第2掌 軍人令嬢編

第14話 ストリートファイト

『アンナ、王都では気をつけなさい。特に危険だから路地裏ろじうらには絶対近寄らない事!』

『はい、お父様』

『まあ護衛をつけるから大丈夫だと思うが。くれぐれもお前の価値を損なうような真似はしないように』

『はい、お父様……』


 グフフ、せっかく王都まで来たのに、スリルの一つ二つ味わわないで帰れるものですか!

 わたくし――アンナ・アンドゥハーはそれなり以上に裕福な商家の娘として生まれました。アンドゥハー商会と聞けば、たとえ王都でもそれなりに名が轟いていますわ。


 そんな家に生まれたからこそ、私には自由がないのです。あと一、二年もすれば、お父様が決めた商会の人間か、取引相手の貴族に嫁ぐことになるでしょう。


 商人のお父様にとっては私も商品。幼い時から礼儀作法を教え込まれたのも、お金をかけて美しい顔立ちを維持しているのも、綺麗なドレスを着せてもらっているのも全ては商品価値を上げる為。ああ、私は生まれてから一度も心の底から大切に思われた事なんてないのですわ。およよ……。


 そんな私にも、見分を深める為に王都へ一週間の滞在という自由が許可されましたわ。

 せっかくお父様から離れられたのです。早速私はお父様がつけた護衛という名の監視を撒き、気ままな一人行動をしていますの。おほほ、護衛の皆さまごめんあそばせ。夕食には戻りますわ。


 さて、目指すは危険だから寄るなと言われた路地裏一択ですわ。どんなスリルが待ち受けているのかしら?


「おいおいお嬢ちゃん、そんな綺麗なカッコでどこ行くんだい?」

「ニシシ、俺たちと遊ぼうぜえ」


 あらこの方たちは……、文献で見たことがあるチンピラさんというものかしら?

 痩せたノッポの男と肥満気味の男。二人の男性の粗野な目線で全身を舐めまわされるように見られて、私……ゾクゾクしますわ。これぞスリル! これぞ快感!


「楽しいこと教えてやるから――」

「きゃー! 二人の粗野なチンピラさんに連れまわされてその獣欲で全身を散々に弄ばれたあげく雨が降る中ゴミの様にポイっと捨てられてその後の人生では乱暴された事を儚みながら寂しく辛く悲しい人生を生きることになるんですわー!」

「いや、そこまでは……。なあカルロ!」

「う、うん……。ジャンも俺も、ちょっとお茶と世間話にでも付き合ってもらおうと……」


 まあ、なんて白々しいんですの!

 狡猾! 残忍! 卑劣!


 でもこんな時は、通りすがりの王子様が助けてくださるって文献に書いてありましたわ。別に助けてくれなくてもいいですけれ……いえ、助けて頂かないと!


「きゃー! 助けて王子様ー!」

「いや、王族が朝っぱらからこんな路地裏にいねえよ……」

「俺達が悪かったからお嬢ちゃん、もう行きな。路地裏は危ないから避けた方がいいぜ……」


 優しく声を掛けてくるチンピラさん。きっとこれも罠ですわ。そうに違いありません。路地裏を出ようとしたら三十人の屈強な男達が待ち構えていて、そこで私は、私は……!


「きゃー! 監禁されて大声で言えないような大変な目にあってしまいますわー!」

「もう大声で言ってんじゃんよ!」

「わかったお嬢ちゃん、わかったから。お詫びに菓子でもおごる――ブベラッ!?」


 私の目の前にいた、細身の方のチンピラさんが吹き飛んだ。

 チンピラさんはグルグルと回りながら飛んでいき、壁に激突した。誰かが助けてくれた?


「こんな朝っぱらからなに女襲ってんだよ?」


 私と同じ年くらいの女の子だ。見たことの無い形の白い服を着ていて、朝日に照らされたプラチナブロンドの髪の毛はまるで上等な絹の様。キリリとした顔は勇ましくも美しさがあって――。


「ったく、人が気持ちよく早朝ランニングをしていたら悲鳴が聞こえてきやがる。王都ってのはこんなに治安が悪いのか? 大丈夫か嬢ちゃん」

「え、ええ……。私は大丈夫ですわ……」


 私は大丈夫。けれど吹き飛ばされたチンピラさんは……、いえ死んでいませんわ。のっそりと立ち上がって、自分を殴りつけた少女を睨む。


「おい、大丈夫かいジャン!?」

「いてて……、なんとかな。おい女、何しやがる!」

「ほう、起き上がれるとはなかなか丈夫なやつだな。だが何しやがるとはこっちのセリフだ。どう見たって暴行の現行犯だろうが!」

「いやいやいや、俺たちはちょっと声をかけただけで……。ねえジャン?」

「ああカルロ。別に乱暴しようなんざこれっぽっちも――」

「問答無用!」

「――ゴマダレッ!?」

「――ポンズッ!?」


 女の子は魔法を使ったのか、目にも止まらぬ速さでチンピラを殴り飛ばした。その光景は暴力に彩られながらも、不思議と気品に満ちていて、まるでこの女の子はお姫様のみたいに感じて――。


「もう大丈夫だ。気をつけな」

「は、はい! ありがとうございます! あの、お名前は?」

「名乗るほどのもんじゃないさ。それじゃあな!」


 そう言って笑い、彼女は走り去りました。

 ああ、あの方こそ私が求めた――。



 ☆☆☆☆☆



「お嬢様! 探しましたよイザベルお嬢様!」

「おお、セシリー。悪い悪い」


 王都のアイアネッタ家別邸へと戻ると、カンカンに怒ったセシリーが迎えてくれた。心配してくれていたんだな。ありがたい。


「まったく。いつも以上の勢いで走るんですからついて行けないじゃないですか。王都に来たからってはしゃぎ過ぎです!」

「だからごめんって。それにさ、私人助けをしてきたんだよ?」

「人助けですか?」

「ああ。路地裏でチンピラに女の子が襲われていたから、こうズババンとね!」


 ああいう輩はどの世界にもいるんだな。女としても例えそうでなくても、一番卑劣で一番下劣な行いだ。別に正義感になったつもりはないけれど、あれだけは許しちゃおけないね。


「その……、それは大変よろしいのですが、騎士団の入団を控えている今、積極的にストリートファイトをされるのはいかがなものかと……」

「私もわかっているよセシリー。だから名乗らずすぐに去った。それでいいだろ?」

「ええ、わかっていらっしゃるのならよろしいかと」


 公爵令嬢なんて立場があると、好きにケンカもできない。ま、騎士団に入れば治安維持の名目であんな奴等ガンガンって話よ。


「そうそう、騎士団と言えば例の部隊は断ったよ」

「断った!? 四大騎士団でも名家の子弟が集まる部隊ですよね!? どうしてですか!?」

「どうしたもこうしたもあんなお飾り部隊ごめんだね。そう言ったら、ならお望みの戦いができる部隊に入れましょうって言われたよ。副団長にしか会ってないけれど、団長ってやつは中々話がわかるね」

「はあ……、セシリーは先行きが不安です……」

「そうか? 私は楽しみだぞ?」


 期待いっぱい、夢いっぱい。私の拳がワクワクする~ってね。あれ、心だっけ?

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