第12話4-2:つまらない

「はーあ」


 僕はため息を漏らしました。そして、その時に自然と手を自分の胸に当てていることに気づきました。それは意図したものではなく、癖としてあるものでしょうか?

 僕が思うに、社会的にはため息を漏らすときに胸に手を当てるというステレオタイプなイメージがありそのイメージに引っ張られただけなのでしょう。この動作には僕の意思というものはなく、社会的に教育された犬畜生の所業でしかないのです。折り紙女子に聞いたらそういう返事が返ってくることはわかりきっていました。

 それでも僕はラッキーだと思いました。意図せずとも胸に手を当てることができたのです。これで胸に手を当てて悲しみに暮れることができるかを体験できます。

 僕は悲しみを感じませんでした。形から入るタイプならこの動作からスイッチがないって本当に悲しむことができるはずです。それができないということは、このことに対してきちんと教育が施されていない犬だったらしいです。

 さて、ここで問題が発生しました。この手を胸から下ろすことが恥ずかしくてできませんでした。自意識過剰の僕がこの問題をどう解決したらいいのか、周りがどういう目で見ているのかを考えると心臓が開封せずに凍らせたペットボトルのように冷たく張り裂けそうでした。

 僕は寒さに震えるのに似た外観で緊張の震えを発していました。どうしたらいいのか分からずに頭の中は雪化粧のように真っ白になりました。僕は身も心も寒さで感覚がなくなればいいのにと思いながら体の芯から恥ずかしさで熱くなりました。

 僕は手を下ろしました。知らない間に手を下ろしていました。だらーんと首がもげた頭のような力のないたれ方でした。

 そんな僕を知ってか知らずか……十中八九知らずに周りの人は談笑していました。僕は自分の中で暖房が起動しているのを感じながら、周りの冷たいほどの自分への興味のなさに温度差を感じていました。僕の中では自分の人生で経験したことがあるかないかの大きな行動をしたのですが、それは周りからは些細であり取るに足らないことなのです。

 せめて授業中に折り鶴をつくるくらいのことをしないと周りは興味を持たないでしょう。そういえば忘れていましたが、折り鶴女子は今どうなっているのでしょう?僕はすっかり画面が真っ暗になったスマホを机に放り出したまま目を向けました。

 相変わらず興味なさそうに男子生徒の相手をしていました。よく見たら黒のローファーのつま先部分の面がモグラのように起伏を起こしていました。おそらく指を高速で動かして貧乏ゆすりのようにストレス解消しているのでしょう。

 相当男子生徒の相手が嫌ということでしょうが、男子生徒はそんなこと関係なく話しかけていました。表情だけ見たら相変わらずの無愛想だからわからないですが、この男子生徒相手はすごく嫌なのでしょう。そういえば、僕がこの男子生徒と同様に積極的に話しかけた時はどういう足の状態だったのでしょう?

 おそらく、今と同じイライラの指さばきが行われていたのでしょう。僕は折り鶴女子を知らないうちに相当イライラさせたのでしょう。僕は自分の無知にゾッとしたとともに、折り鶴女子が机上の存在ではなく普通の女の子であることに安心と残念さを感じました。

 かぐや姫でも天女でもなく、ただ単に授業中に眠たいから折り鶴を作った博識で無愛想で意外と優しいだけの女の子でした。それはそれで魅力的ですが、彼女にこれ以上迷惑をかけるのも申し訳ないから、遠くから眺めるだけにします。僕はチープな言い方をすると彼女に恋をしたのかもしれないし、一般的な言い方をすれば失恋したのかもしれないし、彼女の言い方をすれば周りの状況から導かれた心情と行動をしたのかもしれないです。

 何はともあれ、自分の意思だろうが周りの状況から導かれただけだろうが、僕はいつもどおりの学校生活に戻るだけです。それは彼女もそうですし、周りの人々もそうです。ただ、彼女に熱烈アプローチしている男子生徒だけは異質な雰囲気でした。

 その姿は一生懸命だけれども、そういう人特有の泥臭いカッコよさはありませんでした。見るも無残に踏み潰されたわら人形が腐ったようにほどけていくような様相でした。僕は自己冷笑の息を吐きながら、次のことを思いました。

 恋する男はつまらない。

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恋する男はつまらない すけだい @sukedai

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