第30話 死闘の裏側

 ココナとリリルが東堂を倒す、少し前。

 心弥は宇宙を漂っていた。


「……えぇ……何これ」


 突然景色が変わったかと思えば、辺りは真っ暗。

 よく見れば星の瞬きが見えるが、上も下もないような状態で非常に座りが悪い。


「ん~。どうやら、空間をまるごと繋げる? 入れ替える? みたいな能力みたいだねぇ」

「空間。ってことはつまり……ワープ! 瞬間移動! どこなんだここはドア!」

「まぁそういう感じ」

「え? じゃぁここってマジで宇宙? なんで俺生きてるの?」


 心弥の乏しい科学知識でも宇宙空間では人間が生きていけないことくらいは知っていた。

 何しろ空気がないのだからそりゃそうである。

 だが、心弥は普通に呼吸をしている……ような気がしていた。


「ん? ん~? んんん……? あぁ、なるほど。心弥の存在が凄い勢いで組み替えられてるね」

「は?」

「環境に合わせて存在を一段引き上げたんだろうね、本能的に。今は半分霊体とか幽体っていうのかな? 密度が高いから一見物質的な生き物と変らないだろうけど、存在の次元が上がっちゃってるね」

「は?」

「ウチらの世界だと神性を得た、とかそういう風に言ってたんだけどね。要するに、ウチに近しい存在になった的な」

「は?」

「だからぁ、簡単にいうと人間やめたね心弥、おめでとう。ってこと」

「…………」


 は?


 心弥は疑問符を一回口に出さずに飲み込んだ。


 人間をやめた?

 シノと同一の存在――つまり神様になった?

 んなアホな。

 全然そんな実感ないんですけど?

 いやでも宇宙で普通に生きているということがその証なのか?


 ……………………。


「うん、まぁいいやそこは」


 考えても分からないので、そのままスルーすることにした。


「いいんだ。まぁ心弥がいいんならウチもそれでいいけど」

「うん、いい。それよりも、どうやったら地球に帰れると思う?」

「それは……中々難しい問題だねぇ」


 何しろ、今現在どこにいるのかも分からないのだ。

 地球が見えない場所、ということ以外は何も分からない。


「仮に地球の場所が分かったとして、どうやって戻るかも、ねぇ。心弥の力ならすっごいスピードで移動とかも出来そうだけど……」

「宇宙って、光の速さでも何年とか下手すると何千年とかかったりするような単位で広いわけだろ? しかも仮に光の速さで移動できたとしても、今度は相対性理論ってやつで時間の変化がうにゃうにゃうにゃじゃないのか?」

「相対性理論……なんか聞いたことある! 内容は知らないけど、ウラシマタロウがほにゃらららってやつでしょ?」

「う~ん、多分な。よく分からないけど」

「む~ん。つまり、速く動いても帰った頃にはココナっちやリリっちは死んでる?」


 相変わらず謎に知識だけはある神様だったが、内容は知らないらしい。

 無論、心弥も詳しくは知らない。


 神様みたいな存在が二人揃って内容も理解できない理論で頭を捻っていた。


「ココナちゃんやリリルの元へたどり着けないんじゃ意味ないしなぁ。なんとかならんもんかな?」

「う~………………可能性があるとすればぁ。あれかな。心弥が空間転移をする」

「え? そんなの普通にできないよ俺」

「それを無理矢理するの。この場所にはさっきウチらが飛ばされた空間を移動する扉というか、穴みたいなのが開いてたはず。それをこじ開けて戻るんだね」

「そんなこといわれてもなぁ……」


 心弥が頑張って目をこらしたり細めたりしてその辺の空間を睨みつけてみるが、当然のごとく何も見えない。


「心弥も神性を得たからには空間に干渉するくらいはなんとかなりそうな気もするんだけどなぁ。でも、心弥って力の使い方が雑過ぎるってのは確かにそうだし……感知ならウチの方が……でもウチにはまだ力が足りないし……」


 宇宙空間であぐらを組んで考え込んでいるシノを眺める心弥。

 こうなってしまっては、まさに神頼みよろしくシノ頼みするしかない。


「……よしっ。最終手段!」

「初手から最終なのかよ!?」

「しょーがないでしょっ。今のウチはクソ雑魚神様なの! 取れる手段がそもそもあんまないの!」

「お、おぅ」


 シノの自虐に押されて黙り込む心弥。

 そのクソ雑魚神様のいう最終手段とは。


「心弥、ウチと一つになろう」

「……え? 今俺セクハラされてる?」

「違うよぶち殺すよ?」

「ごめん」


 でもその言い方は誤解を招くと思う。

 とは内心思いつつ、シノの表情が思いのほか真面目なので真面目に黙る心弥。


「今、心弥の存在はウチと同等の次元まで到達した。なので、ウチと心弥が本当に心を許し合えば、存在を重ね合うことも可能なはずなの。そうすれば、心弥から力を注いでもらってウチが力をある程度取り戻すこともできるはず!」

「ほぅほぅ」

「だから、心弥のをいっぱいウチに注いでほしいな?」

「お前やっぱり絶対わざと言ってるだろこのセクハラ女神」


 自分の守護神が思った以上に俗な知識で頭いっぱいなことに頭を痛めつつ、しかし心弥も言ってることは理解できた。


「まぁ、分かった。つまり俺の力をシノに譲渡する感じだな?」

「譲渡っていうか。えーっと、今のウチと心弥を彼氏彼女とするじゃん?」

「は?」

「そすると、例え恋人同士でもお金の貸し借りはどうよ? ってなるわけ。でも、夫婦になって家族という一体感を得るとするじゃん? すると、夫婦間の共有財産ってのを作ることもできるようになったりするわけよ!」

「……はぁ? 今俺求婚されてる?」

「例えだっつってんでしょーが!」


 求婚されてるとしたらどうするつもりだったんだろう?

 とはちょっと思ったものの、話がややこしくなりそうだったのでシノはスルーした。


 そんなことをやっている場合でもない。


「いいから、はいウチと手を繋ぐ!」

「は、はい」


 サイズ差の関係上、心弥の指をシノが掴んでいるような状態だが、二人は手を繋いだ。


「そして、ここからが難しいんだよ。よほどの信頼関係や親密度、崇拝、一体感、そういう深い関係性がないと、こういう契約ってできないんだ。神様同士の眷属化ってかなりムズいからね」

「はぁ? つまり?」

「恋愛ゲームとかでいうところの、好感度がめっちゃ高くないとクリアできないキャラとかだよ」

「なるほど」


 心弥にもいっぺんに状況が理解できた。

 要するに、自分とシノの心がどれだけ通じ合ってるかどうか? みたいな話らしい。


「だから正直成功率は低いかもだけど……まぁ取りあえず一度やってみよっか。…………あ、できた」

「お、おぅ?」


 ごくあっさりと、心弥とシノは存在の一部が繋がった。

 それはつまり。


「心弥……ウチのこと好きすぎじゃない?」

「え? えぇ!? いや、嫌いじゃないけどそんな滅茶苦茶好きかっていうと悩むっていうか、でもなんか確かに最近は隣にいるの凄い自然な気がしてたっていう気はしないでもなかったけどそれはほらあれだから」

「あー、うん。まぁウチも心弥といるの自然な感じだったしねぇ。よかったね、ウチら超仲良しで」


 え? そういう感じ?


 と、心弥が内心でうろたえている間に、シノの表情は真剣なものへと変わっていた。


「よっし、これなら……心弥の力の一部を借り受けて、探知を全開にして……。心弥、ココナっちとリリっちのこと、全力で妄想してくれる?」

「あんだって?」

「妄想だって。内容はなんでもいいから。あの二人のこと考えて。その思念と向こうの思念をたぐり合わせて空間の道しるべにするから」


 そんなことで帰れるのだろうか?


 と、思いはしたものの、シノが出来るというからには出来るのだろう、とおとなしく妄想を始める心弥。


(ココナちゃん……リリル…………。あ、そんな、ダメだって、こんなところで。温泉とかプールとか海とかそういうシチュエーションは確かにちょっと見てみたいとは思っていたけど、そんな突然)

「あ、見っけ。おし、繋がった」


 心弥が妄想の世界に浸っていると、シノの声が聞こえて現実の世界に復帰した。


「……ココナっち、気絶してる?」

「な、なんだって!? 大丈夫なのかココナちゃん!」

「生きてるはいる。けど……」

「けど?」

「気絶中に意識を繋げちゃったから、今の心弥の妄想がココナっちにも伝わっちゃったかも」

「はぁ!?」

「今頃、夢に妄想の心弥が出演してるかも」

「はああぁ!!?」


 まずい、それはまずいって!!


 心弥の背筋に冷たいものが走った。

 何しろ、好き放題妄想してしまっていたのだ。

 そのココナの夢に登場している心弥とやらは、多分水着のココナちゃんの写真を全力で撮りまくっていたりするに違いないのである。


「ちゅ、中止! その繋げる? とかいうの中止!」

「もう手遅れだって。それよりほら、心弥にも繋げたから見えるでしょ?」

「んぇ?」


 シノに言われて見渡すと、確かに心弥の目にも不思議な光景が見えていた。


 正確には、視覚で見ているというよりも感覚として理解できたというべきか。

 空間をどう繋げたらココナとリリルのいる場所に繋がるのか、今の心弥には肌で分かった。


「よ、よし! なら急ごう! ココナちゃんの誤解を解かなきゃ!!」

「誤解じゃないでしょ。心弥の思いの強さがあったからこそ簡単に繋がったんだから、間違いなく心弥の本音で」

「うるせぇ! とにかくいくぞおらぁ!!」


 何もない宇宙空間を、振りかぶって殴りつける心弥。


 すると、簡単にヒビが入り――。


「あ、着いた」


 あっさりと、心弥は地球へ帰還した。

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