殺人鬼は異世界にて、かく語りき~殺人鬼は異世界で如何にして生きていくべきか~

スズカズ

第一章 彼女のために鐘は鳴る

プロローグ 殺人衝動

 誰かを殺したい。


 物心が付いた頃から僕にはそんな欲求があった。

 

 理由は分からない。なぜだか、どうしてだか、僕は何かを、誰かを、殺したくてたまらないのだ。


 砂漠で水を求めるような原始的な欲求。それは心の底から湧き出る本能的な感情だった。

 

 最初に殺したのはありだった。


 巣に餌を運ぶ彼らの行列に、足を何度も振り下ろした。


 コツはあまり強く踏まないことだ。そうすれば長い間、彼らはもがき苦しみ続ける。

 

 その様を見続けるたび、心のどこかがすっと晴れるような気がした。

 

 だが何度も試していくうちに次第にそれも飽きてしまう。

 

 次は蝶だった。昆虫というのは凄い。


 たとえ羽を毟られ、身体を半分にしても動き続けるのだ。


 身体を裂かれた彼らは、まるで断末魔を叫ぶように必死に動き続ける。それを見て、また心が晴れた。

 

 しかし、それもまた飽きる。

 その次は甲虫カブトムシだったか蜻蛉トンボだったか。

 

 小学生に上がる頃には、子供の範囲で手に入る物は全て試してしまっていた。

 

 僕の両親は、僕がまだ数歳の頃に亡くなっていた。


 だが僕の育て親だった叔父は遅まきながらも義理の息子の異常性に気付いた。子供であれば見せるであろう残虐性の度合いをはるかに超えていたからだ。


 子供用の番組や玩具には目もくれずに、ただひたすらに殺戮を続ける子供。


 義理の両親は数え切れないほど僕をその手の医者に連れて行ってくれたが、治ることは決してなかった。

 

 年を重ねるごとに強くなる衝動。

 

 まずは小鳥、罠を作って捕まえ、ライターで焼き殺した。 


 次はペットショップで買った小動物、水の張った水槽に落として溺死させた。


 近所の猫や飼い犬、逃げられないように縛り付け、果物ナイフで刺し殺した。

 

 段々と殺す対象が大きくなっていった。


 であれば当然行き着く先は──



 *****



 走っていた。

 ただひたすらに走っていた。

 

 深夜の波止場はとば。薄汚れた倉庫が並んだ道路はまるで墓場のようだった。

 

 真横に見える海は真っ黒で、まるでどこまでも続く底無し穴に見える。


「……あった」

 

 目的の場所を見付けた。

 僕が個人的に借りている小さな倉庫だ。

 

 ポケットにしまっていた鍵を使い、乱暴に扉を開ける。

 

 薄暗く、埃まみれの倉庫。近くの運輸会社の普段使われていない倉庫だ。


 僕は手探りで照明のスイッチを探す。焦る必要はない。誰もいるはずがないのだ。


「──やはり着たか、殺人鬼」


 はずだった。

 部屋の照明が付いてすぐ気付いた。

 

 部屋の中央、照明をまるでスポットライトのようにして僕の宿敵がそこに立っていた。


「……やあ、探偵さん」

 

 動揺を隠しながら僕は声を掛ける。


 そこにいたのはフェドーラ帽とトレンチコートを着た女だった。


 帽子を目深に被って表情は見えない。だがそれなりに長い付き合いだ。顔は知っている。


「相変わらず、大昔の探偵映画に出てくるような格好だね。せっかくの美人が台無しだ」


「好きなのさ。コレがね。まるで自分が本物の名探偵のように思えてくる。いやなに、形から入るというのは大事だと思うがね」

 

 イカれた格好だが、さらにイカれたことにこの女は数え切れないほどの事件を解決してきた本物の名探偵ということだ。元捜査一課の一流刑事がどんな事情、あるいは酔狂で私立探偵などやっているのか知らないが……。


「君の犯罪を立証するのに必要な証拠はもうすでに警察に届けた。もう逃げることは不可能だ。自首を進めるよ」 

 

 倉庫の中、気付かれないように、とある場所に視線を向ける。


 左側、三メートルほど前方、下から二番目の棚。埃が積もり、荒らされた形跡がない。僕は確信した。まだ大丈夫だ。


「ここに来るかは半分賭けだったか……さて一体何を探してこの場所に来た? 連続殺人鬼は殺害の記念品を残すというがね。目的はそれか?」


「僕が最低の人殺しだというのは認めるけど、まるで三文小説の殺人鬼のように言われるのは心外だね。そんな安っぽい証拠は残さない」


「……だろうね。だからこそ今日の今日まで君を捕まえる出来なかったんだからな。君は一体今まで何人殺したんだ?」


「百四十八人」

 

 嘘偽りなく、それが僕の罪の数だった。


 僕が告白すると同時に床を蹴り、走り出す。

 目的の棚、木箱からあるモノを取り出す。五秒も掛からない。


「……目的はそれか」

 

 探偵は心の底から残念そうに呟いた。それは失望だった。  


「ピストル、拳銃、トカレフ……まあ言い方はどうでも良いか。昔、殺した暴力団員が持っていたものさ。こういうときに備えてとっておいたんだ」

 

 黒光りするその物体を探偵に向ける。


 引き金を引くだけで容易く人を殺せるその凶器を。


「ふむ、銃は男性のメタファーだと言ったのはフロイトだったかな。……君、それ安全装置が外れてないぞ」


「ああ、知ってる。この銃に安全装置は付いてないよ」

 

 問題は最後に動作確認してから三年ほど立っていることだ。動いてくれればいいが、それは口に出さない。


「……はぁ、悪いが命乞いはしないぞ。私を殺しても君は逃げられない。すでに広域指名手配済みだ」


 おどけたように言うが真実そうだろう。彼女はそういう人物だ。


「あはは、違うね。君は勘違いしているよ、探偵さん。

 

 

 

 引き金に力を掛ける。


 よほど予想外だったのだろう。眼前の探偵が心底驚いている。ああ、痛快だ。

 探偵が手をこちらに向ける。


「……ッ、止め──」

 

 それはこの世でもっとも手軽で簡単な方法の一つ。


 


 口の中で火薬が炸裂する。

 ああ、僕は、これ、が、そう死──── 

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