第6話 旅立ちのプレリュードだにゃ!

「にゃっははは! 酒だけじゃなく荷車までもらっちゃって悪いにゃ~!!」


 次の日――晴天。ギルドの目の前に、大量の酒を乗せた荷車と共に、快活な笑みを浮かべるローリエルの姿があった。


「まぁ、厄介払いだと思えば、そう悪いもんでもねぇよ」


 と、ため息を吐いたのはギルドマスターのオーゼフ。結局、彼はローリエルの要求を呑んで「竜の息吹」を五十本、それに酒を運搬するための荷車をくれてやることに決めたのだ。


「その酒は選別にくれてやる。だがな、借金まではチャラにしねぇからな。死んでも返せ。いいな?」


「ちっ、最後の最後までケチなやつだにゃ……」


「イヤなら酒も荷車も返せ。ったく……」


 ため息を吐きつつも、オーゼフはやはり自分の見立てが間違っていなかったことを確認する。


(あの状況――魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうとかいうゴリラは確かに、コイツがいなけりゃ倒せなかった。俺ですら歯が立たなかったバケモンだ、下手すりゃ全員死んでてもおかしくなかったんだ……)


 そう考えれば、酒の五十本程度は、まぁくれてやってもいいかなと思ったのだ。

 ローリエルが調子に乗るのは目に見えていたので絶対言わないが、オーゼフは彼女のことを確かに「街を救った英雄」だと感謝していた。

 ただ、ローリエルが早速目の前で酒瓶を飲みほした挙句、「はい!」と渡してきたので、「やっぱ勘違いかもしれない」という気持ちが湧き上がってきたが――とにかく。


「……ま、その、なんだ。体には気をつけてな」

「オーゼフも元気でにゃ! 魔王を倒したら、また酒を飲みに来てやるにゃ~!」

「酒を飲みにじゃなく借金を返しに来い。ったくお前は……」


 鼻歌交じりに遠ざかるローリエルの後ろ姿を見送りながら、オーゼフは「やれやれ」と思った。


「アイツだったら、本当に魔王を倒しちまうかもしれねぇな……」


 そうだったらまぁ、面白いなと思った。

 もちろん、思うだけなのだが。


「……ん? なんだ?」


 その時、僅かにではあるが――オーゼフの目に、ローリエルの引く荷車のほろが、少しだけ動いたように見えた。


「……まぁ、気のせいか。いくらなんでも、あんな酒カスに同行する酔狂なバカが、この世にいるわけないからな!! ハッハッハ!!」


 オーゼフは笑いながらギルドの中へと消えていった。


 結論から言うと、彼の推測は間違っていた。


 ローリエルの強さに憧れ、そして魅了された少年が一人だけいたことを、彼はまったく知らなかったのだ。

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