第22話 決戦! 魔王十壊衆、ケルベロトゥースだにゃ!

 先に仕掛けたのは、ケルベロトゥースだった! サメと化した両腕を突き出す独特の構えから放たれたのは――な、なんと!? 自らの両腕そのものである! SHAAAAAA!! 凄まじい勢いで噴出される二匹の小型ホホジロ・シャーク! 標的はもちろんローリエルである!


「シャハハハ! 驚いたか!? これぞ必殺、その名もロケット・トゥース!!」


「センスのないネーミングだにゃ!」


 予想外の攻撃に一瞬ひるむも、ローリエルは紙一重で小型ホホジロ・シャークの攻撃を回避! ガチンと顎を閉じる音が虚しく通りすぎてゆく! すれ違いざまにサメを蹴りつけながら、ローリエルは跳躍ちょうやく! 


「隙アリだにゃァァァァァァァ!」


 ケルベロストゥースの眼前に迫り、掌打を繰り出さんとするローリエルだったが――ケルベロトゥースの計算通り!


「あれで終わりだと思ったかァ~!? 残念だったなァ!」


 な、なんとケルベロトゥースの両腕には、すでにサメの頭部が復活しているではないか!? なんという凄まじい再生速度か!? すでに攻撃の予備動作に入っているローリエルに向け、またしても二匹の小型ホホジロ・シャークが放たれる! SHAAAAA!! 

 ローリエルは咄嗟とっさに明後日の方向へ掌打を放ち、強引に身体を捻じって無理やり回避! 間一髪、すぐ耳元をホホジロ・シャークが通り過ぎていったかと思えば――背後から忍び寄る気配! 振り返ると、一回目に放たれたホホジロ・シャークたちが迫っている!


「にゃッ!? コイツら追尾してくるのかにゃ!?」


 このままではキリが無い! ローリエルは目にも止まらぬ速さで連撃! 二匹の小型ホホジロ・シャークの腹部には大きな凹みが生じ、そのまま地上へと墜落していく! だが二回目に放たれたホホジロ・シャークたちも再び、ローリエル目掛けて突進してゆく!


 そうしている間にもケルベロトゥースは次々に両腕から小型ホホジロ・シャークを射出! 射出! 射出! 射出ッ!! ローリエルを取り巻くサメは二十匹を超え、なおも増え続けている!

 

「悲しいなァ酒女! いくら強いといってもお前は人間! 腕はたったの二本しかねェ! だが俺は、腕なんぞいくらでも生やせる! 飛ばすことも、追尾させることだって出来る!」


 ケルベロトゥースは純粋なサメのガイヤーであり、この尋常ならざる再生力はシャーク族の有するサメ・トゥース細胞に隠されていたッッ!!

 サメ・トゥース細胞! それは近年見つかった、シャーク族の歯に含まれる細胞であり、この細胞のおかげで生涯に二万本もの歯を入れ替えていたことが判明したのだ!

 ケルベロトゥースはいち早くこの驚愕きょうがくの事実へと辿り着き、サメ・トゥース細胞の全身転移に成功! 結果、無尽蔵にサメを射出することが可能になったのだ! 


「サメの腕を飛ばしたり生やしたり――性格がネチっこければ、戦い方までネチっこいにゃ! 自分では直接攻撃も仕掛けてこない臆病者にゃ!」


「シャハハハハ、よく分かってんじゃねェか! そう、俺は臆病者! だがお前に直接攻撃を仕掛けないとは限らないんだぜ!」


 次の瞬間、ケルベロトゥースが潜航開始! 地面の下へと潜り込み、その姿を眩ませる! ローリエルはまたしても不可思議な技に驚かされるが、すぐさまケルベロトゥースの気配を探る! だが――それを邪魔するように飛来する小型ホホジロ・シャークの群れ! SHAAAAA!! 多勢に無勢!


「シャハハハハ!! ここだぜェ酒女ァァァァァァァ!!」


 ZAAAAAP!! 突如、地面から巨大なサメの頭部が現れる! まさに神出鬼没! 空中遊泳する小型ホホジロ・シャークの対応に追われながらも、ローリエルは寸でのところで超速ステップ、またしても紙一重で回避! 目と鼻の先を、ケルベロトゥースの大顎が通り過ぎてゆく!


「チッ、イイ勘してやがる! ――だが、それもいつまで持つかな!?」


 口惜しそうに頬を引きつらせるケルベロストゥースだったが、しかし決して深追いすることなく再び地面の中へ潜航! 姿を眩ませる直前に、両手から小型ホホジロ・シャークを射出することも忘れない!


「し、師匠ォォォォォォォ!!!」


 師匠の苦戦に、グラシアは悲痛な叫びをとどろかせる! 事実、彼は困惑していた!

 何故、ローリエルは絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎを使わないのか!? あの恐るべき神速刺突剣の使い手、シャコナイトを倒した時のように!


 実際、この時ローリエルは追い詰められていた! 百体を超えるジョーズ遊撃隊との死闘! さらには恐ろしきダンジョン・シャーク五人衆との激戦ッ! 連戦に次ぐ連戦を経て、ローリエルは少しずつ、だが確実に酔いを覚ましていたのだ!


(そうか! いくら全能力が三億パーセント上昇すると言っても、その効果が発生するのはあくまで飲酒した時……! だから師匠は少しずつ酔いがめて、弱体化しているんだ……!)


「そう! お前の強さの秘密は酒だ! 俺ァ知ってるんだぜ~!?」


 ケルベロトゥースが勝ち誇ったように笑い声をあげる! それもそのはず、全ては自分の計算通りに進んでいるのだから!


 弟子を誘拐ゆうかいして冷静さを奪い、大勢の部下と戦わせて徐々に酔いをます! しかも可能な限りローリエルを挑発させ、冷静な判断を奪い続けるよう立ち回ってきた!

 ローリエルがこうして苦戦しているのは、まさにケルベロトゥースの策が功を奏した結果といえよう……!


「酒女ァ! 確かにお前は強いッ! だが、強者が必ずしも生き残るとは限らねェってのがこの世の常だ! 確かに世の中は、お前みてェな奴を英雄って呼ぶんだろうなァ! 化物じみて強ェくせに、最期は雑魚に足引っ張られて無様に死んでいく馬鹿をよォォォォォォォ!!!! シャッハハハハハハハ!!!」


 飛来する小型ホホジロ・シャークの群れ! 狙いすましたタイミングで奇襲を仕掛けるケルベロトゥース! ローリエルは決して致命的な攻撃を受けないよう立ち回っているが、全ての攻撃を避けきることは適わず、いつしか右腕からはボタボタと鮮血が垂れはじめていた! 全身からほとばしるる深紅の酒気も、徐々にその勢いを失ないつつあった!

 即急にアルコールを摂取したいが、不可能! 急いでグラシアを追いかけてきたために予備の酒も十分に持ち出せず、今までの戦闘ですべて消費していた! 刻一刻と時間が過ぎるごとに悪化する状況! 万事休すか!?


「く、くそッ……!」


 グラシアは己の無力に奥歯を噛みしめた! 今日何度目になるか分からないが、何度悔やんでも悔やみきない! 己の無力を!

 ――悔しいが、完全にケルベロトゥースの言う通りだ。自分はただ、師匠の足を引っ張っているだけ。いつもそうだ。今回だって自分さえいなければ、こんな苦戦を強いられることは無かったはずだ。自己嫌悪のあまり吐き気がする。

 自分のせいで――自分のせいで!


「――それは違うにゃ!」


 ローリエルが一喝! ケルベロストゥースの嘲笑を真っ向から否定!


「私は英雄なんかじゃないし! こんなところで死ぬ予定もないし! それにお前、グラシア君を雑魚呼ばわりとはどういう了見だにゃゴルァァァァァァ!!!」


「……はァ? なに言ってんだお前は」


 ケルベロトゥースも思わず攻撃の手を止め、怪訝けげんな表情を浮かべる。さながら、「恐怖で頭でも狂ったのか?」とでも言いたげに!


 だが、ローリエルの眼に恐怖の色は一切見当たらない! 強い決意の込められた眼光が、ケルベロストゥースを射抜く! 


「確かに! グラシア君はまだ強いとは言えないのかもしれないけど! これからすっごく強くなる予定だし! いやむしろ絶対に強くしてあげるし! まだ全然、発展の途上だから、これからもっと強くなれるんだから! だから! 師匠である私が! こんなところで死んでられるかにゃァァァァァァァ!!」


「やかましいーーーーーッ!! 屁理屈コネんのも大概にしやがれッ!!」


 ケルベロトゥースの大顎が地面から襲来! 牙の一部がローリエルの頬をかすめ、鮮血が宙を舞う!


「感情論だけでどうにかなる状況じゃねェんだ! もう分かった、今の攻撃で確信した! お前はもう、立ってるだけで精一杯だ! 強がりやがって! お前はここで死ぬ! 死ぬんだよお前はッッ!!」


「ふっ……果たして本当にそうかにゃ!?」


「なにッ!?」


「本当はあまり気が進まないんだけど……こうなったら、しょうがないにゃ!」


 次の瞬間、ローリエルは飛来する小型ホホジロ・シャークを一匹、ガシッと鷲掴みにしたかと思うと――


「いただきますにゃー!!」


 な、なんと!? 小型ホホジロ・シャークを喰らい始めたではないか!? サメはローリエルから逃れようとビチビチ藻掻もがくが、もう手遅れだ! 一口で尻尾から胴体がほぼ食べられてしまった! 大口! ローリエルは不味そうに口をモゴモゴとさせている!


「な、なに考えてるんですか師匠!? サメを生で食べるなんて正気の沙汰じゃありませんよ!」


「大丈夫にゃ! 私には劇毒無効のスキルがあるにゃ!」


「なにが大丈夫なんですか!?」


 グラシアは訳も分からぬまま、師匠の奇行をただ見守ることしかできない! 不可解ッ! ローリエルは一体何を考えているのか!?


 敵であるケルベロトゥースもまた、同じ思いを抱いていた!


(なんだ……何をしてやがる!? カロリー補給!? 戦闘中に!? そんなことあるか!?)


 持ちうる知識をフル回転させるが、ケルベロトゥースにはローリエルの行動の意図が分からぬ! 理解できぬ! 結果、膠着こうちゃく! しばし膠着こうちゃく

 分からない! 分からないという感情は、やがて恐怖へと繋がる! ごく僅かではあったが、ケルベロトゥースの心には恐怖が侵食しつつあった! それは小さな隙ではあるものの、隙は隙! 戦場においては命取りになりかねないッ!

 ケルベロトゥースが困惑している間にも、ローリエルは飛来する小型ホホジロ・シャークを捕まえては喰らい続けている! まさに踊り喰いッッ!!


 やがてローリエルの肉体に、変化が起こった!


「キタキタキタキタキタ、キタァァァァァァァ!!!!」


 ローリエルの全身からは凄まじい力の波動ッ! それは酒気! 深紅の酒気がほとばしり――あふれている! まさに天を突く勢い! ドォォォォォォォォォォォォッッッ!!


「にゃーっはっはっはっは! 完全復活だにゃ!」


 先ほどとは比べ物にならないほどの闘気! 別人のような佇まい! 全能力が三億パーセント上昇していることは、最早疑いようもない!


「バカなーーーーーッッッ!? 酒は飲んでないはずなのに、何故だ!! そんな都合のいい馬鹿みたいな話があってたまるか!! あり得ねぇ! 一体なにが、なにが起こったんだ!?」


 ローリエルの身に何が起こったのか、誰にも分からぬ! サメを喰っただけで、なぜローリエルは再び、絶酔狂乱の効果が発動できたのか!?


「ふっふっふ、教えてやるにゃ! 絶酔魔拳には、体内でアルコールを生成する秘術があるんだにゃ!」


 そう! ローリエルが突如サメを喰らい出したのは、何も腹が減ったからではない! その理由を説明するためにはまず、シャーク族の生体から解説しなければなるまい!

 シャーク族の体内には大量の尿素が含まれている! この尿素によって海水の浸透圧に対応し、また浮袋の役割も果たしているのだ! ローリエルが着目したのは、この尿素の構成要素である!


 尿素の魔導式は、CH₄N₂O!

 対してアルコールの魔導式は、CH₃CH₂OH!


 もうお気づきであろう! 二つの魔導式が、妙な類似を示している驚愕の事実にッ!

 そう――ローリエルは大量の尿素を摂取し絶酔魔拳の秘奥「アルコール体内精製」を発動! 魔力によって特殊な魔変反応を引き起こし、尿素からアルコールを生成することに成功したのだッッ!!

 しかしこれは劇毒無効のスキルを持っているローリエルだからこそ可能だった芸当であり、大量の尿素を一気に摂取することは大変危険なので絶対に真似してはいけない!


「体内でアルコールを生成しただと!? コイツ……!」


 ケルベロトゥースは事態が呑み込めず、完全に思考を放棄!

 ――何故だ!? 先ほどまで完全に自分が優勢だったのに! 知恵を練り、あらゆる策を講じてきたのに! この結果はどういうことか!? まるで納得ができない!!


「シャ……シャハハハ! 分かった! もういい、たくさんだ! お前が全く意味の分からねぇ奴ってことだけは、よォく分かったッ!!」


 ケルベロトゥースは両手からサメを乱射! 乱射、乱射、乱射、乱射ッ!! その速度、なんと一秒に百回ッ!! 周囲は瞬く間に小型ホホジロ・シャークが空間遊泳する、危険区域と化したッ! これぞケルベロトゥースの奥義、名付けてガトリング・トゥース!


「往生際の悪いやつだにゃ! こんな雑魚、今さら何匹出てきたところでッ!」


 ローリエルの周囲に、十二の魔弾が浮かぶ! ティラノ・シャークを葬り去った恐るべき絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎ十二酒月魔練弾じゅうにさかづきまれんだんである! 哀れ、何も知らぬ小型ホホジロ・シャークは魔弾へと喰らいついてしまい――魔弾が炸裂ッッ! 炸裂が炸裂を呼び、十二の魔弾が縦横無尽に爆裂の嵐を巻き起こす! 暴れ狂う魔弾を前に、小型ホホジロシャークは為す術もなく一匹、また一匹と、ただ地面へと墜落してゆくことしかできなかった! 圧倒的制圧力!

 ――そこに、背後から忍び寄る巨大な影ッッッ!! 神出鬼没のケルベロトゥース!! 渾身こんしんの大顎ッ!!


「それで私の背後を獲った気かにゃァァァァァァァ!!! 絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎ旋風暴弄拳小夜嵐せんぷうぼうろけんさよあらし!」

 

 素早く、振り向き様に回転するローリエル! ――だが、それは一度で止まらぬ! 二回転、三回転、四回転! 回転するたびに加速する拳、乗算される遠心力、そして酒気の波動! すべての力を乗せた紅い一撃が、迫り来る大顎の下を確実に捉えて強烈に打ち抜くッッッ! 爆裂音と共に上空へ打ち上げられたケルベロストゥースは、衝撃に耐えかねて爆発――しない!? バカな!? ローリエルの眼が、驚愕きょうがくに開かれる!

 な、なんと――!? ケルベロトゥースの体から、ボロボロと――ボロボロと! 力尽きた小型ホホジロ・シャークが零れ落ちてくるではないか!?

 そう、これはダミー! 小型ホホジロ・シャークの群れによって巧妙に偽装された、偽物だったのだ! さながらスイミーの如く! ケルベロトゥースに擬態して! ――ならば、本物のケルベロトゥースは何処どこに!?


「バカがよォォォォォォォッッ!! 俺はここだァァァァァァァッ!!」


 ローリエルの足元から、巨大なサメの頭部が現れる! 正真正銘、本物のケルベロトゥース! その大顎が、今まさにローリエルを喰らい尽くさんと迫っていたッッ!!


(――獲った! 今度こそ完全に獲った! 完全に虚を突いた! 絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎも連発しては打てまい! 今度こそ俺の勝ちだ!)


 ケルベロトゥースは大顎を閉じ、ローリエルの全身を嚙み砕――かない!? バカな!? ケルベロトゥースの黒真珠のような瞳が、驚愕きょうがくに打ち震える!

 な、なんと――!? ケルベロトゥースの大顎が触れた瞬間、ローリエルは霧の如く霧散してしまったのだ……! さながら幻影の如く! 儚く! ケルベロトゥースの大顎から消え去っていく!


「――どうせ、そんなことだろうと思ったにゃ! お前みたいな卑怯者が、絶対に真正面から勝負を仕掛けてくるはずがないってにゃァァァァァァァ!!!」


 ケルベロトゥースの背後に気配ッッ!! 背筋を凍りつかせる死神の声色――まさしくローリエルの声ッ!!

 そう、ケルベロトゥースが捉えていたのは、ローリエルの残像! 酒気によって巧妙に偽装された、偽物のローリエルだったのだッ!


(馬鹿な! 偽物だと!? このままではマズい――早く潜航しなければ!)


 勝利を確信したが故に生まれてしまった致命的な隙! ケルベロストゥースは、急速潜航して逃れようとするも――刹那に凝縮された時間の中で、静かに悟ってしまう!

 自らの肉体が対応しうる速度より、絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎの方がはやい!  


「―――こッ、こっこっこここっこここの、この卑怯者がァァァァァァァッッッ!!!」


「お前にだけは言われたく無いにゃーーーーーーッッッ!!!」


 深紅の酒気によって燃え盛る拳が、いま放たれるッッ!


絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎ――激火乾坤破槌炎げっかけんこんはついえんだにゃーーッ!」


 渾身の一撃がケルベロトゥースの背ビレへ直撃ッッ! 凄まじい衝撃によって地中から引きずり出されたケルベロトゥースが、天井へ向かって吹き飛ばされた――!

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