第26話 雨音は心を映す

「アンナ! 防御魔法!」

「使えませんわ!」

「だよねえ……」


 雨あられと降り注ぐ攻撃魔法。未だに打開策は見いだせていない。演習用に威力を弱めてあるとはいえ、塹壕から出れば蜂の巣だ。


「そうだ! ローレンス、あんたは防御魔法を使えるだろ!?」


 私は気だるげにしているローレンスに問いかける。確かこいつは〈アイアネリオン〉の起動試験をした時、レベルの高い魔法をいくつも使っていた。こいつなら使えるはずだ。


「当然使えるよ。でも僕は整備士の契約だし、面倒だから使わないけどね」

「おい!」

「そう怒らないで。考えてもみなよ、僕一人が使えたところで意味ないだろ? それに長時間は魔力がもたない」


 それもそうか……。たぶん相手は交代で撃ってきている。それこそえーっと……、ノブノブの鉄砲の三段撃ちみたいに。それをローレンスたった一人でずっと防ぐのは無理だね。


「よしわかった!」

「何か思いついたんですかい、姉御?」

「いいや、無理なのがわかった。各自今の内に腹ごしらえでもしときな。魔法が運悪く直撃しない事を祈ってね」



 ☆☆☆☆☆



「うーん、うーん……」

「殿下、少し落ち着かれてはいかがですか?」

「トリスタン、僕は落ち着いています!」


 僕――スチュアート・スタントンは落ち着いている。

 当然だ。戦っているのはあのイザベル。それを見て僕が取り乱す理由はどこにもない。


 眼下で繰り広げられる戦いは、今の所一方的なものだ。もちろん押されているのは数でも練度でも不利なイザベル。もう数時間も魔導砲撃の雨に晒されている。


「此度の一件はトーレス卿の失言によるもので、イザベル殿に非はないのでは?」

「当然知っています」


 今回の一件は聞き及んでいる。トーレス騎士団長の言いように、あのイザベルが怒らないわけがない。その場で馬乗りになって追撃をしなかっただけ落ち着いていると言える。


「しかしトーレス卿が騎士団から平民を除きたいと思っているのは、我が両親の件があったからこそ。そう思うと安易に批判はできません……」


 生前は王太子夫妻だった僕の両親は、僕が幼い頃に起きたある事件で暗殺された。その事件に関わっていたのが平民から登用された騎士団員だったことから、騎士団の中に平民出身者がいることを嫌う思想を持つ者は一定数存在する。王家への忠誠心高き名門貴族出身のトーレス卿こそその筆頭だ。


「このような一方的な演習に、意味があるとは思えませんが……」

「僕もそう思います。ですが――」


 実力を確かめるための演習というのはただの方便だ。聡明なお婆様がこれを止めなかったのは、あえてだろう。もしかしたら、これを機に騎士団の改革を考えているのかもしれない。


「――ですが、これをイザベルが破るとなれば、面白いことになるかもしれませんよ?」


 破天荒な彼女が番狂わせを起こすかもしれない。

 そう考えると、僕の口は思わず弧を描いた。



 ☆☆☆☆☆



 もう数時間、イザベルの部隊は魔法砲撃に晒されている。これじゃあいくら演習とは言え、生きた心地はしないでしょうねえ……。


「のん気に観戦かい、カリナ?」

「おや、アーヴァイン。来てたのかい?」

「妹を想う兄貴として当然だよ。ちなみに両親は演習の詳細を聞いた瞬間気絶して寝ている」


 高台から演習を観戦していた私――カリナ・ケインリーに声を掛けてきたのは、古くからの友人であり、知っての通りイザベルの兄であるアーヴァイン・アイアネッタだった。


「私だってただのん気に観戦しているわけじゃないさ。もちろん私やグレゴリーは助力を申し出たよ? けど断ったのは君の妹さ」


 グレゴリーなんて、止めるのも聞かずに参戦しようとしたから縛り上げてある。もちろん私だって可愛い妹分がなぶられるのを黙ってみていたくはない。本当さ。


 今すぐ仮面でもつけて参戦しようかな?

 深紅の機体に謎の仮面騎士。うん、悪くないんじゃないかな?


「別に俺も本気でカリナの事を疑っちゃいないさ。じゃないと妹は預けない」


 元々家族を大事にする方だとは思っていたけれど、ここ数年のアーヴァインはかなり妹殿に甘いようだ。なんて言ったって、昔からのライバルに頼み込むくらいだからね。まあ同時に友人でもあるんだけれど。


「それにイザベルならきっと大丈夫さ。イザベルの隊にはローレンスもいるだろ?」

「ああ……、彼か……」

「そう言えばカリナとローレンスは昔から馬が合わなかったな」

「まあね……」


 二人の間に特に何かあったわけじゃない。けれどなんとなく馬が合わない。その人格はともかく、優秀な人間とは認める。


「そんなことよりアーヴァイン、イザベルの隊が何か動き出すみたいだよ?」

「本当だな。さあてイザベル、今度は何を見せてくれるかな?」


 アーヴァインの顔は本当に楽しそうだ。それも今まで見たことないほどに。

 かく言う私も、“鉄拳令嬢”イザベルの活躍に期待している。


 さあイザベル、君の鋼の拳が未来をこじ開けるところを見せておくれ。



 ☆☆☆☆☆



「えーっと、確か……」


 私は〈アイアネリオン〉においてある荷物の中から弁当を探す。今日の演習の為に、セシリーが気合をいれて作ってくれたのがあるはずだ。


「おっ、あったあった。……って軽い?」


 見つけた弁当箱は異様に軽かった。中を開けると空だった。

 なんだこれは。高度な嫌がらせか?

 セシリーの日頃の恨みが込められているのか?


「申し訳ないでござる。弁当の一切、拙者が食べてしまったで候!」


 突如操縦席に響く無駄に渋くやたら良い声。ピンクに紫のパッチワークなクマのぬいぐるみ――オシルコだ。


「てめえオシルコ、なんでここに!? というか弁当を食っただと!? シバく!」

「は、話せばわかる!」

「問答無用!」

「お、お命は助けてほしいでござるよお嬢様! 拙者、気がついたら荷物の中に紛れていたで候。そうしたらいい匂いの弁当があって、拙者は空腹に負けて……、それで――ベアーッ!?」


 私はとりあえずオシルコを渾身の勢いで叩きつけた。食い物の恨みは恐ろしいぞ馬鹿野郎。


「おいオシルコ。あんた神の使いって自称するくらいなら、すごい魔法の一つでも使えないのかよ?」

「このファンシーなしろじゃ無理で――ワタがっ! ワタが出るから引っ張らないでくだされ!」


 クソッ……。セシリーの弁当はなくなり、あるのは役に立たない変な口調のぬいぐるみだけ。おまけに魔法は雨霰の様に降り注いでいる。絶体絶命だ。


「はあ……、あんた大人しくしときなさいよ?」

「承知でござるよお嬢様!」


 はあ……、まったくどうしたら……?

 いっそ行けるところまで突っ込んで……。


「――! そうだ! ローレンス、確か〈アイアネリオン〉にはある程度の魔法なら弾く機能があるって言ってなかったか?」

『そうだよ。憶えていてくれて光栄だね』

「〈ピンクピンキー〉には同じ機能はないのか?」

『当然あるよ。それも、より効率化したものがね』


 あるのかよ!


「なんでそんなこと黙っていたんだよ?」

『聞かれなかったからね。で、それがわかってどうするんだい?』

「これからみんなを集めて作戦を話す。それとあんたは、黙っていた詫びに一発だけでも魔法を放ちな」

『了解。可愛い友人の妹の頼みだ。それくらいは聞いてあげよう』


 可愛いは友人と妹どっちにかかってるんだ?

 私にだよな?


 私は〈アイアネリオン〉を飛び降りてみんなを集めると作戦を話した。


「ええ……、そいつは無茶ですぜ姉御」

「無茶でも何でもやるんだよ。あんたらは馬鹿にされて悔しくはないのかい?」

「それもそうですね。やりやしょう。おい手前てめえら、やるぞ!」

「「「おうっ!!!」」」


 よし、士気は下がっていない。

 この切り替えの早さが私たち馬鹿の強みだ。


「アンナ、切り込み役は私とあんただよ」

「はいお姉様! このアンナ、お姉様と味わうスリルを想像して、早くも絶頂しそうですわ!」

「ローレンスは手はず通り私の合図があったらね。頼んだよ」

「頼まれたよ」

「よし、これで準備は整った。イザベル隊、反撃開始だ!」

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