第5話 生きる術

その後、ウォレスに助けられた少年は案の定また彼に担がれて屋敷まで運ばれた。

担がれるのは苦手だ、足が地についていないから、なんとも不安な気持ちになる。

怪我をした腕の痛みに耐えながらも屋敷にたどり着くと、男が怪我の手当てをしてくれた。

「見かけによらず、丁寧なんですね」

意外そうに言うラウルに、男は意地悪そうな笑みを浮かべる。

「適当に焼いたっていいんだぞ?」

その言葉に少年は全力で首を横に振った。

焼いたら血が止まると言うのは聞いたことがあるが、自分がされるとなれば話は別だ。

それを見た男がおかしそうに笑う。

そうやって、彼らの日常が始まった。




「生きるためにはなにをするにしてもまず食うことだ」

次の日、師匠は昨晩と同じくスープのようなものをこしらえてくれた。食べる前にそんな言葉を発した彼の意図が、ラウルにはわからなかった。

「確かに食べ物は大事だけど……」

「お前、昨日俺に助けられた時、腹が減ってしょうがなかっただろ。その時お前なにしてた? 食いもん探してたんじゃねえか?」

たしかに……と少年は呟いた。あの時は氷の中にある食料を手に入れることができなかった。

「そうだ。人間が生きるためには食いもんが必要なんだ。だからまずは食べれるものを手に入れる方法を、身につけなきゃな」

「でも、街の中は氷漬けにされていてなにも手に入りませんでしたよ」

そんな中で、どうやって手に入れると言うのか。

「おまえ、食いもんが街の中で作られてると思ってんのか? 作ったものがなければ街の外まで出て取りに行けばいいんだよ」

「ええ……そんなこと言われても」

街の外には昨日のような獣はおろか、人間をみると襲いかかってくる魔物がいる。そんな中で食べるものを探せと言うのだろうか。

「俺が守ってやるさ。師匠だぞ? ほら、さっさと食え」

「話始めたのは貴方じゃないですか……」

文句を言いながら口にしたスープはとても暖かく、朝の冷え切った胃を温めてくれた。その温もりと満足感に、少年は昨日味わった死の近さを思い出した。

「ほら、食ったらいくぞ。時間がかかるからな」

「そんな大変なんですか⁉︎」

文句を言いながら歩く少年と男。

そうして二人は街の外、すこし遠くに見える林へと足を伸ばしたのだった。


「師匠、これは食べれますか?」

木に生茂る葉が日光を遮る森でしゃがんで野草を探す少年が、振り向いて男に声をかけた。

手袋をつけた手に持っているのは茶色い雑草、一見するとただの草だが、その葉には毛が生えている。

「あーそれはギイフトってやつだな。食えん。毒がある」

「ひっ……毒⁉︎」

驚いて少年が草を投げ捨てると、ウォレスは大きな口を開けて笑った。

「そういうのは先に言ってくださいよぉ……」

文句を言って手袋をほろったラウルに悪びれもなく忘れてたと男は返して、また笑った。

それにしてもよく笑う人だ。彼はラウルとの会話を楽しんでいるように見えた。

師匠というとなんとなくニヤニヤいるのですこし呼ぶのが嫌だが、名前で呼ぶよりもなんだかしっくりきたので、時間が経てばすぐに慣れそうだった。

「じゃあこれは?」

ラウルが指を刺した先にはくるりと渦を巻いた形の草が生えている。すこし間があり、これも食べれないと言われるかと思ったその時。

「おっ、それは食えるぞ! いっぱい生えてるな!」

嬉しそうに言ったウォレスが持ってきていた麻袋を広げた。

「これがいっぱいになるまで探すぞ!」

「うそでしょ……」

落ち込む少年を笑いながら男はどんどん野草を突っ込んでいく。

そして冷ややかな目でこちらを振り向いた。

「お前、ちゃんとやらないと食わせないからな」

「や、やりますよお!」

そうやって、少年は食べることのできる野草の取り方を知って行ったのだった。




野草取りも板についてきた頃、師匠が言った。

「じゃあ今日は、外敵に出会わない方法を教える」

「外敵?」

「獣とか魔物とかだ。俺がいつも追い払ってやってんだろ」

「あ……」

たしかに、外に出る時はいつも師匠が火の魔法で撃退したり、結界を張ってくれたりしていて、獣や魔物に襲われたことがなかった。

「お前今思い出しただろ……ったく。とにかく、一人で外に出ていくならそいつらから身を守る術が必要だ。獲物にされない方法を三つ、教えよう。一つ目は見つからないこと。二つ目は見つかったら焦らないこと。三つ目は、対抗する武器を持っていること。この三つだ」

ウォレスはそう言って指を三本立てながら数える。

「確かに、その三つができれば外で急に死ぬことはなさそうですけど……というか、一人で行けるようになったら一緒に来てくれないつもりですか⁉︎」

ラウルが半ば叫ぶように非難すると、男は当たり前だろ、と返す。

「お前、いつまでも俺が守ってくれると思ってたのか? 俺だって料理やらなんやら、やることがある。頼りすぎだろ」

頼りすぎという言葉に、ラウルは以前兄たちに頼りきりだった自分を思い出した。

「……そうですね。がんばります」

反応がない。少年がウォレスの方を見ると、目を丸くして驚いていた。

「な、なんですか?」

「いや、やけに素直だなと思って……」

「信頼がなさすぎる……」

かくして、少年は外に行っても生き残る術を学び始めたのだった──

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