【03/81π】まだ見ぬ未来のその先を

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本編: 『10話 ジネットへのテスト』

視点: エステラ

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「やぁ、来たよ」

 

 陽だまり亭のドアを開ける。

 これまでなら、ジネットちゃんの温かい笑顔と「いらっしゃいませ、エステラさん」という可愛らしい声に出迎えられていたのだけれど。

 

「また来たのか。暇だなお前は」

 

 ここ数日は、こうして仏頂面の憎まれ口が出迎えるようになっていた。

 

「陽だまり亭の昼食一週間は、ボクが労働と引き換えに得た正当な対価だからね。遠慮なく恩恵にあずからせてもらうよ」

「昼飯を毎日食うとは……卑しいヤツめ」

「いや、昼食を毎日食べるのは普通のことだよ」

 

 嫌そうな顔を隠そうともしないこの男は、今ボクが最も注目をし、警戒を抱いている人物。

 オオバヤシロ。陽だまり亭の新しい従業員であり、一時的にこの街『オールブルーム』をザワつかせた張本人だ。

 

 ボクが彼を見た時、真っ先に思ったのは「あの手配書の似顔絵はうまく描けていたな」ということだ。

 もっとも、手配書の似顔絵は実物を三割増し悪人面にしたような風貌だったけれど。

 

「同席させてもらうよ」

「他のとこに座れよ。ガラッガラなんだからよぉ」

「どこに座ろうと、ボクの勝手じゃないか」

「へーへー。ハンサムを見ながら飯を食うと三倍は美味く感じるもんな」

「へぇ、そうなのかい? 是非検証してみたいからここにハンサムを連れてきてはくれないだろうか」

「お前、可愛くねぇな……」

 

 ふふ。君に『可愛い』なんて言われたら、それこそボクは倒れてしまうだろうよ。

 不気味過ぎてね。

 

「なにを笑ってやがんだか」

 

 つまらなそうに不貞腐れて作業に戻るヤシロ。

 椅子に座って、一心不乱に木の棒を磨いている。

 

「何をしているんだい?」

「ただの日曜大工だよ」

「へぇ~」

 

『ただの』なんて言う割には、物凄く真剣な目をしている。

 金物ギルドのギルド長が炉の温度を見極める時のそれに近しい気迫を感じる。

 

「エステラさん、いらっしゃいませ」

「やぁ、ジネットちゃん。今日も可愛いね」

「ありがとうございます。エステラさんも、素敵ですよ」

「ありがとー」

 

 あぁ、癒される。

 ヤシロを見た後だと、ジネットちゃんが三割増しで可愛く見える。

 そう考えれば、ヤシロも少しはこの食堂の役に立っているのかもしれないね。ほんの少しだけれど。

 

「今日も日替わり定食ですか?」

「うん。今日はどんなおかずが出て来るのか楽しみにしてるんだ」

「今日は川魚だぞ」

「なんで言うのさ!? 料理が出てきた時の楽しみが半減するじゃないか!」

 

 なんてヤツだ!

 お客の楽しみを奪うなんて! 陽だまり亭の足枷にしかならないようなヤツだな、君は!

 

「大丈夫ですよ、エステラさん」

「へ、なにが?」

「うふふ。少し待っていてくださいね」

 

 含みを持たせた笑みを浮かべ、ジネットちゃんは厨房へと姿を消した。

 あんなジネットちゃん、初めて見たかも。

 今までなら、「なにが?」と聞けば「実はですね」となんでも話してくれた。

 

 ……この変化が、ヤシロに影響されたものなのだとしたら、少々癪な気がする。

 

「ジネットちゃんに、変なこと教えないでくれたまえよ」

「俺のいた国には『チクピー豆』という名前の豆があって……」

「そういう変なことじゃないよ!」

 

 なんでそんなニヤニヤ楽しそうな顔してんのさ!?

 あぁもう、腹立たしい!

 

 本当にもう、性根が腐りきっているとは、君のような人間のことを言うのだろうね。

 

「よし、こんなもんだろう」

 

 しゃべりながらも手を動かしていたヤシロが、磨き上げた木の棒を光にかざして検分している。じっくり眺め、指で撫で、満足が行ったのか一度大きく頷いた。

 

「悪いが、ちょっとうるさくするぞ」

「へ? あぁ、うん。一体何をするん……」

 

 こっちの言葉を最後まで聞かず、ヤシロが木槌を振るい始めた。

 カンカンと、乾いた木が打ち付けられる音がフロアに響く。

 覗き込めば、ヤシロの足元にはいくつもの木のパーツが転がっていた。

 

 長い棒と棒をクロスさせ、その接点に短い木製の杭を打ち込んでいる。

 着々と作業は進み、それは見る間に四角い折り畳み式の入れ物へ姿を変えた。

 木で骨組みを作り、そこへ丈夫な麻の布を張って、小さな入れ物が出来上がった。

 

「見事な手際だね」

「ま、これくらいならな」

 

 可動部を二度三度と動かして具合を確認する。

 そして、木の部分を何度も指でなぞる。

 

「それは何に使うんだい? 自分用かい? まさかとは思うけど、領主の許可なく販売しようなんて考えていないだろうね?」

「違ぇよ。これは荷物入れだ」

 

 荷物入れ?

 なにを当たり前のことを言っているんだ?

 

「入れ物なら、荷物を入れるに決まっているじゃないか」

「客の、だよ」

「客? ……ここに置いておくものなのかい?」

「あぁ。すべての客が手ぶらで来るわけじゃない。荷物を持ってきた客がその荷物を入れるために置いておくんだよ。連れがいりゃ椅子は埋まるし、地べたに置くのもなんだかなって気がするだろう?」

「へ、へぇ……」

 

 動作確認に集中しているのか、ヤシロは妙に素直にその使用用途を語ってくれた。

 ボクの驚き顏に気付きもしないで。

 

 正直驚いた。

 ヤシロが真面目にお店のことを考えていたことに。

 それも、お客さんの立場に立って「こんなサービスがあればきっと嬉しい」と思うであろうことを先回りして準備している。

 

 ……こう言うとジネットちゃんに申し訳ないけれど、陽だまり亭にお客さんなんかほとんど来ないのに。

『席が埋まっていたら荷物が置けないから』って、そんなことを想定して、そんな物を作っていたことに。

 オオバヤシロという男を知っているだけに、驚きが隠せない。

 

 手配書に名前が書かれるような悪党が、そこまで他人の、それもまだ見ぬ、いるかどうかも分からない人物相手に気を配れるものだろうか。

 三割増しで人相が悪く描かれていた似顔絵が、なんだかちっとも似ていないような気がしてきた。

 

「それは、素直な善意からの行動なのかい?」

「まさか。すべては金儲けのためだよ」

 

 曰く、店がボロいのは自分ではどうしようもないから、せめて備品くらいはまともにしておかなければいけない。そうでなければ、ただのボロい店で終わってしまう。

 備品が一級品であれば、ボロい内装も『古式ゆかしい』に変化し、さらにグレードを上げれば『歴史の重厚さを感じる』にまで昇華するのだとか。

 

 ……備品や調度品だけでそこまでもっていくのは無理があるとは思うけれど。

 

 この男は、オオバヤシロという人間はそれを本気で行なおうとしている。

 

 曰く、自分の利益のため。

 陽だまり亭を救うことで自身の足場を固め、お人好しのジネットちゃんの好感を得て自身の都合がいいように操るために。

 

 

 ……本当にそうかい?

 

 

 たまに分からなくなる。

 善人でないことだけは、確かなのだろうけれど。

 

「ところで、どうしてそんなに何度も撫でているんだい? 十分に磨き上げられているのは一目瞭然だろう?」

「ば~か。ガキってのはこっちが想像もしないようなところに手を突っ込んで平気でケガをしやがるんだよ。難癖をつけられて賠償請求されちゃたまらんからな」

「……がき?」

 

 子供が、どうして陽だまり亭に?

 教会の子供たちが遊びに来たとしても、シスターベルティーナやジネットちゃんがきちんと見ているから危険なことをさせはしないだろうに。

 

「食堂ってのは、独身男と家族連れがメインターゲットなんだよ。母親が飯を食ってる時にうっかりってのはよくあることなんだ。店が混んでりゃ店員の目も届かなくなるしな」

「…………」

 

 言葉もなかった。

 

 何年も陽だまり亭に通って、いつもがらんとした店内を見続けてきた。

 それが当たり前で、そこに疑問なんて挟む余地はなかった。

 ボクにとって、陽だまり亭にいるのはジネットちゃんで、ジネットちゃんがいればそれで事足りていると思っていた。

 

 けれど、ヤシロはそうじゃなかった。

 もっと先を、ずっと未来を――訪れるかどうかも分からない遠い未来を見据えている。

 

 君は、このフロアが人で埋まると思っているのかい?

 ジネットちゃんや君が、お客の一人一人に注意を払えなくなるくらい忙しくなるほど、このお店がお客さんでいっぱいになると。

 

「よし、合格」

 

 さんざんチェックをして、ようやく合格が出たらしい。

 彼はもしかしたら、自分に一番厳しいんじゃないのかと、そう思った。

 

「くぅ~……っあ! これをあと七個も作んのかぁ……しんどいなぁ」

 

 誰に課せられたわけでもないはずだ。

 ジネットちゃんがそんなことを強要するわけじゃない。

 他ならぬ君が、それを必要だと判断した。そして、一切の妥協を許さないのも君自身だ。

 違うかい?

 

 

 店内をくるりと見回したその瞳には、もう映っているのかい?

 多くの人でごった返すこの店内が。

 そこで楽しそうに働く、自分とジネットちゃんの姿が。

 

 ……ふふ。

 面白い男だね、オオバヤシロ。

 

「とはいえ、完全に信用は出来ないけれどね」

「どこにかかってんだよ、その『とはいえ』は?」

「こっちの話さ」

「なら、こっちに聞こえるように言うんじゃねぇよ」

 

 悪態の数は相変わらずだ。

 でもどうしてかな。

 ヤシロの悪態は、そこまで耳障りではない。

 

 勢いよくラリーが続けば、ほんの少しだけ、楽しいと感じることもある。

 

 まったく、面白いね、君は。

 

「お待たせしました~」

 

 ジネットちゃんが大きなトレイを持って戻ってくる。

 そこには、ヤシロが言ったように川魚が乗っていたのだけれど……

 

「わぁ……、すごいねこれは」

 

 ボクの驚きは半減することはなかった。

 

「川魚を三種の調理法で料理してみました」

 

 長いお皿に、煮魚、焼き魚、フライが並んでいた。

 川魚のフライは、『天ぷら』という名前らしい。

 

 そして、十穀米のおにぎりと、ジンジャーの利いたスープ。

 

「ヤシロさんの発案なんですよ」

 

 華やかな料理に胸が躍る。

 そんなボクに、とっておきの秘密を語るようにジネットちゃんは言う。

 

「あえて先に答えを教えて、がっかりさせてからの大逆転だそうです」

「驚いたろ?」

 

 あぁ、驚いたさ。

 驚いたけれど……そんなに嬉しそうに勝ち誇られると、やっぱり癪だ。

 

「さぁ~て、ジネットちゃんの美味しい手料理を食べよ~っと!」

 

 君の趣向に感動したんじゃないと、きっぱり主張しておく。

 ヤシロが何も言わなかったとしても、ボクは今と同じくらい感動しただろうからね。

 

「お前、可愛くないな、ホント」

 

 そんな悪態を聞きながら、ボクは本日の日替わり定食を食べた。

 三種の川魚はどれも甲乙つけがたいくらいに美味しくて、また食べたいと思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

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