第14話 体力勝負

 ある日の昼下がり。

 その日は晴天で雲一つない。初夏のすがすがしい日和に、ラウルもまた晴れやかな心持で遺跡に到着した。今朝罠に大きめの獲物がかかっていたからというのも彼の気分がいい理由の一つだ。

 あれをどんな風に調理すればおいしいかなと今日の献立を考えると、少し師匠に似てきたなと自覚する。

 その師匠の姿は広場内にはなかった。いつもは師匠のほうが早く来て昼寝をしたりしているが、今日はどうやらまだのようだ。

 栗色の長い髪を揺らす青年に、黒い影が忍び寄る。

 突然の雄叫び。

 驚愕し振り向いた青年に襲い掛かったのは彼が師匠と仰ぐ男だった。

 大きな槍が青年を貫こうとしたその瞬間、彼は真横に転がるようにしてその攻撃を退けた。

 槍を下げた師匠を見て、服についた埃を払いながらラウルは口を開く。

「急に何なんですかもう! びっくりしたじゃないですか」

「いい反応だったな!」

 文句を言う彼に悪びれもしないでウォレスは笑う。

「刺さって死んだらどうするんですか!」

「死ななかっただろ? それに、こんなんで死んでたらあいつは倒せないぞ」

「確かにそれはそうですけど……」

「だろ? だから今日からは武器を使った戦闘訓練もするぞ。魔法だけじゃ距離を詰められた時に怖いからな」

「戦闘……槍でですか?」

 青年の問いに首を振りながら師匠は塀の陰から何かを取り出した。

 大きい麻袋、それを広場の真ん中で男はひっくり返す。

 広場に重さのあるものが転がる音が響き渡る。

 ロングソードに斧、弓矢に杖、短剣があれば鉄槌のようなもの。どう使うのかわからない形状のものまでさまざまだったが、とにかく山のような量の武器がその中からあふれ出てきた。

「こんな重いもん一人で担いできたんですか? こわ……」

 唖然として口を開けたまま突っ立っている青年に男は声をかける。

「この中から適当に選べ。もちろん槍でも構わないが」

 師匠の声に返事をしてラウルは得物を吟味し始めた。

 以前作ろうとしてできなかった弓を見て、こんな形だったかと頷き、手に持ってみたが、やはり狙ったところに当てるのは難しそうだった。

 短剣や斧は魔法を使う精霊相手には短すぎるだろうし、かといって槍では扱いにくそうだった。

 それならやはりこれしかないだろう。

「師匠。これにします」

 青年は少し軽めのロングソードを持ち上げる。

 装飾などが入っていない無骨な剣だが、丈夫そうに見えた。

「お、やっぱり剣か。わかった。それを使うことにしよう」

「分かってたならこんなに持ってくる必要なかったんじゃないですか?」

 ラウルが少し呆れ気味に言うと師匠が楽しそうに笑った。

「俺が使うんだよ」


「確かに、大きい魔法を使うたびに自分が体力ないなって思っては! いましたけど!」

 逃げ回る青年は剣を背負っているが、追いかける男は背中に斧、両手には鉄槌を二本持って走っていた。

「剣もう一本増やしたっていいんだぞ!」

「無理ですよ! これだってだいぶつらいんだから!」

 息が上がり、立ち止まった所で師匠が片方の得物で少年に攻撃を仕掛ける。

 金属がぶつかる音。

 師匠は青年に攻撃が当たる寸前で得物を止めるが、それを青年が自分の剣で受け止めるまで、攻撃は続いた。

 青年が攻撃を受け止めると、また追いかけてくる師匠から逃げまわり始める。その繰り返しだった。

 ハードな鬼ごっこだった。これなら嫌でも体力がつくだろう。

 遺跡の広場はとても広いが、足場がいいかといわれるとそうでもない。所々崩れた塀を避けながら追ってくる師匠から逃げるのは、青年にとってかなりの重労働だった。

 疲れた青年に師匠が追い付く。息が上がる彼に反し、師匠は涼しげだ。精霊は人間の姿になっても疲れることがないんだろうか。

 男が振り下ろした鉄槌を避けて青年は剣を構えるが、それを受け止める反応の良さと武器の扱いはまだ青年に身についてはいない。

「あと師匠、その得物どうにかならないんですか! 怖い!」

「かっこいいだろ!」

 そういって師匠は棘が山ほどついた鉄槌を振り回す。

「怖いって!」

 横からぶつけられそうになったそれに向かって青年は剣を構えた。

 がちんとぶつかる音。

「よし!」

 ラウルが気を抜いた瞬間、すさまじい怪力でウォレスが少年の剣を弾き飛ばした。

「気を抜くなよ。死んだぞ」

「あああ……」

 ラウルは気を落としたがこれももう何度目かの繰り返しだった。そして、額に浮き出た汗をぬぐった師匠がまた口を開く。

「今度は、逆バージョンやるぞ!」

「まだやるんですか⁉」

 疲れの色を隠せない青年を無視して、男はまた別の得物を探し始めたのだった。


 青年が追いかける側になると、師匠がいかに手を抜いて走っていたのかが分かった。

 青年は相変わらず剣のみ背負っているが、師匠のほうはと言えば背中に大きな剣、腰には短剣を付け、手にはどうやって使うのかわからないチェーンでつながれた鉄の球のようなものを持っている。

 明らかに青年のほうが身軽だが、なかなか彼は師匠に追いつけなかった。

「あんなに背負ってるのに何であんな速さで……化け物ですか……いや精霊か……精霊のイメージと違うでしょ……」

 息も絶え絶えに突っ込みながら少年は彼を追いかける。


 結局、その日彼は男に追いつくことはできなかったのであった。




 武具の修業を追加してから数か月。

 師匠の走りに追いつくことはできるようになってきたが、彼はまだ師匠から一本取ることはできていなかった。

 追いついても最初の一撃で確実に返されてしまう。そうなるとまた彼を追いかけるところから始めなければいけない。

「何で僕が攻撃するところが分かるんですか」

 休みがてらに青年は男に問うた。

「ああ、それはな、お前の動きを予測しているからだよ」

「予測?」

「お前、わかりやすいぞ。攻撃してくるところに確実に目線がいってる」

「え、ほんとですか? だからわかるのか……」

「相手に攻撃を当てるなら、相手の動きを予測してそれを避けつつ、相手が思っていなかった方向からの攻撃を繰り出すんだな。俺みたいに力が強い奴は読まれても力で押し切ってしまえばいいが、お前みたいなのは速さと技術で勝負だ」

「なるほど……師匠が予測してないところから素早く攻撃すればいいと」

「そういうことだ。それも想像するのが大事だな。じゃあ続きやるぞ」

「また想像ですかあ……」

 師匠がまた別の得物を探し始める。


 師匠がどう動くのかを想像して行動する。左を守ろうとしているときは右から、上を守ろうとしているときは下から攻撃を繰り出す。

 さらに自分がどこから攻撃を仕掛けるか師匠に悟られないようにしなければならなかった。

 考えるのは簡単だが、それを実行するとなるとかなり大変だった。青年は鉛のように重い腕を必死に動かして師匠に挑み続けた。


 最終的に彼が師匠から一本取ることができたのは、その日から一週間も経った後であった。





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