第16話 レッツ基礎体力訓練

「これでよしと。お嬢様、身支度は整いましたよ」

「ありがとなセシリー。でもわざわざついてこなくても……」


 騎士団に入団した私は、王都のアイアネッタ邸を離れて騎士団の詰め所へと居を移した。部隊長であるから個室。それも高位貴族である私には、とりわけ豪華な部屋が割り当てられている。


「何度も言いましたが、高位貴族が身の回りの世話をする人物を側に置くのは権利ですから。それにお嬢様はお一人で食事や掃除、洗濯をできるのですか?」

「うっ……」


 私だって前世だと一人暮らしはしていたからそれくらい……。それくらい……出来ない、とも言いきれないんじゃないかな? くらいはできると言える……と思う。


 あ、でもこの世界に牛丼屋はないんだよな……。

 まあ、いてくれたら助かるのは違いないけれど。


「そう言えば、部下の方たちはどうでしたか?」

「ああ……」


 どうでしたかと言われると、山賊でしただな。なんか新兵に女の目の輝きも怪しかったし。あえて一言で表現するならば――、


「私が一番賢そうだった」


 ――これだな。そろいもそろってアホ面ばかりだった。やっぱり真面目に授業を受けたこともあって、私の賢さは上がっているな。


「え゛?」

「え?」

「あ……、いえ、それって大丈夫なのですか?」

「心配するな。私がところてんみたいにプルプルな連中を一人前に鍛えてみせるさ」

「このセシリー、先行きが不安すぎて逆になんでもない気がしてきました。いえ、お嬢様がよろしいのならよろしいのです」

「ハハハ、セシリーは心配性だなあ」



 ☆☆☆☆☆



「最初の威勢はどうした! もうへばったのか?」


 騎士団のセオリーがどういうものかは知らないけれど、体力をつけるにこしたことはない。だから徹底的に走り込みだ。


「気合入れろ! あと十周!」

「「「へ、へい!」」」


 もちろん私も走る。私は後ろで偉そうに命令する隊長になるつもりはないし、こういう輩は実力を示して命を張れないやつについては来ない。


 まあでも、なんでか知らんが顔役のジャンとカルロの二人が最初から従順だったから、部隊をまとめあげるのはスムーズにいった。


「どうした新兵共! まだ走り足りないか? もう五周!」

「はい、お姉様!」

「私はお姉様ではない! 隊長と呼べ!」

「はい、お姉様!」


 だからお姉様じゃないと……。部隊の中で私を除けば唯一の女であるアンナの事を最初は心配していたけれど、どうやったのか皆に一目置かれているようだ。


 そこそこの名家出身ということもあって、魔法の素養が高いのが原因かもしれない。この世界、魔法の素養を決めるのは血筋と、女であることだ。


 貴族や王族は伝統的に魔法の素養が高いし、男よりも女の方が素養高く生まれる。ちゃんと授業を聞いて覚えた成果だ。


「よし! 次の訓練いくぞ!」

「「「へ、へい……」」」

「やる気のないやつは殴る」

「「「いやあ、楽しみです隊長殿!」」」


 素晴らしい。今日も笑顔の絶えない職場だ。



 ☆☆☆☆☆



「隊長、トランプしませんか?」


 ある日の訓練終了後、そんな誘いをノッポのジャンから受けた。そう言えばこの世界にもトランプがあったんだよな。


「いや、私はいい。カードは弱いからな」


 手札を見ていると眠くなる。もしかしたら呪い系の魔法をかけられているのかもしれねえ。


「そいつは残念だ。カードなら隊長に勝てると思いましたが」

「お前は強いのか、ジャン?」

「そこそこに。悪知恵は回るんでさア」

「そうか、博打と女はほどほどにしとけよ。そう言えばこの部隊の魔導鎧マギアメイルは何機あるんだ?」


 王国騎士団の花形と言えば魔導鎧だ。そもそも私は魔導鎧で暴れるために入団したわけだし。中央帝国も強力な魔導鎧部隊で攻めて来るって話だし、そろそろ基礎体力訓練を終えて魔導鎧の訓練に入りたい。


「え、そんなものないっすよ?」


 答えたのは小太りのカルロだ。

 は? 端くれとは言え王国騎士団だから魔導鎧はあるだろ?


「俺たちは単なる肉の壁。魔導鎧なんて高価な物は支給されやせん。だいたい農家の三男、四男の俺たちの魔力じゃあ動かすこともままならんし……」


 マジか。生身で魔導鎧と戦えって?

 まあ私ができたしできんこともないだろうけど。


「生身で魔導鎧は少し厳しいよなあ……」

「いや、少しじゃありやせんが」

「あれ? じゃあアンナは良いとこの出身なのに、なんでこんな所に配属されたんだ?」

「私はお姉様の部隊だけを希望しましたわ!」


 なるほど。希望して配属された私と同じパターンか。つまりこの部隊で、まともに魔法を使えるのは私とアンナだけと。


「ま、とりあえず明日は私の魔導鎧を持ってくるか」

「え? 持ち込み? 隊長って魔導鎧持ってるんですかい?」

「まあな。楽しみにしとけ」



 ☆☆☆☆☆



「「「ス、スゲ―――――――――!!!」」」

「ハハハ、そうだろうそうだろう。私の専用機、〈アイアネリオン〉だ」


 明けて翌日。持って来た私の〈アイアネリオン〉を囲んで、野郎どもは大騒ぎだ。メカが好きらしいカルロにいたっては、凄まじいはしゃぎっぷりだ。


「隊長、これどっからかっぱらってきたんで?」

「アホかジャン。私専用に造られたオーダーメイドだよ」

「オーダーメイドォ? またまた、そんなの大貴族でもないと無理でしょうよ」

「大貴族だぞ。最初にアイアネッタと自己紹介しただろ?」


 こいつら聞いていなかったのか?


「アイアネッタ!? それってアイアネッタ公爵家の事ですかい!?」

「だからそう言っている。私はその息女だ」

「馬鹿な!? 俺はてっきり似た名前のだと――バット!?」


 そんなジャンに拳を一発。誰が野獣だ。反省していろ。


「私は知っていましたわ!」

「そうかアンナ。お前は馬鹿な野郎どもと違って話をちゃんと聞いてるな」

「はい! だから私も殴ってくださいまし!」


 なんか息の荒いアンナ。なんで?


「そろっているようだな」


 そんな感じでわーわー騒いでいる私たちのもとへ、一組の男女がやって来た。


「あんたは……、副団長」


 男の方は、私の部隊が所属しているハートの騎士団の副団長だ。生真面目な男で、私の直属の上司にあたる。


「元気にやっているようだな、アイアネッタ隊長。そしてこちらのお方が――」


 その女は、年は私の少し上で二十歳くらい。褐色に銀髪で、女性にしては背が高い。赤いマントを颯爽と羽織った姿は、美貌も相まって麗人という言葉が似合ってる。


「ハートの騎士団団長、カリナ・ケインリーだ。早速だけどアイアネッタ隊長。君の部隊に出撃命令だ」

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