第24話 説得って大事

 例の防衛戦が終わってしばらく経った。あれから西方王国は捕虜にしたベラスケスを材料に、帝国との外交を展開しているらしい。どういう方向に持っていくのかは、私は知らん。


 でもまあそういった事情もあって、ここしばらく戦闘は発生していない。だから訓練に明けくれている。そんなある朝の事だ。


「あっ、姉御! おはようございやす! なんか新しい魔導鎧が来てんですが……」

「おっ、やっと来たか」

「ご存じなんで?」

「ああ。今回の戦功を理由に、装備の拡充をしろと脅し……お願いしといたんだ」


 ベラスケスを捕らえたことで、私の評判は鯉のぼり……ウナギのぼり?

 ウナギってのぼるか? ……まあ、いい。そんな感じだ。


 だからそれに乗じて、新しい装備をよこせと言ってやった。カリナはすぐに賛同してくれたけど、装備課のおっさん連中が嫌に渋りやがった。きっと平民――それもチンピラ崩れみたいな連中にあまりデカい顔をされたくないんだろうね。


 だけどそういう時は一発ぶん殴――懸命に説得して、新しい魔導鎧の配備を認めさせた。ちなみに装備課の課長の机は、なぜか吹き飛んで壁に大穴を開けた。直接顔面に行かなかった当たり、私は成長したと言えるわね。


「それで、騎士団の金で魔導鎧を一体オーダーしたってわけよ」

「へえ……さすが姉御。まるっきり山賊の手口ってのは黙っときます」


 口に出てるよジャン。まあこの荷台に積まれた魔導鎧で機嫌が良いし勘弁してあげるわ。


「でも、いくらなんでも俺に魔不鎧二台の整備は無理ですよ姐さん……」

「ああ、それなら心配しないでいいよカルロ」

「やあやあ、久しぶりだねイザベル」

「よお、久ぶりだねローレンス」


 荷台から顔を出したのはローレンスだ。ぼさぼさ黒髪に、眠そうな顔。相変わらず今起きましたと言わんばかりの身だしなみ。


「ローレンスって、もしかしてあの不世出の天才魔導鎧鍛冶師、ローレンス・ロアイシーガっすか!?」


 やたら驚くカルロ。ローレンスってそんなに有名人だったのか?


「そうだよ」

「即答!?」

「僕がローレンスであることも天才であることも紛れもない事実だからね」


 ああ、そうだった。こんな感じの変な奴だった……。


「ところでローレンス。こいつのことを教えてくれるかい?」

「ああ、そうだね。君が騎士団に金を出させて、天才の僕が造り上げた新たなる魔導鎧。その名も〈ピンクピンキー〉!」


 〈ピンクピンキー〉。その名の通りピンク色の魔導鎧だ。

 左右非対称な形状で、〈アイアネリオン〉よりは少し小型。しなやかな肉体を思わせる〈アイアネリオン〉とも、武骨な〈ロックザロック〉とも違う。あえて例えるならそう、ビラビラ飾りのある服を着た渋谷にいるギャル。


「イザベル、君のオーダー通り魔法戦を想定した機体さ。それでいて魔力を通すと硬化する索により、耐久力も保証できるよ」

「よしわかった。アンナ!」

「はい、お姉様!」

「〈ピンクピンキー〉にはあんたが乗りな」

「ええっ、私がですか!? 私としてはスリルを味わえる生身の方がいいのですが……」


 あれ断られた?

 アンナは私に対して素直だし、喜んで乗ると思ったんだけれど……。


「他に乗れる奴もいないし、何より私はあんたがこれに乗る前提でオーダーした」

「そんな!? つまりこれはお姉様から私へのプ・レ・ゼ・ン・ト♡ これに乗ってさらなる危険を――スリルを味わって興奮しろと! つまりはそういうことですわね!」

「ああ……、わからんけどたぶんそう」

「このアンナ、感激いたしましたわ!」


 おかしい。同じ言語を話しているはずなのに全く言葉を理解できない。まあアンナは喜んでいるみたいだし良し。


「それにしてもなんでピンクなんだ? 女が乗ると思ったからか?」

「いいや。君からオーダーを受けた日に、僕がピンクの下着を履いていた。だから例え搭乗者がむさ苦しい髭ダルマでも、この機体がピンクなのは変わらなかったよ」

「なんだその情報。だとしたら私の〈アイアネリオン〉の時は銀色の下着を……?」

「いいや。それは我が友アーヴァインのオーダーさ」


 そうか。サンキュー兄ちゃん。これで戦闘中、ローレンスの下着が頭をよぎらなくて済む。


「ところでローレンス、一つお願いがあるんだけど。私の隊に所属して、専属の整備士をやってくれないかい?」

「いいよ」

「即答!?」


 マジか。正直断られると思った。


「〈アイアネリオン〉を使っての君の活躍は、当然聞き及んでいるからね。現場で直接データをとってみたいと思うのは当然のことわりだ。天才の僕にとってもメリットはある」

「助かるよ。よろしくな」

「ああよろしく。……ところでイザベル、僕としてはそのあがりかけているこぶしが気になるんだけれど」

「ああこれか? もし断られたらしようと思って。ま、そんなことより補佐としてこのカルロをつける。それに追加の整備スタッフも人事課に催促しとくよ」


 部隊人員を増強するという話もカリナはしていたし、それに乗っかれば入れてくれるだろう。人事のおっさんは元からこの部隊の事を怖がってたしな。


「光栄です、ロアイシーガさん!」

「はいよろしく。僕のことはローレンスでいいよ」


 ローレンスも魔導鎧以外に関してはずぼらな奴っぽいけど、この部隊では比較的常識人のカルロをつけとけば大丈夫だろ。


「へえ……、話は聞いていたけれど、立派な魔導鎧を準備したもんだね」

「あ、カリナ――じゃない。ケインリー騎士団長殿、何かご用でしょうか?」


 現れたのはハートの騎士団団長カリナ・ケインリーだ。いつもの生真面目な副官を横に、〈ピンクピンキー〉の見物か?


「あはは。イザベル、君は妹みたいなものだから、親しみを込めてカリナと呼んでくれていいよ。おや? これはこれは、ロアイシーガ殿ではないかい?」

「そういう君はケインリー殿じゃないか。大層ご出世されたそうで」

「いやいや、君こそ魔導鎧鍛冶師として高名だそうじゃないか」


 不敵に微笑みながら会話をかわす二人。

 というか私はいつからカリナの妹になったんだ?


「なんだ? 二人は知り合いか?」

「いいや。彼女は僕の友達の友達。つまり赤の他人さ」

「そうとも。私と彼は赤の他人、それ以外なにもない。ところでイザベル、私は君を呼びに来たんだ」


 私を呼びに……?

 なんの用だ? なにかやらかしたことがバレたか?


「心配しなくていい。けれど緊張はしたまえ。まあもっとも、公爵令嬢の君にとっては慣れた場所かもしれないけれどね?」

「カリナ、もったいぶらないで教えてくれよ」

「あはは、ごめんごめん。君はこれから私と一緒に王宮へときてもらう。女王陛下にお目通りだ」

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