第八夜 悪魔は天使を引き留めたい

エデターエル王国から外交に第一王子と第七王女を向かわせる旨の返答があった。使者を務めたアルミエル教授によれば、案の定、天使の権威を守るための話し合いが持たれたとのことだった。

ソフィア様により、神代のころと異なる形骸化された儀式は天使の力不足ではないかという疑念が出てしまったかららしい。


第一王子ラファエルにより、それを示した天使ソフィアがいなくなったところで疑念は晴れず、反対に神に愛された証となるだけと説得したらしい。

そして、ソフィア様を守る主格である第一王子ラファエルが不在となる外交期間にソフィア様がになる可能性が否めないためにフェーゲに来ることになったと。



「なーんか、こういうの聞くとさ。天使も魔族とやること変わんないね。天使と魔族の違いって、実力行使に出ないだけっしょ」

「同感です」



ベリアル家が放っている間者からの報告に同席したシジルが呆れたようにぼやく。ようやくシジルのことを側近と認めたらしいペトロネア殿下は、これまで私に任せていた裏方にシジルも加えるよう命じてきた。

ベリアル家としても、同じ悪魔系のアスダモイ家に一部の情報提供者を共有することに異論はない。反対に忠臣と名高いアスダモイからもたらされる情報も多い。



「じゃあ、俺ならさ。外交で国外に行ったぐらいで諦めないな」

「そうでしょうね」

「じゃあ、起こり得るのは社交のかな」

「ええ、その辺りが無難でしょう。あとはどこが買収されているかですね。有力なのは魔力に乏しい獣人あたりでしょうか」

「あぁ、今は悪魔系も精霊系も魔力には困っていない。竜族は魔力頼みは弱者の証とさえしているからな。天使からの恵や魔力を得るために多少の荒事を引き受けるのは獣人だろう」



獣人となれば、先日王位継承権を破棄した第三王子からの報復か。もしくは獅子の第四王子か。第三王子にそこまでの気概はなかった。一族の悲願だからと立つことを選んだだけの者で、ペトロネア殿下と刺し違えてもといった志はないだろう。



「そろそろいらっしゃるころですね」

「マリアン、俺、お前のこと嫌いじゃないよ」

「奇遇ですね、私も貴方が試験に通るよう祈っていました」

「試験って、マジか。まあ、マリアンがそういうなら合格したのか。あっぶねえ……じゃなくて、俺が新参だから任せられなかったのかも知んないけど、もう少し頼ってくれよ」



露悪的に笑ってみせたシジルが扉の開く音に反応して真面目な顔を取り繕う。ソフィア様とラファエル様のご来臨だ。後光が差しているようにも見えるほど美しい天使たちに、再会の挨拶を述べて、今回のエスコート役を告げる。ラファエル様は以前より外交でのやり取りがあったシジルの方へ向かった。


ソフィア様が学院でのマントを身にまとっていないだけで、また違った印象を覚えて緊張しているだなんて情けないことは言えない。

気を紛らわすようにソフィア様にお渡しした魔道具に魔力を込めながら、きちんと守りが作動するか確認する。



「御守りはつけてきていますね。ソフィア様、約束して欲しいことがあります」

「なにを?」

「もし、御身が危険に晒されたときには魅了を使ってください。その場にいる誰を魅了しても構いません」

「え?」

「フェーゲの情勢は聞いているでしょう?ペトロネア殿下へ瑕疵をつけるために、国の賓客であるあなたがたを狙う者が出るかもしれません」

「うへぇ、そこまでか」



フェーゲなら有り得ると考えているのか、それともエデターエルでの不穏な空気を悟っていたのか。守りが問題ないのかといった外交官として確認するべき当然の事項を一切気にせずにソフィア様は私を呼んだ。



「どうしました?」

「私はね、第七だからエデターエルからしても、さほど重要でもない。だから身を守るよりも、信念を通すよ」



そう言ってソフィア様は底抜けに明るく笑う。その笑顔に儚さを覚えて、無理にでも捕まえたくなる。神に愛されるとは、早く地獄の門に招かれるという意味だ。

なぜ心優しいソフィア様を狙うのか。ソフィア様が神に拐われるかもしれないと思うだけで、腹の奥底に風が通るような冷たい心地を覚える。これまで数多くの魔族を陥れてきた私が今さらなにをと冷静に言う言葉も頭にあるが、それ以上に冷たい風の方が気になる。



「あなたならそういうかもしれないと思っていました」

「さすがマリアン。さて、兄様たちは転移陣から降りたみたいだし、私たちも行こうか。

それに、魅了以外の天使の特性知らないの?ラファエル兄様を口説き落とせたなら、天使は心理戦でよい戦力になるよ?」



その言葉に言い返しそうになって口を噤んだ。私はこれまでソフィア様以外の他人の心など知りたいと思ったことはない。


社交で相手の心を知るために悩むことなどなかった。ほとんどのものが自己の派閥と保身のために動いていた。それを読み違えたことはなかった。

ただ、ソフィア様だけが神に愛されることを厭わない。他人を尊重して自己に不利があっても飲み込むような方を私は他に知らない。



「天使は相対する相手の心を読む。色を見るって言うんだけどね。魅了が弱い子はそれで世渡りしている。ちなみに私は見ないよ、だからラファエル兄様を口説くんだね」



ラファエル様に伺って答えてくれるだろうか。ソフィア様の望みはなにかと。


黙ってしまった私との沈黙を埋めるようにおどけてくれたソフィア様に合わせて、フェーゲ王国に戻るべくソフィア様をエスコートした。

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