第2話 魔王じゃないです

  とりあえず、御三方に塔に入ってもらい、一階の広く開いている場所にテーブルと椅子を用意し、座ってもらった。

 村の人に貰ったりで茶器はたくさんあったし、分けてもらった茶葉もある。

 紅茶の淹れ方については暇つぶしがてら、塔にあった料理本を見ながら何度もやったので、なかなかうまい方だとは思う。自分でも結構おいしいとは思うし、遊びに来た村の人達から聞く限りでは美味しいようだし。


「お待たせして申し訳ない。口に合わなかったら言ってくれ」

「は、はあ。ありがとうございます」


 紅茶を3名の前に置くと、代表してか男から困惑と感謝の言葉がやってきた。

 俺も椅子に座ると、改めて話を聞くことにした。


「それで……改めて聞きたいんだけど、どうしてここに?俺にどういう用?」


「はい、”方解の魔王”であらせられるヒルフェ様に、どうか、御力をお貸し頂きたいのです!」

「魔王?俺が?」

「ええ。”方解の魔王”・ヒルフェ様として御噂はかねがねお聞きしております」


 入り口でも聞いて困惑したのだが、俺は魔王になった覚えはない。目を覚ましてこのかた、戦闘なんてしたこともない。

 スキルを利用して獣を捕ったことこそあれど、対人戦とかは若干の護身術を村の人に少し教えてもらった程度で、正直からっきしだ。


 「魔王」というものが存在していること自体は、本と【万象の閲覧者】で調べたことがあるので知ってはいる。とんでもないチカラを持った、とんでもない奴らだ。

 詳しい人数や誰が誰とかは知らないが、関わり合いにはなりたくない。ちなみに、「王」とつくものの、国を持っている必要はないみたいだ。


 歴代魔王のことが記された本を読んだことはあるが、ヤッバイ事件や天変地異を起こしていたり起こしかけていたりいている者が多い。本に書いてあったことなので、目立つことのみ書いてあっただけかもしれないが……。


 俺なにかやらかしたっけな?と考えるが、別段やらかした覚えはない。


「……俺、なにかやらかしました?」

「と、言いますと?」

「いや、魔王になった覚えが一切なくて、今ものすんごく困惑していて」


 そう正直に言うと、こんどは3名の方が困惑してしまったらしく、顔を見合わせて相談している。

 それから少しし、また男が代表で言う。


「いえ、神託も、総魔会議の結果も確かです。間違いなく、”方解の魔王”様です」

「神託?総魔会議?というか、”方解の魔王”?ちょっと順番に聞いてもいい?」

「それは勿論……ですが、その前に自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」


 そういや聞いていなかった。ので、自己紹介を頼む。


「私はハートフィル国宮廷魔術師、レイ・ローグライクと申します。彼らは、護衛の兵士です」

「ロイと申します」「ライです!」

「どうか、レイ、ロイ、ライ、とお呼びください」

「えっと……分かった。俺はヒルフェール・ケセド。ただのほぼこもり魔族で、魔王になった覚えはないよ。呼び方は好きにしてもらっていいけど、魔王呼びはとりあえずやめてほしいな」

「分かりました、ヒルフェ様。それでは、ご質問を」

「うん。まず、神託って?」


 この世界に宗教があることは知っている。本で読んだ。

 信仰形態的には唯一神がいて、その神の使いである神霊たちのうち、どれか一つを崇める感じのものが、歴史的にもメジャーなようだ。一部地域では、土着信仰もあるようだが。

 「神託」という言葉自体はわかるし、なんとなくのイメージもつくものの、ちょっとわからない。


「宗教についてはご存知ですよね?」

「それは、一応」

「ならば、話は早いです。神託は、信仰する神霊より賜る言葉です」

「それはなんとなく想像つくけど……」

「神託は絶対です。災厄の予兆や、光の出現を伝えてくださる……のです。比較的遠回しに」

「比較的遠回し」


 レイさんの言葉を真剣に聞いていたのだが、最後に付け加えられた言葉に持っていかれた。比較的遠回しなのかよ。いやまあ、確かに予言やら神託やらはムダに遠回しなイメージは強い。わざわざそこまでするかと言うくらい遠回しな事例も、生前のファンタジー知識とはいえ割と知っている。


「おっと。まあ、普段の神託……普段というのも変な話ですが、神託は本当に比較的遠回しに来るものなのです。ですが」

「どうしたんだ?」

「ですが……今回、直球ストレートな神託が下ったんです。それも、我々の信仰する神霊・メルジェード様だけでなく、全ての神霊より来た様子なのです」


 曰く、「命を操る魔王が現れた、その名、ヒルフェール」みたいな感じらしい。直球名指しで。

 勿論、最初は皆、訝しんだらしい。が、神祇官という、直接神霊と会話出来る存在が確認を取ったところ本当の事らしかったようで、信じるしかなかったようだ。


「確かに、神託より前に総魔会議……魔王が集い、何かしら話す会らしいそれで、新たな魔王としてヒルフェ様の存在が認められていましたが……」

「えーっと、つまり……」

「片方だけでも魔王として認定される条件を、両方とも満たしてしまっていますね」

「えぇ……」


 数え役満とかいう範疇じゃないぞ。


 と、いうか。こちとら転生してから500年ほど、ほとんど何もしてないんですけど?!

 確かに、一時期は世界征服だのなんだの考えていたことはあるものの、それはただの妄想に終わったので、それが原因とか言われたら困る。

 

 そもそも、俺は「魔王」の中の誰一人として、面識が全くない。本や【万象の閲覧者】のおかげで、一方的にある程度の知識は持っているものの、やはりそれは「芸能人のことをよく知っているが、本人に会ったことはない」のと同じだ。

 もし、一方的に知っているだけの芸能人がこちらを認知していたら、喜びよりも先に驚きが勝つだろう。俺は今、そんな状態だ。



「とりあえず、神託と総魔会議については理解したけど、それで……もし、仮に俺が本当に魔王だったとして、力を貸してほしいってのはどういうこと?」


 本題に入る。認めたわけではないが、仮に、本当に俺が魔王だとして、どうして魔王に助けを求めてきたのか。

 この世界での魔王の立ち位置がよくわかっていないので、まだどうこう言えるわけでもないのだが、少なくとも、緊急事態どころか異常事態なのだということだけは分かる。


 すると、レイが深刻そうに言う。


「……我が国は今、ある魔王によって、滅亡の危機に瀕しているのです」


「魔王」

「はい。”冥延の魔王”ヘイルによって、わが国は、死の国へ変わろうとしているのです」

「ジブンからも、お話し致します」


 ロイも口を開く。


 ”冥延の魔王タナトス”ヘイルという魔王は、比較的最近、総魔会議によって認定された魔王だそうだ。


 性格は傲慢で残酷。刹那主義らしく、己の楽しさのままに行動する、まあなんとも質の悪い輩だそうだ。

 元から凶悪な奴だったようなのだが、魔王認定されてから増長、領土を持ち、思うがままに世界侵略しようとしているらしい。

 事実、性格はさておき、国がすでに一つ、陥落しているとのこと。そして、その国はハートフィルの隣国らしく、「次はお前らだ」と宣戦布告されたそうな。


 勿論、ハートフィルも最初は自分達の力だけでなんとかしようとした。

 しかし、相手は(人格はともかく)魔王。しかも、その凶悪な性質に惹かれてか、割と付き従う者達はおり、その数はなかなかのものだとか。


「その上、奴は毒素を操るチカラを持っているようなのです」

「……毒素?」

「普通の毒ならば、解毒魔法でなんとかなります。しかし、奴の操る毒素は強力すぎるのです」

「……それで?」


 なんか、なんとなく魂胆が見えてきたぞ。どこから知ったかはさておき、なんとなく読めてきた。


「”方解の魔王カルサイト”……強力な生命の力を持つと噂の、ヒルフェ様に、どうか、わが国に癒しの慈悲を、どうか、どうか……!」


 予想通りという感じの答えが返ってきた。どうしたものか……


 

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