。


「クレア様の日記です」

 

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