3 邂逅

「先輩、隣どうぞ」


 二人して窓辺のカウンター席に並ぶと、まるで友達とカフェにでも来ているようである。

 グミという人物を判断しあぐねる一方で、そんなシチュエーションは灯里あかりにとって嬉しいものだった。


 落ち着いて見てみると、ずいぶん幼い。

 化粧はしているが、もとの顔立ちがあどけないので全然際立っていない。それにそう言えば身長も低かった。本当に高校生なのか心配になる。


 まぁ。


 未発達、という点において灯里だって他人のことは言えないのだけれど。


 それでも灯里は顔立ちだけは凛としている。そこが二人の差を決定づけており、グミは灯里と似たような化粧をしているのだけれど、灯里は「ギャル」なのにグミはまるで「垢抜あかぬけた小学生」のようである。


 ――それにしても、


 灯里の化粧と酷似している。色合いだとかアイラインの引き方だとか、そういうのが自分とそっくりだった。


 あまりに灯里が熱心に眺めるものだから、グミはなんですか、と不思議そうに目をしばたたかせた。


「ねぇ。なんで私のこと知ってんの?」


 灯里が尋ねる。

 まず最初に払拭したい疑問である。グミは灯里が名乗ってもいないのに、灯里先輩、と呼んだ。


 グミはすると愛らしい笑みを浮かべ、すこしの間も空けずに答えた。


「そんなのとっくの昔から知ってますよー。なんてったって私、附中ふちゅうにいた頃から先輩のことよく見てましたから!」


 ――附中。

 附属中学校のことである。


 要するに灯里と同様、この子も内部進学してきた口らしい。

 まぁそういうことなら納得だ。灯里は自分でも知らないうちにこの子と中学時代を過ごしていたという訳だ。


 それにしたって。


「私、部活も委員会もやってなかったし、学園祭とかの学校行事もことごとくスルーしてきたけど……。見かける場所なんてあった?」


「ありましたありました。先輩は知らないかもですけど、私たち家近いんですよ。金山駅の一番ホーム、朝八時六分に出る高蔵寺行きの電車に乗って、学校までのおよそ五分間。かれこれ三年。陰ながらお供して参りましたよ!」



 え?



 灯里はぴたりと動きを止める。

 それは一歩間違えばストーカーと呼ばれる行為では。というか、既にもう道を踏み外している気もするが。


 グミはほとんど早口で続ける。


「ギャルで恰好いいし、顔もキレイだし、お化粧も上手だし! モテそうなのに人を寄せ付けないオーラというか……もう! 色々と憧れですよ!」


 言いながら両頬を押さえるグミは、まるで女子がスイーツを語る時のように幸せそうな顔だった。

 ひとしきりもだえたあと、グミは誇らしげに自分の顔を指差した。


「私のこの化粧は、灯里先輩を参考にしてるんですよ!」


 その瞬間、ずがん! と雷に打たれた。頭の中心がびりびり痺れる。


(私が、人に、憧れられている、私が、人に、お手本にされている……!)


 こぼれ出そうになる笑み。灯里は慌ててきゅっと唇を結ぶ。


「おぅ……、そうか」


 スマートな先輩を装ったのである。灯里は自分を飾ることにかけては一流だった。


 ――ぶっちゃけ。


 やってる事はストーカーだろと思う。

 でも、きっと根は純粋なのだ。多分。だからぎりぎりセーフ。ていうか、こっちがストーカーしたいくらいに可愛い子じゃん、だからいいの、――と、己の都合で正当化した。


 それも仕方ない。


 だって灯里は生まれてこの方、こんなに褒められたことなど無かったのだ。

 胸もなければ背も低い。グミは褒めてくれたが容姿だってズバ抜けていい訳じゃない。おまけに頭も悪い。灯里がギャルメイクをしているのは、逸物いちもつ与えて生み落とさなかった天への反抗なのである。


 グミは続ける。


「だから『灯里先輩が入部する』って凛子りんこ先輩からメッセージがきて、私めっちゃテンションあがっちゃったんですよ! 張り切りすぎて一番乗りしちゃいました!」


 なるほどね、と灯里はうなずく。


 その灯里先輩は待てど暮らせどやって来ないし、そりゃあんな不貞腐ふてくされた態度にもなるわ――と、灯里はここへ来たときのグミの様子を思い出した。


 やはりあれは不貞腐れていたのだ。



「ところで他の人たちは? まさかカラオケ部はグミちゃん一人、ってことはないでしょ?」


「えっと。先輩を含めて六人いますけど、一人はいつもORCA/noteオルカ・ノート本社で活動してますし、ここに来るのは……あと三人です。あ、でも凛子先輩は会議だって言ってたから……」


 ――まぁそのうちみんな来ると思います、とグミは投げやりにまとめた。

 そうやってせっかく話をまとめてくれたのだけれど、灯里は後半の方は聞き流していた。


 引っかかったのは、


ORCA/noteオルカ・ノート本社で活動』


 その一言。


(いつもORCA/noteオルカ・ノート本社で活動してるって……、そんなことがあり得るのか? 高校生の身分で?)


 けれどもしそれが本当なら。

 灯里は心が躍った。理由もなく走り出したくなった。出会った。出会えた。出会えちゃった。めちゃくちゃ興味がある。これだ! と思った。――心にビビっとくるもの。灯里が輝く場所、



 ――私の求めた、



 高ぶらずにはいられなかった。

 何故ならそこは、灯里が四年間人知れずクレームを送り続けた場所なのだから。


 行ってみたい。


 ――本当の意味でカラオケが場所へ。


(問題は……)


 どうしたらそこへ行けるのか、だ。


 灯里はカウンターの椅子を回してグミに体を向けた。詳細を尋ねようと口を開いたそのときだった。


 がらがらと戸を引く音が教室内に響く。

 振り返った戸口に、二人の姿を見た。


 一人はぼさぼさと頭に寝癖をつけた眼鏡の男で、もう一人はショートボブの金髪の女だった。金髪の方は黒いリュックを背負っていた。


 二人は楽しげに言葉を交わしながら教室へ入ってきたが、灯里は二人のうち、男のほうに目を凝らした。


「あ……お前は…………、カラオケ屋!?」

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