第27話 度胸と根性の拳を振るえ!

 私は飛んでくる魔法を弾く、弾く、受ける、弾く、避ける。全てを受けるほどはもたない。けれど全てを避ける程簡単な密度ではない。


「アンナ、大丈夫か?」


 私は横目でアンナの〈ピンクピンキー〉を見る。あいつはこれが魔導鎧マギアメイルでの初実戦だ。私なりに心配はしている。


「大丈夫ですわお姉様~。心地良い、いえ気持ち良いですわ! 快感ですわ!」


 うん。よくわからん。

 私は普通の女とは程遠い生き方をしてきたから、普通の女の感性はわからない。けれどアンナが普通ではないと最近気がついた。ま、大丈夫っぽいしいいか。


「アンナ、それじゃあ手はず通りに任せたよ!」

「任されましたわ! 私が敵の攻撃を思う存分引きつけますわ!」



 ☆☆☆☆☆



「来る、来る、来る。やってきますわ~、獣欲を滾らせた男達が!」


 わたくし――アンナ・アンドゥハーが最も求めるもの。それはスリルだ。

 スリルのない人生なんて、味のしないお紅茶と一緒。そんな無意味な人生を送りたくありませんわ。


「あの頭のおかしな色の魔導鎧を討ち取れ! 部隊全機《火球》!」


 さすが噂に名高いダイヤの騎士団の統率力。ティム・トーレス卿は優秀な団長ですわね~。その性格はともかくとして。


 迫りくる《火球》の一斉射。その輝きが私へと迫り――、


「でも食らってあげませんことよ!」


 ――舞うように振るった〈ピンクピンキー〉の袖によってかき消される。


 これが、これこそが私の〈ピンクピンキー〉の能力。お姉様の乗る〈アイアネリオン〉の魔力拡散構造を、さらに進化させた物。


「なんだあの力は!? くっ……、全機槍を持て! 接近戦で仕留めるぞ!」

「あらまあ、今度はその滾る獣欲を直接ぶつけにいらっしゃる?」


 私を囲むように接近してくるのは、西方王国の主力機である〈ぺブルポン〉が九機、それに指揮官機であろう〈ブロンバロン〉が一機。


「もらった!」


 突き出される槍、槍、剣、槍。迫る鋭い切っ先。模擬戦だから急所をはずしていると言っても、恐怖を感じる。そしてスリルが――快感が私を包み込む。


「なんだっ!? 放せ!」

「つーかまーえまーした! 私は嫁入り前の身の上。そう簡単に貫かれませんの」


 前後左右から突き出された槍を束ねて脇で挟み、剣はそでで巻き取る。これでもう私を囲む皆さんは動けない。


「ひとつだけ訂正しておきます。おかしいのは機体の色だけではありません」

「……はあ?」

「全てです。中級魔法《大火炎》!」


 私の〈ピンクピンキー〉ごと捕まえた魔導鎧の部隊を《大火炎》で包み込む。

 楽しい楽しい楽しい。私を追い詰める私が狂おしいほどに好き。

 スリルに包まれて、スリルに生きる。なんと素晴らしいことでしょうか。


 私をだと思いましたか?

 そうだとしたらそれは酷い勘違いですわ。


 私は私をなぶるにあたいする人間にしか嬲られませんの。だから私の身体を味わいたいのなら、無理やり押さえつけてそうしなさい。模擬戦用のふ抜けた槍じゃ、私は貫かれませんことよ?


 煌煌と輝く《大火炎》の輝きに魅せられて、魔導鎧が続々と羽虫の様に集まってくる。ゾクゾクしますわ。私にもっとスリルを味合わせてくださいまし!



 ☆☆☆☆☆



「おらあああああああっ! 《光子拳》!」


 私は進行方向にいる魔導鎧を殴り飛ばしながら、懸命に駆け抜ける。まともに相手をしていたら身体がいくつあっても足りない。目指すは大将首はただ一つ!


「来たか、イザベル・アイアネッタ!」


 私は突き出された槍を、すんでのところで避ける。


「ティム・トーレスか!」

「団長殿をつけたまえ。この私と愛機〈シャーク・ザ・ファイア〉が相手をしてやろう。光栄に思いたまえ!」


 相変わらず頭が高い野郎だ!

 だけどそこはさすがに四大騎士団長の一角。突き出される槍の切っ先は鋭く、ここに来るまで相手をしてきたへっぽこ野郎とは違う。


「ふん、良く避ける。さすがは山猿の頭領ということか。だがいつまでもつかな?」

「くっ……《光の矢》!」

「ふん、どこを狙っている? 魔法の収束が甘い。低レベルだな」


 私が放った《光の矢》は、かすることもなく明後日の方へと飛んでいった。だけど、これでいい――。


 ――ドーン!


「なんだ!?」


 空中に巨大な花火が上がった。ローレンスが上げたものだ。

 そう、私の《光の矢》はローレンスへの合図。


「こけおどしを! 全軍集まれ、小生意気なご令嬢に現実を教えてやれ!」


 演習場に散らばるダイヤの騎士団の全機が集ま……らない。


「なんだ!? なぜ集まって来ん!?」

「私の部下たちが足止めしてんのさ。お前が下郎と吐き捨てた私の部下たちがね!」



 ☆☆☆☆☆



「おらあっ! 《泥沼》!」


 俺――ジャン・チャップマンが放った地属性魔法の《泥沼》が、敵の魔導鎧の足を止め……られない。少し滑らせるも、問題なく動くみたいだ。


「クソっ、俺の魔力じゃこんなもんか……! だけど姉御のとこには行かせねえ!」

「おいどけ! 踏みつぶしてしまうぞ!?」


 この戦いは模擬戦。いくら下層民相手とは言え、生身の兵士を演習で踏みつぶす度胸は相手にありはしない。俺たちはそこをつく。


 姉御とアンナが目線を引き付けている間に、俺達歩兵は戦場中に散った。そしてローレンスの放った《花火》を見上げている隙に足元へと接近。姉御が大将首をとるまでの間、身体を張って、張り巡らせた罠を利用して、他の魔導鎧の動きを封じる。


「お前らに魔力や家柄は負けても、度胸と根性は負けねえ! それがイザベル隊だッ!」


 掃き溜めみたいな俺達にもプライドはある。頼みやしたぜ、姉御!



 ☆☆☆☆☆



「ふん、下郎げろうどもがこざかしい真似を……。だが、ここで貴様を私が討ち取ればいいだけの事!」

「ふん、やれるもんならやってみな!」


 奴の槍にもだんだん目が慣れてきた。かわせる。かわせるということは――、


「――返しで攻撃も叩き込める! 《光子拳》!」

「甘い! 《水流壁すいりゅうへき》!」

「くっ……!」


 大地から噴き出した水の壁に、私の拳は逸らされる。まあ騎士団長様が槍一遍同じゃないよね。


「止めだ! 《激流槍げきりゅうそう》!」


 その名の通り激流の様な猛烈な突き。私はそれを――、


「いけ! オシルコ!」

「ござる――――――ッ!?」


 操縦席を開けて、オシルコを投げつける。


「小手先を! その囮ごと貫く!」


 トーレスは止まらず、オシルコごと突き進む。

 悪いオシルコ、後で縫い直す。……セシリーが!


「そのような小手先の技、このティム・トーレスの前には無意味だと知れ!」

「だが切っ先はわずかに逸れた! 守るより攻める。肉を切らせて骨を断つ、《閃光回し蹴り》!」

「なに!?」


 トーレスはオシルコをわざわざ巻き込むため、少しだけ槍先を上へと上げた。私はそれを見逃さず、回し蹴りで槍先を蹴り上げる。


「そして――」


 私はそのまま一回転。〈アイアネリオン〉の体幹を駆使してタメをつくり、その勢いのまま拳を叩き込む。もらった!


「度胸と根性、それが私たちの誇りだ! 爆裂! 《黄金のゴールデン鉄拳アイアンフィスト》!」

「この私が!? ば、馬鹿な―――ッ!?」


 私の一撃が、〈シャーク・ザ・ファイア〉の青いボディを打ち砕いた。



 ☆☆☆☆☆



「さあて、どうしてやろうか?」

「な、何を……!?」


 砕かれた〈シャーク・ザ・ファイア〉は行動不能。トーレスの野郎は、生身をむき出しにしている。


「アイアネッタ公爵家のコネを全部使えば、一人死んだことくらい演習中の不幸な事故で片づけることができるって意味だよ。それがたとえ騎士団長でもね」


 ま、脅しなんだけどね。

 でもまあ、追い詰められて漏らす寸前みたいなトーレスはそう思っていないみたいだ。


「た、頼む……いえ、頼みます! どうか命だけは!」

「どうしよっかな~?」

「ご、ご無礼を謝ります! どうか! この通り!」


 トーレスは操縦席から飛び降りると、土下座をして謝罪する。自分の水魔法でぬかるんでるから、泥まみれだ。


「私に謝るのは違うんじゃないのか?」

「へ……?」

「山猿だの下郎だの私の部下を罵倒しただろう? それにグレゴリーや他に平民に対してもだ」

「わ、わかりました! 謝罪します! もう下々……平民を軽んじたりはしません!」


 うーん、まあよし。許してやるか。私は〈アイアネリオン〉から飛び降りる。


「わかった。許してやるよ」

「ほ、本当にです――ブベルッ!?」


 私の拳を食らったトーレスは見事に縦回転して飛んでいき、巨木にあたってグベッとか言いながら止まった。ああ、すっきりした。


「イザベル。噂に違わぬ腕前だね」


 私のもとへとやってきたのは、女王陛下。護衛するように立つガードナー卿、グレゴリー、カリナの騎士団長。それにあのスチュアートに、兄ちゃん?


「はっ、ありがたきお言葉」

「そう硬くなることないよ。トーレスはこれで実力を思い知っただろうし、皆もいいね?」


 女王の言葉に、居並ぶ騎士団長が首肯する。なんのことよ?


「イザベル・アイアネッタ! そなたを新設の独立騎士団、通称ジョーカーの騎士団長に任命する!」

「はっ! ……は?」


 ジョーカーって何さ?



 ☆☆☆☆☆



「クラウディオ様、帰国したベラスケスとその三族の処刑、すみやかに完了いたしました」

「ご苦労」


 まったく、我が帝国に泥を塗りおって。

 帝国に負けは許されない。虜囚の身などもってのほかだ。ベラスケスは潔く突撃を敢行し、討ち死にするべきだった。であれば家族は助かったであろうに。


 まあいい、おかげでこの俺にチャンスが巡ってきた。西方王国陥落の功をもって、この俺は次期帝王への道を歩む。


「待っておれ西方王国。このロメディアス帝国第十三皇位継承者、クラウディオ・デラ・ロメディアスの覇業の礎としてくれるわ! フゥーハハハッ!!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――

第2掌 軍人令嬢編 了

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第3掌 団長令嬢編 【近日開始】予定

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