第6話 ハーレムは天国とは限らない

「あのー紗希さん。それとヒマリさん。ツッコミたい事がありすぎて、どこからツッコんだらいいか分からないんですけど」

「なんだよ紡。またそれかよ。同じくだり昨日もやっただろ」

「紡それ気に入ってるの?」


 時刻は十二時三十分頃。


 日差しが強くなり、気温も最高潮を迎え始める昼下がり。


 すっかり夏本番を迎えた我が晴風町はれかぜちょうは、本日も最高気温三十二度と真夏日を記録している。


  そんな暑さにやられ、のそのそと起き上がり、リビングへやってくると、そこには昨日よりも常軌を逸した光景が広がっていた。


「いや~俺もさ、しつこいかなって思ったよ? 何回同じこと言うんだって。語彙力心配になるなって。お馬鹿さんなのかなって」

「まあ、お前の馬鹿は今に始まったことじゃねーし」

「今俺の知能は関係ねーだろ!」

「自分から言ったんじゃねーか……」


 呆れる顔で返す紗希の手にはビール缶が握られている。


 社会人がド平日の昼間からお酒を飲むのはホントに止めて欲しい。


 十七年一緒に暮らしてきて、この人の収入源は未だに分からない。一体うちの生計は何で成り立っているのだろうか……。


 詳しく聞こうとしても「ひ・み・つ」と、語尾にハートマークがつきそうな鬱陶しい返しをされるだけなので、三回目くらいで探ることを諦めた。


「あのさ、もうね。俺の心のキャパは一杯なんだよ。脳のストレージは限界なの。それもこれも赤髪の魔法少女の容量がでかすぎなんだよ! 通信制限かかってんだよ!」

「えっと……。紡の言ってることはよく分からないんだけど……。私の髪は赤色じゃなくて朱色だよ?」

「そんなことどうでもいいわ!」

「ご。ごめん……」

「一体何なんだ……。俺が何をしたって言うんだ。どうしてまた……」


 そう言いながら頭を抱えてうなだれる。


「ま、まぁ。落ち着きなよ」

「落ち着いていられるかぁぁ! どうして……どうして!」


 俺は、本日再びアップデートされた〝非日常〟を指差しながら叫んだ。


「どうしてうさ耳の幼女がうちにいるんだよぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺の人差し指が示した先には〝頭からうさぎの耳が生えた小学生くらいの女の子〟がちょこんとイスに座っていた。服装はヒマリと同じローブを身に纏っている。


 狼狽うろたえる俺をよそに、うさ耳の幼女は淡々と自己紹介を始める。


「初めまして、紡さん。ウサギと申します。以後お見知りおきを」

「まんまだった! 名前そのまんまだった!」

「えぇ。名前というよりはあだ名に近いですね。皆さんがそう呼ばれるので、私もそう名乗ることにしています」

「へ、へぇ~……。そうなんだ……」


 ウサギと名乗る彼女は、無気力そうなジト目でこちらを見ている。


 三白眼の瞳は紫。髪は透き通るような白銀のボブカットといったところか。そんな白銀の髪の上には全長三十センチメートルほどのが生えている。


 最初はうさ耳のカチューシャでもしているのかと思いたかったが、カチューシャに当たる部分が見当たらないことと、ぴょこぴょこと意思を持つように動くを見て、本物だと信じざるを得なかった。


 ちなみに、耳はクリーム色である。


「ウサギちゃんはね。すっごい人気者なんだよ~」


 そう言って、ヒマリはウサギの頭をよしよしとあやすように撫でる。


「止めて下さい」

 

 ウサギは道端に落ちたゴミを見るような目つきでヒマリを睨み付けながら、パシッと彼女の手を弾いた。


 えっ。怖い。ウサギちゃん怖い。


「はぅぅ! ウサギちゃん、私に何故かあたり強いよね……」

「そ、それで君はどういった用件でうちに?」


 俺は取りあえず話を聞くことにし、紗希の横へと座る。


「はい。それにつきましては、皆さんがお揃いになられたようなので、今からご説明させて頂きます。そのために私はここへ来たので」


 ウサギはその幼い風貌に似つかわしくない、機械的でどこか気品さも感じさせる口調で説明に取りかかった。


「そうですね……。まずは私とヒマリさんが何者かについて話しましょうか」


 彼女達が何者か。それが一番聞きたかったことかもしれない。


 昨晩は結局、ヒマリは家についても目を覚まさなかった為、事情を聞きそびれてしまっていた。


「私達は紡さん達が住む、ここ。〝人間界〟とは違うもう一つの世界である〝魔界〟からやってきました」

「〝魔界〟って……。本当にそんなものが……」


 確かに、俺たちの住む世界に出現するあの化け物の存在を鑑みれば〝魔界〟なんてものが存在していてもおかしくはないかもしれない。


「そして、その魔界に存在する組織である〝中央魔法機関ちゅうおうまほうきかん〟。その本部である〝セントラル〟にウサギとヒマリさんは所属しています」

「ちゅーおーまほうきかん? せんとらる?」


 聞き慣れない単語の連続に思わず間抜けな応答をしてしまう。


「はい。私は機関の最高責任者である〝クレア様〟の秘書。ヒマリさんは、機関内の〝第二戦闘班〟に配属されている、〝上級魔女〟。かいつまんで話しましたが、以上が――」

「ちょっ! わからんわからん! 省略しすぎ! 全然話が見えてこないんだけど」


 詳しい説明を求める俺に、ウサギは「はて? なんのことやら」といった表情をしている。


「今の説明では不十分だったでしょうか?」

「何一つ足りてないよ……。紗希も何とか言って――酔いつぶれてる!?」


 大事な話の最中だと言うのに、紗希は隣で気持ちよさそうにいびきをかいていた。


 何時から飲み始めたかは知らないが、テーブルの上には空き缶が十缶程転がっている。


 そんな混沌とした状況にヒマリは意気揚々と参戦する。


「じゃあ私が代わりに説明するよ! あ、ちなみに私は史上最年少で――」

「ヒマリさんは黙っていて下さい。話が進まないので」

「うぅ! 分かったよ……」


 ウサギはヒマリに何か恨みでもあるのだろうか……。


 開始三秒で撃墜されてしまったヒマリは、飼い主に怒られた犬のようにシュンとしている。なんか不憫になってきたな。後でアイスでも買ってやろう。


「では、もう少しお話しましょうか。機関に所属する機関員達は〝カルディア王国〟の治安維持や魔獣シャドウ討伐。魔法技術の発展を主に担っています。カルディア王国とは、魔界で唯一国として機能している地域のことです」

「国が一つしかないのか?」

「はい。魔界では人間が安全に暮らせる場所は限られています。魔獣シャドウを野放しにすれば、魔界はいずれ滅んでしまうでしょう。そんな中、魔獣シャドウに対抗するために組織されたのが中央魔法機関なのです」


 だんだんと話が見えてくる。


 しかし、腑に落ちない点がある。


 ヒマリは、魔獣シャドウを討伐するために人間界に来たんだろうけど、何故わざわざ機関は人間界を助けるのだろうか。


 話を聞く限りでは、人間界と比べて魔界における魔獣シャドウの脅威は比にならない。


 人間界で魔獣シャドウの被害がどれだけ出ているかは正直分からないが、晴風町では月に一、二回。多くても三回程しか現れない。


 ここ最近では、さらに少なくなっている気もする。


 それに紗希に昔「化け物のことを知っている奴はほとんどいないから。学校とかで話すんじゃないぞ。友達いなくなるぞ」と忠告されたことがある。まあ、別に話さなくても友達はできなかったが。


 実際、紗希以外から魔獣シャドウの話は聞いたことがないので、人間界では滅亡の危機に晒されるほど出現していないのだろう。


 素朴な疑問をウサギにぶつけてみる。


「気になったんだけど、どうして人間界の魔獣シャドウまで気にかけるんだ? 魔界は自分達で手一杯じゃないのか?」

「それについては、クレア様の意向ですので私からは何とも……。ただ、『だから』と、そう仰っていました」

「約束?」

「はい。相手は分からないのですが、クレア様もそれ以上話そうとはしないので」


 俺と紗希が誰かに頼まれる訳でもなくこの町を守っている様に、人間界にも人知れず魔獣シャドウと戦っている人がいる。その可能性は十分にあるだろう。


 きっと、そんな誰かとの約束なのかもしれない。


 ウサギでも分からないことを、俺が考えても答えが出るはずがないので、今はそう思うことにした。


「さて、そろそろ本題に移りましょうか。私がここに来たのは、巻き込んでしまった紡さんへの状況説明と、ヒマリさんへクレア様からの伝言を承っているからです」

「クレア様から? な、なんだろう」

「手紙を預かっていますので読み上げますね。『やっほ〜! 元気にしてる? 昨日は大変みたいだったね。あ、転移のことだけどね。本当は機関御用達の施設に転移させるつもりだったんだけど、うたた寝してたら失敗しちゃった! 結果オーライってことで許してね? それから、ヒマリの任務は討伐後、数日で帰還ってことだったけど、もう暫く人間界に滞在すること。勝手に帰ってきちゃ駄目だよ? それじゃ頑張ってね〜。——追伸。ヒマリのことを宜しくね、紡くん』——以上が手紙の内容になります」

「ヒマリがうちに来た理由酷すぎだろ……」


 えらくテンションの高そうな内容を、ウサギは声色ひとつ変えずに読み終える。


 何だかぶりっ子女子高生が書いたみたいな手紙だったけど、最高責任者がそんな感じなので急に中央魔法機関が怪しく見えてくる。


「私帰っちゃ駄目なの? なんで!?」

「その方がヒマリさんのためになると仰っていました。それと『どうせだからそのまま紡くんの家にお世話になりなさい』とも」

「そ、そっか……。まあ、クレア様の命令ならしょうがないけど。紡は大丈夫? もう少し、この家にいてもいいかな……」

「ああ……。なんかもうツッコむのも疲れたし……。それでいいよ。どーせ紗希もいいよって言うだろし。てか何で、クレア様は俺のこと知ってんだよ」

「クレア様は全てお見通しですので」


 すごいなクレア様。全く人物像は掴めないけれど、ヒマリ達が素直に命令を聞く辺り、人望はそれなりにあるのだろう。


「用事は済みましたので、私はこれで失礼します」


 一通り説明を終えたウサギは、イスから立ち上がり、リビングから出て行こうとする。


 しかし、突然目を覚ました紗希がそれを引き留めた。


「な〜につれねーこと言ってんだ! もう少しゆっくりしてけよ! そうだ。丁度昼時だろ? 飯でも食ってけ。紡がご馳走を振る舞うからよ〜」

「おい酔っ払い。適当なこと言ってんじゃねーよ」


 出来ればずっと寝ててくれたら良かったのに。絡み酒モードになった時の紗季は世界一面倒くさいと思う。


 幾度となく、俺はこの状態の紗希のせいで寝不足になっただろうか。


「それにしてもウサギは可愛いな〜。今日は泊まってけよ〜」

「いえ、それは出来ませ——ッッな、なにするんですか!」


 紗季は、出ていこうとするウサギを後ろから抱きしめ、頭を撫でる。


「ほれほれ〜」

「や、やめてください!」


 さっきまで表情一つ崩さず話していたウサギだか、今は完全に紗季に翻弄されている。 

 ヒマリの時は明らかに嫌悪感を出していたけど、紗希に撫でられるのは満更でも無さそうだった。


「いいなぁ……」


 そんな光景をヒマリは羨ましそうに見つめていた。本当に可哀想だなこの子。


「おい、紗希。その辺にしとけよ。悪ノリが過ぎるぞ」

「そんなこと言って〜。お前もなでなでしたいんだろ?」


 そう言って紗季はヒョイっとウサギを持ち上げ、俺の方へと向ける。


「ふ、ふざけんな! だれがそんなこと!」


 ウサギは困惑した顔でこちらを見ている。ああ。紗希が女で本当に良かった。そうでなければ絵面が大変なことになる。


 ていうか、何だこの状況は。もういやだ。今すぐ逃げ出したい。ここは一見ハーレムに見せかけた地獄かなんかなのだろうか。


「ああもう……こんなとこいられるかぁ!」


 そうして、収集のつかない状況に精神が崩壊しかけた俺は気分転換に出かけることにした。

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