第21話 エピローグ

【エピローグ】

 夏へと本格的な蒸し暑さを取り戻しつつある日差しを受け、早く森の木陰に入りたいと思いながらも馬車はゆっくりと進む。

「なぁ、ゴットフリートはお前を必要だと言っていたけど。なんでかって分かるか?」

馬の手綱を握り、幾度も重ねる様に車輪が轢かれた轍を走らせながらルネへと訊く。

「さぁね?僕にもさっぱり分からないよ。それにもし頼まれても、彼は『最後に残るもの』の関係者だ。僕があいつらに従ってやる義理は無いさ」

 ルネはそう言ってゴットフリートをばっさりと切り捨てると更に話を続けた。

「『最後に残るもの』の目的は分からない。でも彼等はクラン全体におけるマスターの指示で動いている、それも妄信的なまでに」

「とにかく何が彼等をそこまで動かすのか分からないけど、彼らの不可解な動きには注意した方がいいってことだよね」

「そうそう、そうなんだよ~」

 俺の横に座りながら話を纏めたテイラーにルネはニコッと笑顔で頷いて、前振れなくテイラーに抱き着き、頬擦りをした。

 あれだけの実力を持つゴットフリートが何故あそこまで怯えていたのか。分からないが、しかしテイラーの言うように『最後に残るもの』には警戒して置くのが良いだろうな。

 と、ゴットフリートとの戦闘を思い出していると、ふとこんなことを思うのだった。

 弱肉強食という言葉がある。

 弱者が強者に喰らわれることで強者はその犠牲の上で繁栄する。

強者の下には弱者がいるが、その弱者の下にもまた弱者がいる。

故に誰もが使う言葉で、誰もがその本質を疑わない。

 この言葉が似合わないのは最低の地位に位置する者だけ。

 ではなぜ、古今東西、如何な国に於いても強者が弱者を虐げることによって現代にまで残ってきた国は無く、何時の時代とて強者による圧政は常に弱者の叛逆により滅ぶのか。

 歴史は語る。それらは決して弱者が強者になったわけでは無い。強者には強者の知恵があるように、弱者にもまた弱者の知恵がある。その知恵が強者の知恵に勝ったとき、弱者は強者に牙を剥き、その肉を喰らう。

 NPCの全てはプレイヤーに握られている。生きるも、死ぬも、全てを。

 そうして俺達は弱者の知恵を行使することすら叶わずに弄ばれ続けてきた。

道化を演じるのはもう終わりにしよう。

「この世界には俺達を同じ人間として扱ってくれる人は居る。でも、そうじゃない人も多くいる。俺はこの世界に住まう全ての人間を自由にする。自分の為に生きることができる世界を作りたい」

 正直、この戦いの前まではもっと単純なものなんじゃないかなんて考えていた。

それは大きな間違いで

 果てしなく、険しい道だろう。ほとんど幻想のような産物かもしれない。

 これから起きることだって分かっているわけじゃない。

 ただ、何もせず目の前で罪なき人が殺されていくのを俺は見過ごせられない。

「これは俺の我儘だから無理強いをするつもりは微塵も無い。けれど、もし同じ望みを抱いてくれるなら改めて協力してほしい」

 馬車の歩みを止めて二人に向き直る。

 これが俺の意思。

 誰にどう言われてもそれは変わらない。

 我ながら阿保なことを考えているものだとは思っている。

 ある種、一時の感情に身を任せている節もあると思う。

「勿論、もうこれ以上犠牲を増やしたくないもんね」

「僕もあいつらのやり口は嫌悪感しか無いし、君達とはもっと仲良くやっていきたいしね」

「それに生活感の無いアンディ一人にしたら弱いからすぐ死んじゃうでしょ。主に餓死とかで」

 テイラーがそう言うと、ルネもうんうんと大きく相槌を打っていた。

 お前ら俺を馬鹿にしてんのかと思ったが、確かに家事なんて洗濯と辛うじて掃除くらいしかできないので否定もできん。

 俺は少し脱線したところからコホンと一つ咳ばらいをして話を戻す。

「この世界の人々(NPC)は自己決定せず、それは全てはある種決められた法則に従って動いている、と多くのプレイヤーは思っている」

 声なきものの意思は第三者によって決定される。

そうした者たちが結果として淘汰されても、それは自然の摂理なのだろう。

「人には意思があり、そして自分の意思で自己決定して行動する」

何者かがこの世界を支配するために作り、この世界の人々は陰も形も知らない何かに押し付けられた考え方、行動形態をさせられ、声を挙げられぬ人形のように踊らすためだけに存在しているなどということは到底認めるわけにはいかない。

「今の人間、他の生物、この世界は見えざる何かの奴隷にされてしまっているというのもまた事実であり、平民も貴族も国王さえも皆一通りに奴隷だ」

だがな、この世界の人間は誰一人として己の意思で自由に生きていないなど誰が決めた。

二コラさんは最期に俺達に逃げてとそう言った。あれが本当に自分の意思が無いとは俺にはどうしても思えない。

「——ならばそんな運命の世界など壊れればいい」

 俺がテイラーに課せられた楔を壊したように次はこの世界の楔を壊してみせよう。

この俺達の世界を穢す者がいるならば俺達は真っ向から立ち向かおう。仮にそれが世界を滅ぼすことになろうとも。

 

——さぁ、ここからは叛逆の時間だ。

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電脳世界の叛逆者 氷村俍大 @NEMUNEMU_NEMO

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