第13話 その拳で未来を掴め!

「さあ、来なお嬢ちゃん」


 来いと言われて猛獣の檻へと行くバカはいない。それくらい今のグレゴリーと〈ロックザロック〉には隙が無い。その六本の腕は、それぞれに眼がついているかと錯覚するくらいにこちらを睨んでいる。


「隠していたってわけね」

「勘違いするなよ。お前が女だから隠していたわけじゃない。お前がお貴族様だから隠していたわけじゃない。ただ必要だと感じたから今見せただけだ」

「実力を認めてもらったってことか。光栄だねえ……」

「そういうことだ。来ないのならこちらから行くぞ!」


 そう言うやいなや、グレゴリーは突進してくる。六本の腕を活かした攻防一体の構えだ。だけど――、


「スピードはこちらに分がある! 《光の加護》よ!」

「逃げるか!?」


 この広いグラウンドは全てリングだ。

 リング全てを縦横無尽に使うために駆け抜ける。


「そこだッ!」

「読めているッ!」


 一撃入れては離れ、また一撃入れると離れる。ヒットアンドアウェイだ。だがそんな攻撃も、手練れのグレゴリーには時期に対応された


「捉えたぞ! 《暴風連撃拳ハリケーンパンチ》!」

「来たね! だけど私だって同じ手を二度も食らってたまるか!」


 右、右、左、下、下、右。

 左、上、左、下、右、右。

 その名の通り暴風のような激しい連撃。


 だけど私だって前世からの積み重ねがある。

 だけど私にはこの十六歳の若い身体がある。

 見えない攻撃じゃない。見切れない攻撃ではない。


 避ける、避ける、避ける。

 避けきれない分だけガードで受ける。


 私はただ静かにを待つ。さっきまでのヒットアンドアウェイで〈ロックザロック〉の腕の可動範囲はだいたいわかった。人だって機械だって限界はある。だからこの全く隙の見えないように感じる六本の腕のコンビネーションにも一点の隙が生じる。


「見えた。が――!」


 激しい暴風の中、一筋だけの隙。それはまさしく


 グレゴリーにも必殺技があるのなら、この私にだって必殺技がある。


 ローレンスが教えてくれた〈アイアネリオン〉の超過駆動。私の昂りによって無意識に放出された魔力を、〈アイアネリオン〉の螺旋状のパーツが吸収。そして黄金に輝く――。


 魔力をまとった拳が最大限に硬化。後先考えずその一発を打ち込むことだけを考える。それがただの鉄拳を黄金の一撃へと変える。


「私はこの拳で未来を掴む! 食らえ必殺《黄金のゴールデン鉄拳アイアンフィスト》ォッ!!!」

「何ィっ!?」


 〈アイアネリオン〉が光をまとい、〈ロックザロック〉の鼻っ面に黄金の一撃が撃ち込まれた。激しい音を立てて吹き飛ばされる〈ロックザロック〉。スタジアムを沈黙が支配している。この感覚。私には覚えがある。


 みんな固唾を飲んで待っているんだ。

 不屈の男が立ち上がるのか、それとも勝者を称えるゴングが鳴るのかを。


「……なかなか……、やるな……お嬢ちゃん……!」

「グレゴリー……!」

「俺の……、心は………折れていない。ワクワク……、している」


 ギシリと音を立てて〈ロックザロック〉が立ち上がろうとする。グレゴリーの心はまだ折れていない。


「だが今日は……負け、……みたいだな」


 立ち上がりかけた紫の魔導鎧マギアメイル、〈ロックザロック〉が崩れ落ちた。機能停止だ。


「しょ、勝者……イザベル!」



 ☆☆☆☆☆



「やったなイザベル!」

「ありがとう兄ちゃん!」


 〈アイアネリオン〉から降りると、アーヴァイン兄ちゃんやローレンス、セシリーが駆け寄ってきた。


「お嬢様、本当に心配しました……!」

「ありがとねセシリー。心配かけたわ」


 安堵の涙を流すセシリーを慰める。

 まったく私にはもったいない良いメイドだ。


「うん、君なら僕の作品を任せられそうだ。素晴らしい一撃だった」


 ローレンスは納得した顔でうんうんと言っている。まあこの私にかかればこんなもんよ。


「いや本当にすごかったよイザベル。まるで金色のドレスを着て踊っている様な優雅さだった」


 と、アーヴァイン兄ちゃん。


 ドレスを着て踊るか……。今世ならともかく、前世ではそんなことまるで縁がなかった。私がそういうことに生まれてこの方まったく興味がなかったかというと嘘になる。孤児院にいた幼少期、私のお気に入りの絵本は「シンデレラ」だった。


 ただ、現在の私が生きたいのは舞踏会の場でなく戦いの場だ。そういう意味では私にとって〈アイアネリオン〉はガラスの靴なのかもしれない。


「よう、いいパンチだったぜ……」

「グレゴリー! 大丈夫だったの!?」


 のそっと現れたのはグレゴリーだ。身長二メートルを超える巨漢。上半身裸の筋肉男。私もそうだけれど、激しく揺さぶられて身体中傷だらけだ。


「〈ロックザロック〉はまだダウンしているがな。技を磨いて必ずリベンジしてやる。今度はこっちが挑戦者だ」

「望むところよ。いつでもかかってきなさい」

「ハハハッ、勝者に相応しい態度だお嬢ちゃん――いや、イザベル。お前は良い女だ。惚れてしまった」

「ほ、惚れ……!?」


 まさか口説かれてる!?

 そ、そんなの初めてだ。ど、どうしよう!?


「オホン! 身分がどうと無粋な事は言わんが、そういうことは父親のいないところで言ってくれたまえ」

「お父様!」

「イザベル……。その道を進むに足る精神と肉体を見せろとは言ったけれど、まさか勝ってしまうとは……。どうやら認めざるを得ないようだね」

「では……!」

「戦いの道を歩むことを認めよう。騎士団には私から推薦状を書いておく」


 やった! これで厄介な礼儀作法とはおさらばだ!

 そしてこの世界でも目指せる。最強の女を!


「グレゴリー、君からも一筆書いてもらおう」

「もちろんです旦那。イザベル――あいやお嬢さんは立派な戦士になりますよ」


 …………。グレゴリーもちゃんと下手にでることもあるのか。筋肉の塊にちょっとした社会人感を垣間見る。


「やったなイザベル、俺も嬉しいよ!」

「それもこれも兄ちゃんのおかげだよ。ありがとう……!」


 和気あいあいとする私たち兄妹に厳しい目線を送る人物が一人。イアンお父様だ。


「……兄ちゃん?」


 あ、ヤバ。この言葉遣いはお父様、お母様の前ではまだ解禁していなかった。


「いくら武の道を歩もうとも、公爵令嬢としての気品や振舞いは重要だよ。……帰ったら礼儀作法の先生にみっちり授業を頼もう」


 み、みっちり……。


「あれ? お父様、話を変えるわけじゃありませんが、お母様はどうされたのですか?」

「アイリーンならあそこだよ」


 お父様は貴賓席を指さす。


「始まって十秒くらいで気を失ってしまった。アイリーンには刺激が強かったみたいだね」

「そ、そうですか……」


 こうやって私は、私の拳で未来を掴むことに成功した。


――――――――――――――――――――――――――――――

第1掌 転生令嬢編 了

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第2掌 軍人令嬢編 【3月6日開始予定】

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