第23話4-3蚊帳の外

「あんたが死になさい!」

「でぃあ?!」


 心夢が現れました。心夢は男を首根っこを掴んで橋から落とそうとしました。晴美はその場にヘタリこみました。


「がはぁ、はぁ、姉さん?」

「晴美に何をするの!」


 心夢は鬼の形相で男を睨んでいました。血管が浮かび上がった顔と腕が男を捉えていました。彼女は妹に目をやる余裕がありませんでした。


「ちょちょちょ」

「何か言い逃れはあるの?」

「あああ、ありますとも」

「言いなさい」

「いいいいいいい」

「さっさと言いなさい!」

「て、手を離してください」

「いいえ、このまま言いなさい」

「そそそ、そんな、鬼ですか?」


 男は恐怖と身体的圧迫から痙攣していました。心夢は躊躇することなく落とす勢いでした。それは閻魔大王が悪人を地獄に落とす如くでした。


「妹のためなら鬼でも閻魔様にもなるわよ」

「いいですね、かっこいいですね、役者みたいですよ」

「言い逃れはそれでいいのね」


 心夢はぐいっと力を入れて押し出そうとしました。男は嫌味たっぷりの努めた余裕の顔から慌てふためくギョロ目へとなりました。背中にあたる手すりが暑くて痛くてたまらないことが頭の片隅に不思議と冷静に感じるギョロ目でした。


「すみませんすみませんすみません、きちんと言います」

「それで、何?」

「実はですね、あなたの妹さんが祖父殺しの犯人の可能性があるのです」

「――それで?」


 熱弁をふるう男に対して、心夢は雪女のように冷めた口調でした。男は雪に冷やされたように冷や汗が出ました。背中は痛いままでした。


「それで? それで、って何なのですか? もしそれが本当なら、妹さんは殺人犯であり、あなたが疑われる原因を作った確信犯なんですよ?」

「それがどうしたの! だからといってあなたが妹を殺す理由にはならないでしょ? さぁ。ここから落とすわよ」

「ちょっとまって、めちゃくちゃじゃないですか?」

「めちゃくちゃでもいいわよ。妹を助けるためなら」

「あわわわあ」


 相撲の押し出しのようにあと一歩でした。男は息を止めて、死を覚悟していました。心夢は何も考えていませんでした。



「姉さん、やめて!」


 心夢は手を緩めました。妹の悲痛な声が聞こえたからです。妹の一大事だと思い、最優先だと思い、集中していた手を緩めました。


「げほっげほっ」


 男は咳き込んでいました。在り来りな言葉ですが、男は生きていることを実感しました。失った分を取り返そうと勢いよく呼吸すると肺が痛いと感じました。


「どうして止めるのよ」

「当たり前じゃない。姉さん、殺人犯になるのよ」


 男を蚊帳の外に追いやって、姉妹2人が言い合いを始めました。立ち続けている姉と座ったままの妹とが、意見の違い、視線の違い、感情の違いで食い違っていました。それを埋めるために言葉はあるのですか……


「でも、こいつをほったらかしにしたら危険よ」

「それでもよ。姉さんが捕まってしまうわ」

「捕まってしまえばいいのよ。正当防衛よ」

「それでも、人殺しはダメよ」

「理想はそうよ。でも、さっき晴美が殺されそうになった時に思ったのよ、大切な人のためには人殺しも辞さない、と」


 2人は言い合っていました。きちんと言い合っていました。その言い合いの蚊帳の中に男はめくって入って行きました。

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