第十一話:お誘い

 佳穂達がこの世界に来て四日が過ぎた。


 その間、雅騎が言っていたような、彼らがこの世界に呼び出された意味を感じさせる出来事もなく、人狼達との日常がただ過ぎていった。


 とはいえ。雅騎も佳穂も、それに落胆や不安を感じるような事はなく。折角の機会だと、この村を色々と楽しんでいた。


 間近で見る彼らの日常は、とても新鮮なものだった。

 物語では狩りのイメージが強い人狼。

 だが、朝晩の狩り以外は、農耕などをしている人狼達の姿は、佳穂にとって意外な光景だった。

 また、現代の日常でも中々間近で見る機会のない、革製品や衣類をこしらえる職人的な一面もまた、とても新鮮に映る。


 そんな彼等の日常の中にあり。

 彼らもまた、ただ住まわせて貰っているだけでいられる程、図々しくもない。

 雅騎も、佳穂とエルフィも。それぞれがそれぞれの知恵と力で、村に貢献をしていった。


 佳穂とエルフィは、初日同様に何か怪我などがあった人を治癒し、村の力になっていた。

 村の医者には「こっちの仕事が減って暇すぎる」などと冗談を言われたが、勿論彼女達は病気まで診ることはできない。

 実際には怪我を任せられる分、集中して療養すべき者達が診られると、治した患者だけでなく、医者にも感謝されていた。


 一方、雅騎はといえば。塩の精製の一件から、村の中の共同の調理場に入り浸る事が増えた。

 といってもその大半は、主に料理を作る女性陣達の料理についての質問攻めや、新しいレシピの考案を手伝うというもの。

 やはり料理というのはマンネリ化しやすいのか。何か新しいレシピはないかと色々問われ。元々この村で馴染みのなかった料理を色々と発案しては、皆を味の虜にしていった。


 未だつがいの相手に恵まれない者には、


「こんな料理のうまい旦那様と、夫婦になれたらなぁ」


 などと、遠回しにアピールされる事もしばしば。

 しかしその度に、恋愛沙汰こういう事に疎い彼は、自分へのアピールと気づかずに、やれ


「きっと素敵な人が見つかりますよ」


 だとか、


「皆さんお料理お上手なんですから、そんな旦那さんじゃなくても大丈夫ですよ」


 など、彼女達の言葉を掻い潜る天然っぷりを発揮していた。


* * * * *


 その日の昼過ぎ。

 雅騎達は一度家に戻り、少し遅い昼を居間で取っていた。


「まさか、ここでハンバーグを食べれるなんて思わなかったなぁ」


 相変わらず至福をとても満足そうな笑みで表現しながら、佳穂は切り分けたハンバーグを口に頬張っていた。


 雅騎は、孤児院のマザーがお裾分けしてくれた、トマト風の野菜を使った煮込みスープを利用し。鹿肉と猪の脂肪をミンチにし、卵をつなぎに使ってこね。焼いたハンバーグを貰ったスープで煮込んだ、煮込みハンバーグを作っていた。


 まるで現代のトマトソースのハンバーグを彷彿とさせ、スープにある酸味と肉の旨みがとても口に合う逸品。

 それが佳穂の心を、しっかりと鷲掴みにしていた。


「結構時間掛かったよね?」

「まあ、包丁だけでミンチにしたしね。とはいえ、調理場でみんなに教える時に余分に作っておいたから、手間はそんなに掛かってないけど」


 事前に準備しても手間は手間なのだが。

 それを感じさせない彼の語り口調には、相変わらずの気遣いを感じる。


「何かごめんね。私、作ってもらってばかりで」

「いいのいいの。俺、これ位しか取り柄ないし」


 申し訳なさそうな佳穂を安心させるように笑った彼は、自身も肉を口に入れ食べ進めていく。


「でもマザーさんの作ったこのスープ、本当に美味しいよね。これがなかったらこの味出せなかったよ」

「うん。何ていうか、お袋の味っていうか。凄く繊細だけど、しっかりした味だよね」


 互いに感心しながらそんな話をしていると、


「入るわよ」


 何処かクールな声と共に、家の扉がガチャリと開いた。


「あれ? レティリエにレベッカ、それにナタリアまで。どうかしたの?」


 そこに現れた彼女達を見て、思わず首を傾げる佳穂達が未だ食事中なのを見て、中に入って来た彼女達はきょとんとする。


「まだ昼も食べ終わっていないの? ……って、随分変わったもの食べてるじゃない」


 相変わらず何処か皮肉めいた言い回しをしたレベッカが、ふと三人が食べている煮込みハンバーグに目をやる。


「速水君が作ったハンバーグ。食べてみる?」

「ハンバーグ? よく分からないけど、一口いただくわ」


 一度怪訝そうな顔をしつつも。佳穂から受け取ったフォークに刺さった肉を口に頬張った瞬間。

 レベッカの目の色が変わった。


 それを見て、レティリエとナタリアが顔を見合わせると。


「雅騎。私達も少しいただいてもいい、かな?」


 おずおずとレティリエが申し出た。


『でしたら、こちらをどうぞ』


 側に座るエルフィが皿とフォークを差し出すと、レティリエとナタリアはごくりと唾を呑み込む。

 そこから漂う香りが既に、昼を食べ終えたはずの二人の食欲をそそっている。


「先、食べてもいい?」

「あ、うん」


 ナタリアの呟きにレティリエが頷くと、彼女はゆっくりと肉を切り分ける。

 すっと通るフォークに目を見開き。ゆっくりと口に頬張った肉から感じるジューシーな肉汁と、普段食べる肉と違う柔らかい食感が、更に目を丸くさせる。


 ナタリアはそのまま何も言わず、食べてみてと言わんばかりにレティリエにフォークを渡す。

 そして彼女もまた同じように肉を口に入れると。


「美味しい……」


 驚愕した表情を見せ、思わずそう、呟いていた。


「だよね? 私もびっくりしたもん」


 まるで自分が褒められたかのように喜ぶ佳穂。

 雅騎も、皆の反応に満更でもない顔をしていたのだが。


「雅騎。今日は予定があって無理だけど、明日にでもこれのレシピ教えなさい。絶対よ。分かったわね?」


 突然。言葉に強い圧力をかけ、レベッカが雅騎に視線を向けた。それはもう、有無を言わさぬ鋭い眼光で。


「わ、わかり、ました」


 あまりの圧に、思わずたじろいだ、雅騎は少し引きつった笑顔でそう返事を返していた。


『それより、皆さん揃ってどうなされたのですか?』


 何処か微妙な空気が漂ったのを感じてか。

 エルフィが話の流れを元に戻すと、レティリエ達ははっと、訪問した理由を思い出す。


「そうそう。午後、ちょっと佳穂とエルフィに付き合って貰いたい場所があるのだけど」

「え? 私達に?」

『何処かで怪我人でも出たのですか?』


 ナタリアの言葉に、二人は顔を見合わせると、思わず表情を引き締める。が、それを慌ててレティリエが両手を振って否定した。


「あ、違うの。私達だけで、ちょっとお出掛けしようと思っただけで。折角だから佳穂とエルフィも一緒にって」

「え? そうなの?」


 予想外の言葉にきょとんとした佳穂は、ふっと雅騎の方を見た。

 確かに折角の誘い。だが、何となく雅騎を置いていくのははばかられる気持ちになったからなのだが。視線に気づいた雅騎は、その気遣いを感じたのか。何時ものように笑う。


「折角の女の子同士なんだし。気にせず行ってきなよ。こっちはこっちで好きにやってるからさ」

「うん。じゃあ、お言葉に甘えるね」


 それは彼の優しさと分かるからこそ、佳穂も笑顔で頷き返したのだが。未練すら感じないあまりにさっぱりした彼の反応に。


  ──雅騎って、本気で佳穂の想いに気づいてないの?

  ──これは……。佳穂も先が思いやられちゃうわね……。

  ──もしかしてあいつ、グレイルより鈍感なんじゃないのかしら……。


 レティリエ、ナタリア、レベッカの三人は、思わず同時に呆れるようなため息を漏らし。そんな彼女達の反応に、雅騎、佳穂、エルフィもまた、何事かと不思議そうに顔を見合わせるのだった。

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