数日遅れのバレンタイン ― 友チョコと恋の不等号 ―

ブリル・バーナード

不等式の問題です。正解すればチョコをあげましょう!

 

「お疲れでーす……って、まだ誰も来ていないか」


 今日は2月16日。高校の学年末テストの最終日だった。

 午前中でテストは終了し、脳と精神の疲れを感じつつ、開放感に満ち溢れている現在。

 放課後になって部室に顔を出してみたが、まだ誰もいない。


「やっぱり今日は皆、即座に家に帰るよなぁ。それか遊びに行くか」


 いつも以上にワイワイガヤガヤと学校中が賑やかだ。

 極まれにドヨーンと絶望した生徒もいるが、概ねニコニコ笑顔で帰宅している。

 俺も倣って家に帰ろうかなぁ、と考えたところでテストの疲労が突如襲い掛かってきた。

 怠い。疲れた。何もやる気が出ない。もう嫌だぁ。


「……しばらく休んで帰ろう。そうしよう」


 椅子に座ってぐてーっと机に突っ伏す。

 静かな独りの部室が妙に心地良い。


「失礼しまー……うげっ! 先輩っ!?」


 恐る恐る部室のドアを開けて、俺を見るなり顔を引き攣らせた女子生徒。

 人懐っこくて可愛い少女が動揺と焦りで挙動不審だ。

 俺は後輩に力なく手を挙げて挨拶。


「よぉー後輩ちゃん。第一声に『うげっ!』とは失礼じゃないか?」

「先輩がいるとは思わなかったんですよー! くっ! 私の予定が……」

「んっ? 予定?」

「な、何でもないです!」


 誤魔化すように声を荒げ、俺の対面の席に座る。

 キョロキョロと部屋の中を見渡し、チラチラと俺のほうを見る後輩ちゃん。

 何か疚しいことがあるのだろうか? 不審者の行動だ。

 はっはぁ~ん! わかったぞ。後輩ちゃんがおかしい理由が。


「さては後輩ちゃん……」

「な、なんですか!?」

「俺にドッキリを仕掛けようと部室で待ち構えているつもりだったろ?」

「……ほぼほぼ正解ですよぉー」

「よっしゃ! 当ったりー!」


 後輩ちゃんは苦々しい顔。

 真っ先に部室に来た甲斐があった。後輩ちゃんのこの顔は激レアだ。

 いつも揶揄われるばかりだったから、彼女を出し抜くことが出来てとても嬉しい。


「ちっ! 何故今日だけ早いんですか。いつもみたいにゆっくり来てくださいよ」

「担任がホームルームしなかったからなぁ」


 サンキュー! 先生! おかげで悔しそうな後輩ちゃんを拝むことができました。


「というか、何故俺が部室に来る前提だったんだ? 来ない可能性のほうが高かったと思うが」

「乙女の勘と言っておきましょう」


 乙女の勘、便利すぎ。そして、ドヤ顔の後輩ちゃんが可愛すぎてムカつく。


「先輩先輩! バレンタインでチョコが0個の先輩!」

「……おい待て。何故俺がチョコ0個だと決めつける?」


 後輩ちゃんはキョトンと心底不思議そうに首をかしげた。


「違うんですか?」

「……違わなくも……ない……かもしれない」

「で、結局は?」

「0です……」


 追い打ちをかけてきた後輩ちゃんは、やっぱり、と実に楽しげ。ニンマリと口角が上がっている。

 ちくしょう! バレンタインデーなんか滅べばいいんだー!

 唇を噛みしめ、血の涙を流す俺。

 よしよーし、と頭を撫でてくれる後輩ちゃん。

 余計に悲しくなるから止めて……。


「まあ実際、テスト期間の真ん中にバレンタインがあったし、テストが終わって今からチョコを作り始める女子たちがほとんどだから、チョコが貰える可能性はまだあるのだ!」

「義理ですけどね」

「それは言わないで!」


 義理だろうが本命だろうがチョコはチョコ。

 もらえるのならいいじゃないか!

 机に突っ伏したまま、対面に座る後輩ちゃんにジト目を向ける。


「後輩ちゃんはチョコを作りに家に帰らなくていいのか?」

「えっ? 私、チョコなんか作りませんよ」

「そうなのか?」

「はい。市販ので済ませます。だって、食中毒が怖いじゃないですか」


 たしかにその可能性はある。が、心配しすぎじゃないか?

 もしかして、後輩ちゃん、料理ができないとか?

 あり得る。後輩ちゃんの苦手なもの発見か!?

 後輩ちゃんはどこか遠くを見つめる。儚げな表情が様になっていて一枚の絵画のようだ。


「昔、友達に貰った手作りチョコケーキに当たったことがあるんです。食べた日の真夜中、腹痛で飛び起きてトイレ駆け込みました。食べてお腹壊したとその友達に言うことが出来ず、それ以来、私はバレンタインで手作りはしないと心に誓いました」

「お、おう。大変だったな……」


 マジエピソードですか。気まずい。

 そんな体験談があったら、作りたくなくなる気持ちはわかる。

 とてもよく伝わったから、そろそろいつもの後輩ちゃんに戻ってくれない?

 どこかに消えていなくなってしまいそうで不安だから。


「そっか……後輩ちゃんは手作りしないのか……」

「もしかして、先輩は私の手作りチョコが貰えると期待してました? 期待してましたぁ? ごめんなさい。先輩には手作りチョコはありません!」

「いや、学校中が落胆するかなって。後輩ちゃんは人気者だから、男どもの涙で血の海ができるぞ」

「そっちですか……」


 なんで後輩ちゃんが落胆するの?

 そっちってどっちだよ。

 クラスの男子に義理チョコを渡す女子もいるじゃないか。きっと後輩ちゃんと同じクラスの男子はソワソワしていることだろう。

 残念だが、貰えないらしいぞ。どんまい。


「まあ、これはこれで先輩らしいですか。というわけで、これをどーぞ!」


 ゴソゴソとバックから取り出した箱が差し出された。

 ハート型の高級そうな箱だ。


「手作りは渡さないといいましたが、市販のものを渡さないとは言っていませんので!」


 顔を真っ赤にして早口で告げた後輩ちゃん。

 ね、念願のチョコレートだと!? それも後輩ちゃんから……。


「おう。ありがとう」

「……かっる! なんですかそれ! 昨夜からいろいろシミュレーションして、テスト中も考えに考え抜いた計画は初っ端から上手くいかず、勇気を絞りだした一世一代のプレゼントを顔色も変えずにあっさり受け取りますかっ!? 先輩のバカ!」


 バカって言われてもなぁ……。


「だって義理だろ?」


 箱がハート型なのもいつものように俺を揶揄うためだろう。もう引っかからないぞ。

 顔を真っ赤にした後輩ちゃんは拗ねたように唇を尖らせ、ぷいっと顔をそらした。


「……義理じゃありません」

「えっ? じゃ、じゃあ本め……」

「友チョコです」


 で、ですよねー。

 一瞬、本命と期待してしまった俺の純情さを返せ!

 また揶揄っただけかよ……。

 後輩ちゃんは狼狽えた俺を見てニヤニヤ笑っているんだろうな。って、あれ? ニヤニヤしてない。真面目な顔だ。


「突然ですが、ここで問題です」

「本当に突然だな」


 甘酸っぱくてシリアスな空気をぶち壊した後輩ちゃんは、部室のホワイトボードに何かを書いていく。


「この問題を解くことが出来たらそのチョコを差し上げます。理系の先輩には簡単ですから」


 よしできた、とペンを置く後輩ちゃん。

 そこには、とても短い問題が出題されていた。



 Q:私と先輩の関係性を不等号を用いて表せ.



 俺は無言で後輩ちゃんの隣に立ち、ホワイトボードに答えを書き込む。



 A:友達 ≦ 俺と後輩ちゃん < 恋人



 友達以上恋人未満。

 それが俺と後輩ちゃんの今の関係だ。


「正解です。この関係の状態なら友チョコ……ですよね?」

「そうだな。たしかに、友チョコだな」


 俺が好きで、俺を好きな人が耳元でコソッと囁く。



 ――友チョコを本命チョコにしませんか?


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