第10話 私の日常

 たこ焼きパーティーがお開きとなって、夏生なつきは自分が暮らすアパートに帰った。一緒に帰っていた歩乃目ほのめとは道が違うので途中で別れた。


 玄関のドアを開け、カバンを床に置いた。教科書の重さを感じる音がした。

 どうして大学の教科書はこんなに重たいのか。カバンの口からは数式が書かれた分厚い教科書が見える。

 夏生は壁に掛けてある時計を見た。まだ真優まゆの家を出てから20分しか経っていない。

 水道の水をコップ一杯注ぐと、薬を飲んだ。最近病院に行ったときに貰った薬だ。袋には食後に飲むよう書いてある。


 夏生はシャワーを浴びて歯を磨き、寝る準備をした。まさにベッドに横になろうとしていたとき、スマホが鳴った。

 夏生はスマホを手に取った。成美なるみと知り合うに使っていた3人のSNSグループには、真優からメッセージが送られて来ていた。


『やっぱり成美はいつも通りだっただろ?』


 たしかに真優の言う通りで、特に何も気になることはなかった。しかしそれ以上に、夏生には気になることがあった。


『それより包丁は見つかったの?』

『いや......』


 真優の包丁はまだ見つかっていないようだ。2人の会話に歩乃目も交ざる。


『まだ見つかってないんだ。怖いから警察に相談してみたらどうかな?』

『そうだな、ちょっと考えてみる』

『はやめに決めなよー。怖いし』


 夏生はそう送ると、スマホの画面から目を離し、布団に潜った。


 翌日、いつも通りの一日が始まった。4人でいつもの日常を過ごした。

 夏生はこの日常が好きだった。なんの変化もない、ただの日常が。これがずっと続けばいいのにと思う。

 帰り道、無くなった包丁の代わりを4人で探しに行った。良い物が見つかって真優は喜んでいた。今度夏生たち3人に手料理を作ってくれるらしい。また真優の家に行って料理を食べるのを夏生は楽しみにしていた。

 


 夏生は家に帰ると1人泣いていた。なぜだか涙が溢れてくるのだ。

 夏生には分かっている。こんな日常がずっと続くわけはないと。大学を卒業したら、みんなバラバラになるときが来る。もしかしたらそれはもっと前かもしれない。

 初めてこんなにも楽しい日常を友人たちと暮らせている。この日常を終わらせたくない。

 しかし、時の流れはどうすることも出来ない。

 1人でずっと、夏生は泣いていた。



 夏生は思い出したように立ち上がった。今何時だ。

 壁の時計をみると、もう2時間ぐらい経っていた。なんて無駄な時間を過ごしたのだろう。

 夏生は机に買ってきたお惣菜を用意し、水を注いだコップも持って座った。1人で遅い夕食を食べる。

 なんとなく、テレビの電源をつけた。


『今日のお昼頃――――』


 ニュースがやっていた。今日もどこかで事件があったようだ。夏生には関係ないが。

 スマホの画面を見た。4人のグループに真優からの感謝のメッセージが届いていた。思ったより包丁が使いやすかったようで、大量のお刺身を作っていた。魚がおいしい海近くの地域とはいえ、そんなにたくさんのお刺身は食べきれるのだろうか。

 夏生は夕食を食べ終わり、机の上をかたづけた。シャワーを浴びて歯を磨き、寝る準備をした。


 明日も日常が始まる。 

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