掌編小説・『クリスマスが嫌い』

夢美瑠瑠

掌編小説・『クリスマスが嫌い』

(これは2018年のクリスマスにアメブロに投稿したものです)


クリスマスって好き?嫌い?





掌編小説・「クリスマスが嫌い」




おれはいわゆるプレイボーイで、常に複数の女と付き合っている。女というのは、男を見たときに、ほかの女のにおいがするかどうかをすぐかぎつける。そうして、女のにおいがプンプンしているような男のほうをむしろ好むという傾向がある。結婚していない間はそれほどに独占欲も持っていないみたいだ。集団心理というのか、誰も相手にしないような男などは自分も相手にしたくない、その逆もまた真なり、そういうような心理的帰趨かもしれない。今年は現在のところ六人の女と付き合っている。どの女もご多分に漏れずクリスマスというやつが大好きだ。一人だけ風疹に罹って寝込んでいる女がいるが、その他の五人はみなクリスマスデートをしたがった。希望を叶えてやらないと逃げられる恐れがある。で、おれは前代未聞の?クインテット・デートを敢行する羽目になった。やりおおせる自信はなかったが、どうせ年に一度のことだし、失敗したらその時はその時だ、と開き直ることにした。まず、最初の女はアケミといって、モデルだった。ナルシストで、髪が長い。「遅かったわね」少しイラついた表情でそっけなく言った。「プレゼントを選んでいたんだよ。ほら」。誕生石のアクアマリンのイヤリングを差し出した。「あら。素敵」。アケミの顔が綻び、さっそく耳に着けてコンパクトで眺めいっている。「今日は仕事が入っていてね。30分しかいられない。また改めてゆっくり逢おうや」。露骨に不満そうな顔になったが、おれの仕事、大劇場のミュージカルの舞台監督兼芸術監督、というのが超多忙なことは日ごろから知っているので納得したらしい。貸しを作って何かねだろうと思っているのかもしれない。高いワインを頼んでおいて、洋服やら容姿やらをほめちぎってやると、うっとりした顔になって「クリスマスっていいわね、ロマンチックで・・・」とアケミはつぶやいた。よし、まず第一関門突破だ。「いいよなあ。あ、それじゃあね」会話もそこそこにレストランからおれは抜け出した。二人目の女はアイという名前だった。大学生で、文学少女のなれの果て、という感じで眼鏡をかけている。純情そうなアイビールックがよく似合った。「待った?」。「ううん、今着いたところよ」あくまでも行儀のいいお嬢様である。こういう女には少しインテリっぽい雰囲気を演出すればいいのだ。「トルーマン・カポーティのね、『クリスマスの思い出』って小説があるだろ?べたべたに甘い話だけどクリスマスだからこんな話もいいんじゃないかな?っていう諧謔なんだよね。個人的には『夜の樹』のほうが好きだけど・・・」おれの陳腐な文学論にアイは熱心に聴き入っている。眼鏡を取るとまつ毛の長い美少女になるのだ。淡雪のような乳房を思い出して、ちょっと名残惜しかったが、「今日は仕事でね。30分しかいられない。また改めてデートしようね。これをプレゼントするから」誕生石のサファイアを嵌め込んだカメオのブローチを差し出した。アイは目を輝かせた。「素敵。あなたって本当にセンスがいいわ」よし、第二関門も突破。軽くキスをしてから、うっとりしているアイを置いて、おしゃれなカフェバーを後にした。三人目はロミーという金髪碧眼の女だった。日本語はたどたどしいが、すごいグラマーである。緑色の瞳が美しい。「ごめんごめん。今日は仕事で30分しかいられない。言わなかったかな?」胸元の大きく開いたイブニングドレスで盛装しているロミーも不満そうな顔になった。「連絡してなぜくれないですか?私はパーティーの他の人たちのをすべて断ってきたですよ」つられておかしくなりそうだったが、「ごめんごめん。また埋め合わせするよ。今日はこれで我慢して」誕生石の2カラットのダイヤの指輪を見せた。「まあ、すごいダイヤの石の大きいですね。もらって本当にいいのことですか?」「いいのことですよ。クリスマスに乾杯しましょう」「Cheers!」カチンとグラスを鳴らして、トンぺりを呑んだ。ロミーは極端に酒に弱いのですぐ真っ赤になり、陽気にしゃべりだした。「お金持ちのハンサムのあなたのことは極端に好きですよ」おれもだんだん酔っぱらってきて大笑いしながら「また今度逢おうね」とロミーの肩を抱いてから、高級な会員制のバーから抜け出した。「第三関門も突破か。何だかこの分だとうまくいきそうだな」。四人目はミサキという小粋な小料理屋の女将だった。すごいやり手で、まだ三十前なのに一人で切り盛りして、店を繁盛させていた。「遅かったわね」。色っぽい目で上目遣いに睨んだ。豪華そうな和装である。「仕事が忙しくてね。今日も30分しかいられなくなった。許してくれるかい?」「ええっ?そんなのあり?クリスマスだっていうのに・・・」ふくれた顔つきになった。おれは15分間くらいひたすら饒舌に釈明してやっとミサキの機嫌を直した。「しょうがない人ね。また今度はこってり可愛がってね。うふふ」。女将だけに言うことも色っぽい。「代わりといってもなんだけど、これはプレゼントだよ」誕生石の真珠のネックレスを渡した。黒真珠の逸品で、四人のうちで一番高い買い物だった。「わあ、すごい。こんなきれいな真珠、見たことないわ」さすがのミサキも感激したらしい。少し涙ぐんでいるミサキを置いて、おれは割烹の個室を後にした。「さあ、いよいよ最後の関門か・・・これは難物かもなあ」五人目は自分の妻だった。アヤカという。芸能人でいうと木村文乃に似ていて、声優の仕事をしている。SNSに40万人のフォロワーがいる。「遅かったわね」アヤカはカンカンに怒っていた。勘がいい女だからもうすべて見破っているらしい。どこまで察しているかはわからないが、時々この女には超能力があるのではないかとか思う時がある。


「クリスマスだからデートしようって言いだしたのはあんたじゃないの。他の女と30分ずつ逢ってきて、やっとここまでたどり着いたってわけね。それぞれに誕生石のプレゼントを渡してどうやらごまかしたわけね。でもあたしはそんなに甘くないわよ!」しかしおれにはあと一時間くらいあとに本当に絶対外せない仕事の時間が迫っていた。大女優の主演のミュージカルの舞台あいさつで、MCと出演者の紹介と、プレスとの質疑応答をしなくてはならない。スッポカすと首になる。だんだん疲れてきたのでおかしなことを書いているかもしれないが、そこはご容赦いただく。妻の誕生石はルビーである。おれは、その銀座で一番高い寿司屋のすぐ近くにある高級洋品店に「あ、おれだけどね。約束のやつを頼む」と、電話をした。ほどなくして、洋品店の主人が寿司屋にあらわれた。紙包みを持っている。「何?私にプレゼントなの?ごまかされないわよ」主人は厳かな様子で、紙包みからキラキラ光る衣装のようなものを取り出した。なんと!それは大粒小粒様々な大きさのブリリアントカットのルビーを満天の星空のごとくに一面にちりばめたゴージャスなシルクのドレスだったのだ!アヤカは言葉を失ってまばゆく輝いているドレスを見つめている。「す、すごい・・・こんなのいつ用意したの?だいたいいくらしたっていうの?」おれはしてやったりというようにサプライズ成功?したアヤカの呆然とした表情を見つめた。「ま、おれの年収分だけどね。クリスマスを最愛の人と過ごせないことの代償としてなら安いものさ」おれは「夫からのサプライズ」というタイトルでドレスを着て自撮りした写真をインスタグラムに投稿しているアヤカをしり目に寿司屋から出た。インスタ映えどころではない。殆ど奇跡のショットだ。どれだけの「いいね!」がつくことだろうか・・・



そのあと、仕事を終えたおれは、六人目の本命の女に逢いに行った。風疹に罹っていたが、この女がおれを一番愛していて、一番いとおしくて、一番つつましやかな古風な性格の大和撫子だった。本当の意味で清純可憐な天使のような女だった。しばらく話しているうちに耐えられなくなって、おれはそのユリという女とベッドインした。書き忘れていたが、プレゼントはラピスラズリのペンダントだった。二人のイニシャルと、「Eternal Love」という文字が刻み込んであった。


幸福な一夜か・・・と思いきや、俺は次の日に見事に風疹に罹った。ユリにうつされたのだ。全身に赤い発疹が出て、高熱が出てきた。これだからおれはクリスマスなんてものが嫌いなのだ。



(終)

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掌編小説・『クリスマスが嫌い』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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