第23話 栄光と情けのパッチワーク

「今回の戦い、一番活躍したのは誰だ!?」

「「「姉御だ!!!」」」


 盛り上げるのはジャン。盛り上がるのはアイアネッタ隊の野郎ども。

 私が敵の総大将ベラスケスを捕縛したことで、戦局は一気に逆転。ロメディアスの侵攻に端を発した今回の戦いは、見事西方王国の大勝利に終わった。


「ベラスケスの髭面をふんづかまえたのは誰だ!?」

「「「姉御だ!!!」」」


 飛び交う酒、酒、食い物、また酒。チンピラ崩れどもの声が地の果てまで轟くほどの盛り上がりだ。

 いや、何も騒いでいるのはチンピラ崩れどもだけではない。長年苦渋を飲ませ続けられている帝国に久方ぶりの大戦果を挙げたことで、騎士団が、兵たちが、いや町中が歓喜に包まれている。


「答えろ野郎ども! 我らが英雄、“鉄拳令嬢”とは誰だ!?」

「「「姉御だ!!!」」」


 ついた異名が“鉄拳令嬢てっけんれいじょう”。〈アイアネリオン〉という鋼の拳を振るい、西方王国の道を切り開く。そんな姿から名付けられたそうだ。


 “鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタか……。

 ふぅん、悪くない。“狂犬”だなんだよりよっぽど良いリングネームだ。


「俺達がついて行くべきお人は誰だ!?」

「「「姉御だ!!!」」」

「称えろ! “鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタの名を!」

「「「うおおおおおおぉぉぉッ!!! ”鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタァ!!!」」」


 悪くない。照れちまうけど悪くない。

 いや、むしろかなり良い。


 戦いの興奮。私がこの世界でも味わいたかったのはこれだ。

 勝利者を称える声。私がこの世界でも浴びたかったのはこれだ。

 チャンピョン。生まれ変わろうが、どんな壁が立ちふさがろうが、私が目指すのはいつもそこだ。



 ☆☆☆☆☆



「ふう、食った食った」


 まだまだ野郎どもは騒ぎ足りないようだが、例によって私は部屋へと帰って来た。命知らずにもセクハラ働いてきた何人かの馬鹿をシバき上げた以外は何も問題ない。酔っぱらって寝息を立てていたアンナは女子寮の部屋へと放り込んだ。


「ただいまセシリー」

「お帰りなさいませイザベル様。まあ、飲み過ぎではありませんか?」

「大丈夫だよ。それに今日は祝勝会だしな。街中がこんな感じさ」

「いいや小娘、セシリー殿の言う通りだ。なにせアルコールの取り過ぎは――ベアッ!?」


 なんかナチュラルに会話に入ってきたピンクのクマのぬいぐるみを、私は殴り飛ばす。


「小娘、いきなり何をするでござるか!? 綿が出るでござろう!」

「なんでお前がここにいるんだよオシルコ!」


 ピンクのクマのぬいぐるみ、それは私が孤児院に寄付した自称神の使いことオシルコだ。……まあ、そんなにポンポン喋るぬいぐるみがいても困るんだけれど。


「小娘、貴様にも教えてやろう。拙者の苦難の道のりを。それは――ベアーッ!?」

「長い! それに小娘って呼ぶな!」

「もうお嬢様、叩いちゃうと話が進みませんよ?」


 あれ? なんでセシリーがオシルコの肩持つんだ?


「話なんて聞かなくていい。また孤児院に寄付するだけだ」

「いやでござる! 孤児院だけは嫌でござるよ小むす――お嬢様! 確かに信心深き可憐な少女に『お姉ちゃんからもらったお人形だもん。大切にするね、オシルコ』と言われた時は、こういうもわるくないかなと思ったで候。だけど、年少の幼子たちときたら……きたら……」


 あー、だいたい察しはついた。私の前世でもそうだったけれど、孤児院だとおもちゃはみんなのものだ。みんなってのは下は赤子からなわけで……。


「拙者の身体を舐めるし噛む! ぶんぶん振り回して砂場にダイブ! 散々な扱いに耐え切れなくなった拙者は、孤児院を脱走したでござる。なんとかこの部屋にたどり着いた拙者を迎えてくれたのが、セシリー殿で候」


 あー、それはご苦労なこって。


「そうなんです。私最初はビックリしたんですけど、話を聞けばお嬢様のお友達って言うじゃないですか。だからボロボロだったし修理してあげたんです」

「セシリー殿、この御恩は一生忘れないでござる。もし拙者が女神ルミナ様に帰依きえしていなければ、セシリー殿を崇めていたでござるよ」

「まあ、オシルコさんったら」


 あー、セシリーはお裁縫が得意中の得意だしな。よく見たら紫の布でパッチワークになってんじゃん。


「お嬢様、大人の女性でもぬいぐるみを持つことはおかしくはありませんよ? きっと気にされて孤児院に寄付したのでしょうけれど、いいじゃないですか」

「いや、これ私のぬいぐるみじゃないし……」

「お嬢様、お願いするでござるよ。このオシルコをお側においてほしいで候!」


 ぬいぐるみどうこうじゃないんだよ。こいつがあの自称女神の使いっパシリだから嫌なんだよ。


「というかオシルコ、あんたオシルコって名前でいいの?」

「セシリー殿が可愛らしい愛称と言ってくれたから、これでいくでござる。もう使命とか導くとかとやかく言わないので、側においてほしいで候……。本当にお願いするでござるよ、殿! いや姫!」

「殿じゃないし姫でもない」

「イザベルお嬢様~! どうか拙者を~!」


 従順にはなったかな?

 まあ、使命とか言わないのなら……。


「お願いするでござるお嬢様。にゃ~ん、にゃ~ん!」


 にゃ~ん? ――はっ、もしかしてこれは猫の鳴きまね!?

 こいつ、私が猫派なの覚えていてそれで、自分のクマとしてのプライドを捨てて……!


「わかった。ただし約束通り使命とか知らないからね」

「あ、ありがとうでござるよお嬢様! 約束するでござる。ただ、お嬢様が興味あれば、いつでも言ってほしいで候」


 ずっとノーセンキューだよ。私はあんたと違って、あの自称女神のルミナとかいうピカピカ女の手下になるつもりはない。


「良かったですねオシルコさん。ところでオシルコさんって、光の女神ルミナ様を信仰されているんですか?」

「そうでござるよセシリー殿。拙者はルミナ様激推しで候」

「あ、わかりました! 女神様の力で動けるようになったとかですか?」

「当たらずとも遠からずでござる。なんと拙者はルミナ様のつか――ベアッ!?」


 いらんことを言うな。

 こいつが迂闊な事を喋ると、私の前世でのことまでばれそうだ。その結果どうなるか予想できないし、黙っていた方がいいのは私でもわかる。


(いいな、女神との関係は適当にごまかしておけ。でないと――)

(わーっ!? ワタが――いや、綿がっ!? わかったでござるよ!)


 よし、これでいい。セシリーは巻き込みたくないしな。


「ま、まあセシリー殿の予想みたいなところでござる。では改めてよろしくお願いしますで候」


 と、のんきに挨拶をかますピンクのクマのぬいぐるみ。

 はあ……、情に負けて許可しなければよかったかなあ?

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